第35話 酒の一助


「私の面は割れていましたか」


「当然でございます。

あの剣の威力に、その秀麗なお顔、違おうはずがありません、将軍閣下。

そして、まさか一緒にいる方がクドゥの王女殿下とは…。」


「驚かせてしまい申し訳ありません。

そして光栄ではありますが、なんとも気恥ずかしいのであまりおだてないでください。」

ロンからの賛辞に苦々しく笑う。



一行はロンの家でもてなしを受けていた。


火がじっくり入った豚の肉や、野菜が沢山入ったスープ、そしてワイン。


どれも普段の彼らの生活を考えると中々ありつけない暖かい食事だった。


饕餮にもしっかりと、米にほぐした肉を味噌を溶いた水で混ぜたものがふるまわれ、饕餮は完全に本能に敗北したようだ。


ヨルムンガンドも自国とは違う食事の味付けを堪能しているようで、時折目を丸くしたり、輝かせたりしていた。


「ヨル、もし美味しいのなら、それを相手に伝えてあげるととても喜んでもらえるぞ。」


その幸せそうな様子に確信を持ったトラバルトはそう言葉をかける。


「ロン、とっても美味しい、ありがとう。」


ぎこちなくも懸命に謝意を伝えられたロンは


「光栄の極みです、王女殿下。

このような狭い所で申し訳ありませんが何卒おくつろぎください。」


幸せそうに飲食をする彼女を横目にトラバルトはふと思う。


(ヨルは先程からワインを普通に何杯か飲んでいるが、アルコールが平気な年齢だということか。)


「トラバルト…。

なんか…揺れる…。」


「え。」


ヨルムンガンドの雪のような頬にほんのり赤みがさし、彼女の頭は上下に揺れていた。


「まさかヨル、ワインは初めてか?」


なるべく動かさないように彼女を支える。


「ワイン?」


「ああ、この飲み物の事だよ。

アルコールが入っているのだが、この分だとお酒自体初めてなんだな。」


虚な瞳がゆれながらトラバルトを映す。


「おさけ?

よくわかんないけど初めて、だと思う。

なんか、不思議だね。ふふ。」


(迂闊だった…。)


「ヨル、気持ち悪くはないか?

無理をせず横にならせてもらうんだ。

ロン殿、寝室に案内していただけませんか?」


「ええ、勿論です。

いやはや、私とした事が気が回りませんで申し訳ない。」


饕餮が心配そうにヨルムンガンドを見つめているので案ずる必要はないと頭を撫でた。


「トラバルト…?

私、平気だよ?

なんかぐらぐら揺れてるけど、まだ食べたいのあるの。」


抱えられたヨルムンガンドが腕の中で危うい呂律で抗議していたが、ロンから案内してもらった寝室のベッドに彼女を有無を言わさず寝かせた。


「またいくらでも機会があるさ、今はあまり動かずにゆっくりしているんだ。」


「本当にいくらでも?」


ヨルムンガンドの瞳が少し引き締まり、トラバルトを真っ直ぐに見つめる。


「ああ」


「……ねえ。」


「ん?どうした?」


「私と饕餮を、置いて行かないでね。」


彼女の言わんとしている事がトラバルトには痛いほど分かった。


「ああ。

ヨルと饕餮の為なら、例え誰を斬っても生きてやるさ。」


それを聞くと、彼女はトラバルトの手を取ると自らの頬に寄せ目を閉じた。



「約束よ。」

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一村雨の雨宿り のりたま @noritamashi

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