殺陣役者と気弱な召喚師

ハヤブサ

第1話

 目を覚ますと真っ暗な空間の中でスポットライトに照らされながら横になっていた。

「気が付きましたか?」

 杖を持った青い瞳の女性が覗きこむように見ながら訊いた。驚いた勢いで青年は体を起こす。

「初めまして橘真命さん。私のことは繋がりの女神と呼んでください」

「どうして俺の名前を?」

「名前だけじゃないですよ、年齢は24歳で職業は元舞台役者のフリーターそれから……」

「もういいです!」

 これ以上余計なことを言われないように繋がりの女神の言葉を遮る。

「現世と冥界の狭間といったところでしょうか?」

「冥界って?、ああそうか……」

 ここに来る前に何があったかを思い出しながらため息をつく。心境を察した女性が話を続ける。

「確かにあなたは現世で致命傷を死の瀬戸際にいます。しかし、あなたの意思次第で現世に帰ることも出来ます」

 真命は座り込みながらしばらく考えていた。そして何かを決意したように立ち上がった。

「俺は、……ん?」

 右腕に黄色く光る糸が巻き付いていてその先には光が見えた。

「それは繋がりの糸です。どうやらあなたを召喚したい人がいるみたいですね」

「召喚って、うわ!」

 真命は繋がりの糸と呼ばれた黄色い糸に引っ張られ光の中に消えていった。青い瞳の女性はどこか嬉しそうに真命を見送った。


 次に目を覚ますと、馬小屋ような建物の中にいた。部屋の隅に干し草が集められていて、床には魔方陣がかかれていた。

「痛って、今度はどこだ……?」

 目の前にいた蒼白い髪の少女と目があった。体よりも一回り大きい古びたローブを着て、両手には少女の身長よりも大きな杖を持っている。

「君は?」

 少女に名前を訊いたが、怯えた様子で手に持っていた杖に抱きつくだけで何も話さなかった。真命は少しショックを受けつつも少女が話すのを待つ。

「サラ……」

「えっ?」

「サラ・グレイシヤ……です」

「大丈夫か?」

 自分の名前を言うと、力が抜けたように倒れこんだ。突然のことに驚き駆け寄った。心配そうにサラを見るが、寝息を聞いてホッとする。

 サラを干し草の上に寝かせていると、部屋の入り口から老人の女性が入ってきた。

「無事召喚出来たようね」

「えっ?」

「そう焦らんでもいいよ、私はその子の祖母の“エルナ・マニュアリア”よろしく」

「よろしくお願いします」

「ついてきなさい聞きたいことが山ほどあるんだろう?」

 エルナという女性の後をついていくと、リビングにたどり着いた。

「今お茶を出してあげるから好きな席に座りなさい」

 いわれるがままに席に座ると、紅茶のように赤いお茶が置かれた。

「召し上がって、これしか用意できないけれど」

 自分の分のお茶を淹れると真命の前の席に座る。

「さて、何から話そうかしら」

「まずは、ここは何処なんですか?」

「ここはヴァイガルド地方のリターナ村の近くの森の中よ」

 聞き慣れない言葉が並んでいまいち理解出来なかったが、少なくとも日本ではないということはわかった。

「どうして俺はそんなところにいるんですか?」

「それは、サラがあなたを召喚したからよ」

「召喚?」

「ドラゴンなどのモンスターを眷族としてこの世界に呼び出すことなんだけど、あなたは特別みたいね」

 漫画やアニメでしか聞かない言葉が次々と出て来て頭を抱えながら状況を整理していると、サラが起きてきた。

 目をこすりながらリビングに入ってきた。真命を見つけると、そそくさとエルナの後ろに隠れる。

「ほら、あなたが喚んだんだから、ちゃんと挨拶しなさい」

「はい……」

 エルナに諭されてゆっくりと歩く。緊張しているからかどこかぎこちなかった。

「サラだっけ?俺は橘真命よろしく」

「よろしくお願いします……」

 真命は手を差し出すと、恐る恐る手を伸ばし握手を交わす。

「仲良くなったことだし、二人に頼み事しようかしら」

 頼み事というのは、夕飯の食材の買い出しだった。村への案内人としてサラが一緒に来てくれたが、杖を持ちづらそうにしながら歩く姿を見て少し心配になる。

「なぁ、どうしてその杖を持ってるんだ?サラが持つには少し大きくないか?」

「これは私にとってお守りであって、目標でもあります」

「目標?」

「はい、いつかこの杖の似合う召喚師になる、それが私の目標なんです」

「そっか、頑張らなきゃな」

 真命はサラの頭を撫でる。照れて顔を真っ赤にする表情が微笑ましくて、真命の顔に笑みがこぼれる。

「む、村が見えてきましたよ!さぁ、行きましょう」

 真命の手を抜け出して村へと走っていった。

 村は小さいながらも活気に満ちていた。他愛もない話に笑いかったり子供達が走り回っていて。市場に行けば商人達の叫び声が飛び交っていた。

「何を買えばいいんだ?」

「えっとこれです」

 ポケットからメモ紙を渡された。読んでみようとしたが、おおよそ真命のいた世界の文字ではなく読み取ることができなかった。

「ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、イネの実後は牛の肉とミルクです、……どうかしました?」

