第2話
早朝、日課であるジョギングをしながら周辺を散策していた。召喚された部屋で干し草をベッドのかわりにして寝たた為、顔の所々に干し草の後がついている。
近くの川で汗を流しいた時、ふと昨日のことを思い出す。
サラが寝てしまった為、エルナと二人で夕食を食べながら、その日の出来事を報告をしていた。
「そう、あの子が……」
悲しげな表情で真命の報告を聞く。真命はサラのことで気になったことをエルナに訊く。
「どうして、サラはあの杖を肌に離さずもっているのですか?」
「あれはね、あの子の母親の形見なんだよ」
「形見ですか?」
「五年前に、ハルラートとヴァレリスという国の間で戦争が起きてね。ハラルート側だったリターナの村人達も戦争に参加する事になったんだよ。もちろんあの子の両親も」
真命は一言も話すことなく、エルナの話をただ聞き続ける。
「戦争が終わって、帰って来た村人達の中にあの子の両親はいなかった。唯一戻って来たのがあの子の母親が使っていた杖だけだったというわけさ」
「そんなことが……」
サラの杖のことを知って言葉をなくす。サラにとって、あの杖こそが母親との思い出その物である。そう思うと胸が張り裂けそうになった。
昨日のエルナの話を聞いて、サラに何かしてやれることはないかと
ハッと我に帰った真命はサラのいる家へと戻った。
「ただいま戻り、おっと」
家に入ると同時にサラが飛びついて来た。相変わらず杖を持ったままで、抱きつかれた時背中に当たって痛かったが、元気な姿が見られて安心する。
「サラ起きてたのか?」
「その子、朝起きてあなたがいないと知って、家中探してたんだよ」
「なっおばあちゃん!」
顔を赤くしてエルナに怒っていたが、心配かけたなと真命が頭を撫でるとよりいっそう赤くなり縮こまる。
「朝食の準備できたから食べましょう」
三人は席に着きテーブルに並べられたトーストを食べる。バターだけでもよかったが、サラの勧めで手作りジャムを塗ると甘酸っぱくなり美味しかった。
朝食を食べ終わり後片付けをしている時、この世界の文字を教えてくれるよう、サラに頼みごとをした。すると、キョトンとした表情でどうしてかと訊かれた。
「会話はできるようだけど、この世界の文字を読むことができないからさ、覚えておこうと思ってさ」
「私なんかでいいのですか?」
「ああ、もちろんだ」
おずおずとしながらもどこか嬉しそうだった。そのせいか、手を滑らせて皿を一枚割ってしまった。
皿洗いが終わると、サラが自分の部屋から本を持ってきた。表紙には本のタイトルであろう文字が書いてあったが、やはり真命には読めない。
「その本は?」
「これは私が文字を覚えるのに使っていた本です!マコトさんも読んでみてください」
「ああ……」
サラに言われるままに本を開く。何度も読み古されていたからか、所々破けていたり日に焼けて薄く茶色くなっていたりしていた。
「これが『あ』で、これが『い』で、それから……」
一文字一文字丁寧に教えてくれるだけでなく、挨拶など日常生活で使う単語も教えてくれた。
気がつくと昼を過ぎていて、エルナがサンドイッチを差し入れてくれたので少し休憩をすることにした。
「勉強を教えてもらうなんて学生の時いらいだな」
固まった体を伸ばしながら話す。休憩の間、真命はサラにこの世界のことを訊く。
「昨日、イリアって人がサラのことを魔法で治してたけど、この世界にはどんな魔法があるんだ?」
「色々ありますよ、風や炎などを操ったり魔力の盾をつくったりたくさんのことができると聞いたことがあります。私にはとうていできませんが……」
控えめに話すサラを見て、真命は自分を召喚した時点で十分凄いと思ったが、何も言わなかった。
「マコトさんがいた世界には魔法はなかったのですか?」
「そうだな、俺の世界には魔法がない代わりに科学が発展していて、飛行機って言う空を飛ぶ乗り物があったり、遠くにいる人と話しができるケータイなんてものもあったな」
「魔法を使わずにそんなことまでできるなんてすごいです!」
真命のいた世界の話を目を輝かせながら聞いている。気を良くした真命は自分のいた世界の建物や食べ物のことなどあらゆることを話した。
「羨ましいです。マコトさんは自分の世界のことをそこまで知ってるなんて」
「そうか?」
「私は生まれてから一度もこの村から出たことがありませんでしたから。自分の世界がどんな形をしているのかわかりません……」
黄昏るように窓の外を見ながら話す。サラの声から外の世界への憧れと不安が感じ取れるようだった。
「だったら、俺にこの世界の言葉を教えてくれよ。サラが旅に出る時、一緒に付いていってあげるからさ」
「ありがとう……ございます」
「そうと決まれば、勉強再開だな!」
「はい!」
サンドイッチを食べて勉強を再開する。一通り終わる頃には夕方になっていた。
既にエルナが夕食の準備をしていて、テーブルに並べられた料理を初めて三人で囲んで囲む。
「勉強は捗ってるかい?」
