第15話 秘伝の魔法。
ラクシアスの生まれ育った街の名前は、ナナド。
滞在四日目には、ラクシアスに魔法を学びたいと相談した。
剣の扱いとその戦い方は、このままならラクシアスと手合わせしてもらっていると成長できると思う。
ラクシアスにこのまま付き合ってくれるかを確認しつつ、私は魔法の学び方を尋ねた。
「それなら、本を買ってみたらどうだ? ペスフィオーの種を売れば、魔導書を簡単に買えるだろう? 魔導書は、魔法が学べる本だ。高価だが、足りるはず」
「魔導書、ですか?」
魔法の専門書ということか。魔導書。
わくわくする。言う通り、お金はあるのだ。
「あ、でも、レレスの国のお金しかないけれど……」
「もう換金していたのか。大丈夫だ、レレスの国と周辺の国は共通通貨だから」
「そうだったのですか」
「エルフの国のラッテアは、人間の国のレレスより、魔導書が安く手に入る。魔法は精霊から妖精へ、妖精から人間へ授けたそうだ」
「へぇ、そうなんですか!」
私が見上げやすいように、しゃがんで話してくれるラクシアスに、頷いて見せる。
「この街の魔法の店は、一つだ。案内しよう。おいで、アメジス」
「……はい」
立ち上がったラクシアスが、手を差し出した。当然、手を取る。
でも違和感を抱く。これは何扱いだろうか。
子ども扱い。それとも、妹扱いだろうか。はたまた娘扱い。
愛称での呼び合いからして、友情かと思うけれど、どうなんだろう。
年齢差が、かなり開いていれば、あり得るかもしれない。
父親のようになりたいとか思っていたら、どうしよう。
大きな手に握られて、私はラクシアスと病院を離れて街を歩いた。
耳が長く尖がったエルフの住人がいる街を歩けば、注目を浴びる。私もそうだけれど、一番はラクシアスだろう。
明らかに自分の子どもではない人間を連れている、有名らしいエルフの戦士。
見た目は、二十代の青年だけれど、エルフだし、子どもの一人や二人いてもおかしくないだろう。
私の前世の知識からして、エルフは長寿で、見た目年齢もあまり変わらない美しい妖精さん。
けど、この世界を知らない私からすると、全然年齢を推測できない。
ラクシアスは、いくつだろうか。
左手で手を引いてくれるラクシアスを見上げる。
白金の髪は、三つ編みにしていても胸まで届く長さ。残りの短い髪は、ストレートに伸びている。
胸元を晒すように開いている襟付きの白いシャツ。そして、藍色の外套を着ている。
ラクシアスの顔立ちは、一際美しい。
妖精の街って感じのこの街でも、飛び抜けて美しいと思える。
星空のような煌びやかな輝きが散りばめられた藍色の瞳も、彼だけのようだ。
「この店だ」
ラクシアスが、足を止めた。
ダークブラウンの木製の店には、五芒星が彫られて金色に縁取られているドアだ。
そこを開けば、色んな香りが鼻に届いた。花と草やお香みたい。
本の匂いではないことに首を傾げつつ、ラクシアスに手を引かれて店に入った。
「あら、ラクシアス。可愛い女の子を連れてきて、どうしたの? お名前は?」
中には本もあったけれど、乾燥している草や花が干してある店。
怪しげでもある。でも、どこか懐かしさを感じるお店だ。なんでだろう。
ああ、そうか。絵本で見た魔女のお店って感じ。
奥のカウンターには、魔女っぽい色気のあるエルフの女性がいた。
大きな胸の谷間が見える黒っぽい服と、たれ目とふっくらした唇の右下に黒子がある顔。
艶やかなウェーブのついた金髪は長い。妖艶なエルフだ。
「わ、私はアメジストです」
「あたしはパティアシア、よろしくね。綺麗な髪……触ってもいいかしら?」
「あ、えっと、どうぞ……」
ラクシアスが手を放してくれたから、そのパティアシアと名乗るエルフさんの元までとことこといく。
私の淡い紫色の白銀の長い髪をすくいとって、パティアシアは触る。
「アメジストって名前にぴったりの綺麗ね。あ、でも、ちょっと艶が足りない……。いいシャンプーがあるの。よかったら使う?」
「え? えっとぉ、ここは本屋ではないのですか?」
シャンプーも売り物として置いているのか、と首を傾げた。
「ここは魔法の店よ。魔法に関することが置いてあるの。干してある草や花にもね、魔力があって、色んな効果をもたらすの。例えば、このシャンプーはココナッツミルクと蜂蜜とオリーブを入れているのだけれど、香りのアクセントにすずらんとミントとティートリーも加えているの。ティートリーやミントは爽やかな香りで頭をはっきりさせてくれて、すずらんは疲れを緩和させる効果があるのよ。それから蜂蜜は、潤いを与えてくれるの」
アロマ的な効果かな。魔法のシャンプー。
大きめな瓶の中に、白っぽい液体がある。瓶を開ければ、甘みもあるけれど爽やかな香りがする。
買っておこうかな。
「汚れが気になるなら、この炭入りのシャンプーもいいわよ」
今度は、黒い瓶を見せられた。
それは水浴び場を汚してしまいそうだから、遠慮したい。
「んーこっちがいいです」
