第16話 奴隷解放。




 それから、さらに三日が過ぎる。

 奇病にかかった子ども達は全員回復して、元気に走り回る姿を目に出来た。

 毎日摘んだハニーサックルの花を額に擦り付け、生レモングラスティーとダンデライオンティーを飲み干し、ローワンを焚く煙を吸いながら縫っていたが、昨日やっと円まで縫えた。五芒星の円が完成だ。

 それでもあと二日は、ハニーサックルの花を額に塗って、レモングラスとダンデライオンを飲み続ける。

 そうすれば、エルフ秘伝の魔法が使えるようになるという。簡単に言えば、念力だ。

 花柄の半袖ブラウスに、ズボンを履いた格好で、その日もパティアシアさんと森の中で花摘みをした。

 ダンデライオンを探して、少しの間、パティアシアと離れて歩いていけば、馬の声を耳にする。

 誰かいるのかな。この先は、ヴァルーンの森だ。多分。

 それともレレスの国を囲う森かしら。

 どちらにせよ、森で摘んでいる時は、人を見たことがなかった。いや、エルフか。

 なんだか馬は、何かを訴えるように鳴いている。

 何事かと私はその方へと足を進ませた。

 道を見付ける。馬車道だろう。


「うっ……」


 血生臭さが、鼻に届いた。モンスタースタンピードの最中でも嗅いだ。

 だから、自然と剣に手を添えた。

 車輪が一つ外れた馬車の荷台を見付ける。厚手の布を被ったそれから香るみたいだ。

 死体でもあるのかもしれない。私は見たくないと思いつつ、確認するために捲り上げた。

 檻のように格子の中にいたのは、死体ではない。こちらを向く瞳。

 純白の髪の青年と純黒の髪の青年。どちらも美しい顔立ちをしているけれど、ゾッとした。

 二人は鎖に繋がれている上に、五体満足になかったのだ。

 純白の青年は、右足しかない。血に濡れた袖の中に手は見当たらないし、左足の腿までなかった。

 純黒の青年は、左手と右足があるだけ。残りはごっそり切り落とされたようになかった。

 彼らの血の匂いだ。そう理解して、思わず口を押えた。

 不思議なことに、大きな首輪を嵌められた彼らは無感情のような表情で、私を見つめる。

 自分の状況にも、何もかも、無関心でいるような。そんな眼差しだ。


「ヴァンパイア……!?」


 パティアシアさんの声に反応して振り返れば、二人の青年を凝視している彼女が立っていた。


「アメジスト、離れよう。あれは奴隷の首輪、奴隷商人がいるのよっ」


 声を潜めて、パティアシアさんが私の腕を掴んだ。


「え? 奴隷? 許されることなんですか?」


 私は思いっきり顔をしかめながら、踏み留まる。


「許されないわよ! 違法なの!」


 声を潜めながら、パティアシアさんは馬車道を逸れようとした。

 でも手遅れだ。


「誰だ!?」

「っ!」


 馬車の持ち主、奴隷商人が戻ってきた。


「エルフの女に、人間の子ども? ちぃっ! 見られたぞ、どうする!」

「告げ口されたら面倒だ。それにどっちも美人な容姿をしている。ついでだ、捕まえろ」


 一人の男が品定めするような目で見てきたあと、にたりと下品に笑う。

 捕まえる。つまり、私とパティアシアさんも奴隷にして売るつもりか。

 私はすぐさま剣を二つとも引き抜いた。でも肩を掴まれて、後ろに引っ張られる。


「逃げるのよ!」


 パティアシアさんだ。

 でも、あの青年達が……。

 目を戻すと、青年二人はもう私を見ていなかった。視線を落として、ぼんやりしている。

 それを見た私は、実の両親に捨てられたあの日の自分を思い出した。希望も何もなくて、動けずにいたあの瞬間の私と同じだ。

 放っておけるわけがなかった。

 けれども、パティアシアさんもいるし、加速の魔法で逃げるべき状況なのだろう。


「逃がすかよ! ”ーー土壁ーー”!」

「「!!」」


 地面が揺れたかと思えば、パティアシアさんの目の前に、土が飛び出して壁を作った。塞がれたのだ。


「パティアシアさん! 下がってて!」


 私は短剣を支えにして、剣を構えた。戦うしかない。

 そんな私を見て、男達は笑い出した。


「おい、戦うつもりだぞ!」

「構えだけはいっちょ前だな!」


 ゲラゲラと笑う。

 正直、戦うとして、どうすればいいか。迷っていた。

 だって人間を殺すなんて、抵抗ある。モンスタースタンピードは、無我夢中だったけれど、きっと人間を切ったら吐いてしまうかもしれない。でも奴隷にされてたまるか。パティアシアさんだって、守る。


「この中の青年の手足を切ったのはあなた達ですか?」


 私はいつでも飛び掛かる準備をして、問う。


「だったらなんだ? ヴァンパイアなんだ、死にやしない。高値で売れるさ。お嬢ちゃんもきれーな髪をしてるからなぁ、結構な値段で売れるだろうな」

「サイッテーですね!! ヴァンパイアだろうが、人間だろうが、自由を奪って売るなんて!! クズですよ!!」


 吐き捨てるように、声を上げた。


「なんとでもほざけ!」


 背負った剣を引き抜いた男が一人。ナイフを抜く男が一人。腰に携えた剣を抜いた男が二人。計四人が戦うようだ。

 その後ろには、いかにも戦闘要員ではないひょろっとした男がいる。御者か奴隷商人。

 四人の男達は、護衛のための戦闘要員だろうか。

 この四人を戦闘不能にすればいい。

 大丈夫だ。私はレレスの国のギルマスとラッテアの国の戦士と手合わせしてきた。目の前の男達は、それ以上に強いとは思えない。問題は体力が持つか、だ。すぐに決着をつける必要がある。