「はい、サラの教え方がうまいお陰で、この世界の文字は一通り覚えることができました」
「そうかい、頼もしいね」
「私はただ……」
サラは顔を赤らめながら小さく呟いた。
文字の勉強を始めてから三日が経ったある日、課外授業という名目でおつかいを頼まれた。
元々会話ができていた為、あまり苦労はしていなかったが、文字が読めるようになってからメモに書かれていることや商品の名前を理解できるようになって、元の世界にいた時と同じように買い物ができるようになった。
それから、数日おきにお使いを任されるようになり、エルナからこの世界での服と護身用の短剣をもらった。そしてお使いに行く時は決まってサラが一緒に付いてきた。
村を訪れたある日、真命は村の様子に違和感を覚える。家の窓には板で蓋をされていて、以前は豊富にあった市場の商品も、今日はほとんど売り切れていた。
「すまないね、品切れなんだ」
「何かあったんですか?」
気になった真命は、訪れた店の店員に訊く。
「一昨年の夜から毎日のように、村の中にモンスターが入ってきて何人か襲われちまったんだよ。幸い、近くに拠点を置いている兵士達のお陰で、死人が出ずにすんだんだがよ、物騒な話だぜ」
「村にモンスターがですか?」
「ああ、そのせいで食料を買いだめして家に籠ろうとする奴が増えちまったんだ。かく言う俺も今日は早めに店を閉めようと思ってたところだがよ」
買い物を済ませると早々に市場を出た時、男の叫び声が聞こえた。
「モンスターが出たぞーー!!」
響き渡る声を聞くや否や村人達は建物に隠れる。
「俺たちも逃げるぞ」
「はい」
サラの手を握り走り出す。出口を目前にしたその時、背中が燃えるような赤い毛で覆われた三匹の狼のモンスターが待ち構えていた。
「あれはフレイヴェルフ?」
「なんだそれ?」
「本でしか見たことありませんが、群れで行動していて、普段は洞窟や遺跡に生息しているはずなのですが……」
「ともかく、早くここから逃げるぞ」
引き返そうとしたが、後ろには一匹のフレイヴェルフが迫っていた。
「マジかよ……」
あまりの危機的状況に思わず声を漏らす。
覚悟を決めたように深く息を吐く。
「サラ、俺を信用してくれるか?」
「えっと……はい」
「それなら……」
真命はサラを抱きかかえると、村の出入口の前にいたフレイヴェルフへと走り出した。
「マコトさん、一体何を?」
サラにとって不可思議な行為ついて真命に訊くが、何かに集中していて答えてはくれなかった。フレイヴェルフ達も走り出し、一斉に真命に飛び込んだ。
「今だ!」
声をあげると飛んだフレイヴェルフの間を滑るように通っていった。攻撃を躱わされ行き場をなくしたフレイヴェルフ達は衝突しあい傷をおったが、すぐに真命達を攻撃をする体勢になる。
「ここは俺が囮になる、お前は先に家に戻れ」
「そんな!マコトさんを置いていくなんてできません!それに怪我までして……」
フレイヴェルフの攻撃を避ける時、足を地面に擦らせたせいで、真命の足からは血が流れ出ていた。
サラは心配そうに真命を見る。しかし真命は気にしないように微笑む。
「俺はこう見えて殺陣が得意でさ、こういう戦いにはなれてるんだよ。それに俺は一度は死んだ身だ、命を張るぐらいどうってことないさ」
短剣を抜き戦う体勢をとる。そのうちにサラは後ろ髪を引かれるように家へと逃げていった。
「カッコつけたいいけど、さすがに狼と戦うのは初めてなんだけどさ」
自嘲するように笑いながら短剣を構える。それと同時に三匹のフレイヴェルフが真命に襲いかかる。
真命は数歩後ろにさがり、攻撃を躱わすと立て続けに残りの二匹が襲いかかる。すると真命はフレイヴェルフの頭を踏み台にして高く飛び上がり、先に攻撃をしかけた三匹のうち左側にいたフレイヴェルフの頭に短剣を突き刺した。
首を刺されたフレイヴェルフは動かなくなり、短剣を抜くと帰り血が真命にかかる。
「まず一匹、……うわっ!」
一匹を仕留めることができて安心した隙をついてもう一匹が真命の右腕に噛みつく。
「ぐっ……」
噛みつく力は骨が砕けそうなほど強く、痛みに耐えきれず声をあげ、手に持っていた短剣も離してしまった。
「この!」
フレイヴェルフのお腹を何度も蹴り突き離さなそうとするが、執念深く噛みついていて離さない。かくなる上はと、腰に着けていた短剣の鞘を抜き取り、噛みついたフレイヴェルフ目に突き刺す。
目を潰される痛みは強烈で、キャンと声をあげて右腕を離すと、真命はフレイヴェルフを蹴り飛ばす。
短剣を拾い上げすぐさま村の中へと走り出す。そしてフレイヴェルフ達も追うように走り出す。
無我夢中に走り続けると村の中心に流れる川にたどり着いた。深手を追って消耗が激しく川の岸辺に倒れてしまった。遠くからはフレイヴェルフ達の鳴き声が聞こえる。
「ごめん、サラ……」
逃げる気力を失い意識が遠くなるのだった。
殺陣役者と気弱な召喚師 ハヤブサ @mikazuki8823
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