「いや、何でもない」

 会話ができるからと油断して焦る真命に訊いた。真命は誤魔化すようにメモを返した。

「そうですか?では始めに野菜から買いましょう」

「あ、ああ」

 率先して買い物に向かうサラに真命ついていくことしかできなかった。

 久しぶりのおつかいなのか、メモを見ながら順番に店を回って行き、目的の物を買い揃えられた頃には夕方になっていた。

 時折、店員に話しかけられて緊張して小さい声でしか話せず、真命を見た店員に恋人かと茶化された時には顔を真っ赤にして声もだせなかった。

 真命はというと、元いた世界で着ていたパーカーにジーパンのままだった為、民族的な服を着るこの村ではかなり目立っていた。

 サラは、慣れない会話に疲れ果てぐったりとしていた。

「少し休憩するか?」

「はい」

 サラを市場の路地で休ませる。

 水か何かを飲ませてあげたいが、異世界であるここでは手段が浮かばず、自販機の便利さを痛感する。

「おう、嬢ちゃん良いもん持ってんじゃん!」

「えっ?」

 振り向くと、あからさまに泥酔した鎧を着た男性二人がいた。意に介さずにサラから杖を奪い取る。

「返してください!」

「うるせー!」

 抱えていたミルクをひっくり返してでも杖を取り返そうとしたが、無情にももう一人の男性がサラを蹴り飛ばす。

「大丈夫か?」

 助け起こすとサラは再び杖を取り返そうと走り出す。その度に蹴られても足にしがみついて離さなかった。痺れを切らした杖を奪った男性は剣を抜き、傷だらけになったサラを刺し殺そうとする。

「いい加減死ね!」

 剣を振り下ろされたと同時に剣を持った男性の顔が影に包まれた。

「ぐぇぇ……」

 男性の顔に真命の飛び蹴りが命中した。男性は持っていた剣とサラの杖を落としながら数メートル先まで飛ばされた。

「てめぇ、よくも!」

 剣を抜き真命に切りかかった。とっさに拾った剣で受け止める。真命が必死に抵抗していると仲間を連れた男性によって止められた。

「何をしている!?」

「レイド兵長!」

 男は剣をしまいレイドと呼ばれた男性に敬礼をする。酔いも冷めてむしろ血の気が引いていた。

 赤い髪の女性がサラに魔法をかけていた。

「サラ!」

 真命は剣を投げ捨ててサラのもとへと駆け寄る。

「イリア、彼女の容態はどうだ?」

「顔や体を何度も蹴られたようだけど、回復魔法をかけたから命に別状はないわ」

 イリアと呼ばれた女性の言葉に真命は安心して肩をなでおろす。

「それで、お前はここで何をしていた?」

「それは……」

 必死に言葉を濁そうとする。

「そっそいつが女の子を襲っているのを止めようとしたんですよ!」

「えっ?」

 男性が指をさした先には真命がいた。

「そしたら暴れだした挙げ句、仲間をやられて私も剣を抜かざるをえなかったんです!」

 男性の苦し紛れの言い訳に真命は歯を食いしばる。するとイリアが優しく肩に手をそえてくれた。

「そんな嘘が通用すると思ってるのか!?」

「ひぃっ!」

 レイドは剣を抜き首もとに当てる。恐ろしいく剣幕な表情に男性も声をあげ怯えていた。

「兵長、もう一人の兵士も確保しました」

「事情は後で訊く。こいつも連行しろ」

 男性は兵士に取り囲まれた。手錠をかけられ連行される。

「ここ……?」

「サラ!目が覚めたか?」

 眠りから覚めたように起き上がる。少しずつ何があったかを思い出す。

「杖は!?」

 サラは立ち上がり辺りを見渡して必死に杖を探す。

「これのことか?」

「よかった……」

 レイドがサラの杖を拾って持ってきてくれた。サラは杖を受け取ると嬉しそうに抱きしめる。

「俺の部下が迷惑をかけた、本当にすまない」

「私はこの杖さえ無事なら平気です」

 レイドの謝罪の言葉は心の底からということは伝わって来るが、真命は納得できなかった。しかし、何事もなかったかのように許すサラを見て怒りをこらえる。

「せめてものお詫びとして家まで送ろう」

 レイドは馬を二頭手配して、こぼしてしまったミルクも弁償してくれた。

「俺はこれで失礼する、イリア後は頼んだぞ」

「了解しました」

 レイドが離れると同時に馬がゆっくりと歩き始めた。村を離れサラの家がある森に入る。事件に巻き込まれて疲れたのかサラは眠ってしまっていた。

「その服装からしてあなたはこの村の住人ではなさそうだけど、一体どこから来たのかしら?」

「俺は異世界から来たんです」

「異世界から?」

「俺もよく知らないんですけど、元いた世界で死んだ後、サラがこの世界に召喚されたらしいんです」

「自分のことなにずいぶん曖昧なのね、何人もの召喚師を見てきたけど、異世界の人を召喚する何て聞いたことないわ」

「そうなんですか?」

 イリアの言葉を聞いてサラの召喚の技術に感心していると、サラの家の前に着いていた。日はすっかり沈みきって夜になっていた。

「私はこれで失礼するわ」

「はい、ありがとうございました……」

 荷物だけでなく寝ているサラを背負うことになり真命持てる重量を超える寸前だった。

 馬で走り去るイリア達を見送るとサラの家へと歩く。家ではエルナが出迎えてくれた。

「ただいま戻りました」

「お帰りなさい、あらサラったら寝ちゃったのね、夕食の準備は私がするからサラを二階のサラの部屋に運んでくれる?」

「わかりました」

 荷物を全てエルナに渡し、サラの部屋のベッドに寝かせる。部屋を出ようとするとサラに袖口をつかまれた。

「行かないで……」

 寝言かどうかはわからなかったが、しばらくいてあげることにした。気持ちよさそうに眠るサラの頬を撫でる。

 元いた世界の知識が通じないこの世界でどのくらい生きられるかわからないが、その間だけでも一緒にいてあげようと、真命は心に決めるのだった。

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