「”ーー加速ーー”! ”ーー加速ーー”! ”ーー加速ーー”!」


 三回唱え、風のように、間合いを詰めた私は、突き上げた剣で、相手の剣を叩く。

 そして、短剣を一つ、足に突き刺した。

「ぐああ!!」とその男は倒れて足を押え、痛みで地面を転がる。


「ガキが三重魔法だと!? 聞いたことねえぞ!!」


 残りが動揺したが、一人が「そう何度も使えねぇよ! 今のだけだ!」と言った。

 残念ながら、何度も使える。私の魔力は桁外れに多いのだから。


「”ーー加速ーー”! ”ーー加速ーー”! ”ーー加速ーー”!」


 もう一度三回唱え、距離を詰めてナイフの男の真上に移動。肩を軽く切った。赤い血が飛ぶ。

 顔を歪めつつも、切りかかってくる男の剣を、剣で一度受け止めていなす。

 また短剣を足に突き刺して、戦闘不能にする。

 続いて、ナイフを叩き落とし、加速の魔法を一度唱えて顔面を蹴り倒す。

 残る剣の男の後ろに加速で移動。がら空きの背中を浅く切った。

 四人とも倒れて痛みに悶えている姿を見てから、後ろのひょろっとした男を顔だけ振り返る。


「ひっ!」


 悲鳴をもらして逃げようとするから、加速の魔法を二回唱えて、先回りして立ち塞いだ。


「鍵をよこしなさい」


 私は思った以上に冷たい声を放つ。

 一瞬、なんのことかわからないと、戸惑った顔をする男。


「彼らの首輪の鍵よ!!」

「はいぃいっ!!」


 慌ててひょろっとした男は、懐を探り鍵を一束差し出した。鍵は三つある。一つは、格子の檻の鍵だろうか。

 反撃されないことを注意深く見張りつつ、私は檻の元へ戻り、格子のドアを鍵で開けた。


「な、何する気? アメジスト!」

「何って、解放するんですよ。奴隷は違法なんでしょう?」


 パティアシアさんに問われて、首を傾げつつ、中に入る。


「そうだけれど! 彼らはヴァンパイア! 魔族なのよ! こんな目に遭ったなら、人間に復讐するわ!」


 魔族。ヴァンパイア。

 この世界の新参者の私には、それだけでは理解できない。


「助けちゃいけない理由に、なるんですか?」

「それは……っ」


 少し迷う素振りを見せてから、パティアシアさんは答えた。


「助けたとしても、ナナドの街には連れていけないわ。ヴァンパイアにとってエルフの血は美味で、昔血を欲しさにヴァンパイアの群れがエルフの村を壊滅させたこともあるんだから」

「そうですか……治癒魔法で治せますか?」

「ヴァンパイアに治癒魔法は効かないのよ! ヴァンパイアは血を飲むことで自己回復する身体なの、治癒魔法の類は受け付けないはず。……見たところ、魔力がないんじゃないかしら」

「魔力がない?」


 ファーガスさんを癒した魔法を使おうと思ったけれど、どうやらだめみたいだ。

 そもそもあの魔法で、手足を生やせるものなのだろうか。


「どうやってこのヴァンパイアを捕まえたの?」


 パティアシアさんが冷たく地面に転がった男達に問う。

