星に願いを。

桜々中雪生

星に願いを。

 その夜、少女は一人、星の見える丘で膝を抱えていた。広々とした満天の星空の下では、蹲る少女の背はあまりにちっぽけで、輝く星に掻き消されてしまいそうだった。

「もう……ママなんて嫌い……」

 ぐずぐずと鼻を啜り上げていると、後ろの茂みががさがさと揺れた。勢いに任せて裸足のまま飛び出して、無防備な小さな身体を晒していた少女は、その音にびくりと肩を震わす。その様子を見ていたのだろう物音の主は、少女の恐れとは裏腹に、柔らかな物腰で声を投げ掛けた。

「びっくりさせちゃった? ごめんね」

 そうして、間髪入れずに、

「お隣、座ってもいい?」

 顔を上げると、同い年くらいの少年が顔を覗き込んでいた。

 ――見られた。

 急いで涙を拭いて頷く。

「ありがとう」

 とさっ。軽い音をたてて少年は隣に腰かけた。見も知らぬ少年の来訪に、妙な胸の鼓動を感じた。

「……星。きれいだね」

 夜空を見上げたまま少年が呟く。少女の心はちくちくとささくれ立っていたけれど、少年の澄んだ声に、素直に「うん」と頷くことができた。だから、「どうして泣いていたの?」と聞かれたときも、すっと胸のうちのわだかまりを吐き出せた。

「……ママとけんかしちゃったの」

「そっか」

 少年はそれきり、それについては追及してこなかった。それが、少女にはとても心地よかった。だから、今度は自分から訊ねることにした。

「ここにはよく来るの?」

「うん。いやなことがあったときとか。夜に来たのは初めてだけど」

「同じだ」

 嬉しくなって少女は少しだけ笑った。

「今まで出会ってなかったなんて不思議だね」

 少年も笑った。

「また会えるかな?」

「きっと」


 あれから、少年とは二度、あの丘で出会った。

 二度とも、先に来ていた方の隣に何も言わずに腰掛け、肩を寄せ合った。

 二度目は、どちらからともなくキスをした。初めてのキス。なぜだか胸の奥がきゅんとした。


 少女は初めて少年に会った日以来、半年よりも長く、一年には満たない期間訪れていなかったが、久々に夜の丘を訪れた。他の誰も知らない、二人だけの特等席に行くと、そこにはもう少年が座っていた。見知った来客に気づくと、「今日は何かあったの?」と尋ねながら立ち上がった。

「ううん、何も。でも七夕だから、お願いしに来たの。星がきれいなここからなら、お願い届くかなって思ったから」

 ふんわりと目を細める。

「一緒だ」

 ふたりで空に手を合わせ、目を閉じる。

 ――――――。

 五分くらいそうしていただろうか。そうっと目を開けると、少女は隣にいる少年を横目で窺った。少年も少女を見つめていた。じっと、互いの奥まで見透かすように、目線を動かさない。やがて、どちらからともなくふっと目許を緩めた。

「何をお願いしたの?」

「ないしょ」

「今日はとっても星がきれいだから、織姫さまと彦星さま、会えてるかな?」

「そうだといいね」

 少年が何を願ったのかは気になったけれど、私と同じならいいな、と少女は思った。


 *


 十数年後、夫婦があの丘に来ていた。

 夫に腕を絡め、妻が言う。

「町はずいぶん変わったけれど、ここはちっとも変わらない」

「そういえば、あの日も七夕だったね」

 夫も懐かしそうに呟く。

「二人で願いごとをしたわね」

「君の願いは叶った?」

「ええ。――あなたは?」

「もちろん」

 二人は互いに微笑むと、満天の星空を見上げた。


 ——この人と、ずっと一緒にいられますように。



                           fin.

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星に願いを。 桜々中雪生 @small_drum

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