 呻くだけの男達を見て、しびれを切らしたパティアシアさんは、何か唱えた。聞き取れなかったけれど、森から蔦が伸びてきて、男達を吊し上げる。植物の魔法か。


「大勢を犠牲にしてやっと捕まえたんだ!! 魔法が使えなくなるまで魔力を浪費させて、それから手足を切り落として捕まえたんだよ!!」


 一人が白状した。


「魔力と血を与えれば、自己回復能力で治るけれど……膨大に必要だと思うわ」


 痛々しそうにパティアシアさんは、青年二人の怪我を見た。

 失われた魔力と血が多すぎて、その分必要か。


「わかりました。パティアシアさんは街に戻って、ラクシアスにこのことを伝えてくれませんか?」

「わかったって……あなた、自分の血と魔力をあげるつもりなの?」

「血は明らかに足りないと思うので、その辺にいる魔物か動物を狩ってきます。それで大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だけれど、魔力の方は?」

「私はペスフィオーの果実を食べましたので」


 笑って打ち明けた。三重魔法を何回も使ったところを見せたのだから、白状するしかないだろう。


「……。それでも足りないわ」


 ふーっと息を一つ吐いたパティアシアさんは、腰に手を置いてこう言った。


「魔力を回復する魔法薬の作り方を教えてあげるわ。それなら効くはずよ」

「本当ですか? ありがとうございます!」


 パティアシアさんは、男達を捕縛をすると、ラクシアスを呼びに一人街に戻っていく。


「……」


 私はヴァンパイアの二人を見下ろした。

 現状ですら、興味のないように俯いた二人。

 言葉がわからないのだろうか。


「あの……首輪を外しますね」


 ちらり、と私の方に目を向け、鍵を見た二人。

 言葉は通じているようだ。

 それでもすぐに視線を落とす。


「あなた達の方が酷い目に遭っていますが……私も希望が持てない状況に陥って、生きる気力さえなかった時があります」


 先ずは純白の青年の首を外そうと鍵をはめる。でも外れのようで、回せない。


「こんな子どもが何言ってんだって思うかもしれませんが……きっと救いの手が現れなかったら死んでいたと思います」


 カチャン、と一つ、首輪を外せた。次は純黒の青年の首輪だ。


「だから、放っておけなかったんですよ。そんな目をしているあなた達のことを。どうか、生きる希望を見つけてください」


 カチャン、とまた一つ、首輪を外せた。

 話はちゃんと聞いてくれていたようで、二人とも私を見ている。

 ニッと笑って見せた。



 

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“普通の幸せ”を欲したけれど、捨てられたので“特別な幸せ”を手に入れることに決めました! 三月べに @benihane3

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