そう白い瓶の方を選んだ。
「あげるわ、特別よ」
「いいんですか?」
「もちろんよ、子ども達の救世主であるラクシアスサマの連れからお金を取れないわ」
ぎくりとした。
でも私がペスフィオーの果実を取ったことは、他言していないことを思い出す。
「まさか、ペスフィオーの果実を人数分取ってこれるなんてね、伊達に一度食べてないわね。私も魔力を増幅する薬を作ったけれど……それじゃ奇病には効果がなかったのよ。究極って呼ばれるほどの魔力を増幅する果実には敵わなかったのよね」
ふーっと息を吐いたパティアシア。
「パティアシア、実は今日は魔導書を買いに来たんだ。アメジスが魔法を学びたいそうで」
「あら、魔導書なら話は別よ。どれにする? 赤い本は、火に関する魔法。青い本は、水に関する魔法。緑の本は、緑に関する魔法、植物のね。茶の本は、土に関する魔法。ああ、これがいいんじゃないかしら? 初心者に最適な初歩的な魔法をどんな属性も詰め込んだ一冊よ」
五センチの厚みがある本は、壁際に飾られていた。
その中の一冊が、飛び出して、パティアシアさんの手に吸い込まれるように収まる。
「今の魔法は?」
「今のは、これよ」
差し出したパティアシアの手には、円の中に五芒星の刺繍がある手袋をしていた。
「ローワンを焚いた煙をたっぷり吸わせた布に、これを刺繍して身に着ける。それだけじゃないのだけれどね」
「覚えたいです! どの本に書いてありますか?」
「ええ? これは結構習得に時間がかかるものなのよ。それにエルフの秘伝なの、どの魔導書にも書かれてないわ」
エルフの秘伝の魔法。これはぜひとも覚えたい。
「えっと……教えてくれますか? どのくらい時間がかかるのでしょうか……?」
恐る恐ると、尋ねてみた。
百年とかでは、いくら魔力があってもだめだ。
エルフだけの特別な魔法なのかな。
「ああ、別に百年もの時間は必要ないわ。六日間あればいいの。特別に教えてあげるわ」
「本当ですか!? 一応この本も買ってもいいですか?」
「ええ、いいわよ。可愛いわね、アメジスト」
たった六日間なら全然問題ないじゃないか!
飛び跳ねそうなくらい喜んでいたら、何故か頭を撫でられた。
「早速今日から始めましょうか?」
「!」
パッと振り返る。ラクシアスを見上げた。
ここ数日一緒にいるから、彼の許可がいると思って。
「ああ、構わない。オレとの稽古はお預けだな」
ちょっと残念そうに微笑んだ。
そんなラクシアスにも頭を撫でられた。
「早速、行きましょうか。この魔法を手に入れるにはね、自分で材料を摘まなければいけないのよ。案内するわ」
パティアシアさんは店を閉める支度を済ませると、私を森へと案内してくれる。
ラクシアスは任せると言って、姿を消した。
「摘むのはハニーサックルの花と、ダンデライオンの根と花と、レモングラスの草。それからローワンの木」
「はい、自分で摘めばいいんですよね?」
「そうよ。そこが肝心」
「ハニーサックルとダンデライオンってどんな花ですか?」
どっちも知らない花だ。レモングラスは、前世で知っているけれども。
「小さな花と赤い実がついた甘い香りの花よ、ハニーサックルは。ダンデライオンは、黄色の小さな花びらがたくさんついた小さめの花よ。一緒に探しましょう」
パティアシアさんが優しく笑いかけたから、私は安心してついていくことにした。
最初に見つけたのは、レモングラスだ。長く伸びた草からは、レモンよりもレモンの強い香りがした。
それを先ず摘んだ。あらかじめ渡されたバスケットの中に、置いておく。
「あ、これこれ。ダンデライオンの花」
「これですか……」
茂みを搔き分けて、パティアシアさんが指差したのは、たんぽぽだった。
なるほどー。そう感心しながら、一つを根っこごと引き抜いた。
それもバスケットの中に入れる。
森の奥を進めば、続いてローワンの木を見つける。下に落ちている枝を拾い集めて、バスケットの中へ。
最後に、ハニーサックルの花を摘んだ。
これで、材料は全て手に入った。
「店に戻りましょう」
森を歩いて、一緒に店に戻ると、早速たんぽぽことダンデライオンを干した。
乾燥させるために、軽く魔法を使う。日光の魔法だ。それも私自身が行う。
続いて、ハニーサックルの花を軽く潰して、額にこすりつけた。花の香りが鼻に届く。
レモングラスは綺麗に洗って切り、お湯を注いでティーにする。
レモンの強い香りと苦みがするそれを飲み干した。刺激的である。
それから、ダンデライオンも切り刻んで、黄色い花を浮かせたティーにして飲み干した。
ホッと一息つくと、パティアシアさんが口を開く。
「花も食べなくちゃだめよ」
「はい。これを六日間やればいいのですか?」
むしゃっとカップの底に残った黄色い小さめの花を食べた。
「あとはローワンの木を焚いて、煙を吸わせた布で身に着けるものを作ればいいの。手袋でもいいし……ずっと気になっていたのだけれど、腕の布は何? 怪我しているなら、傷に効く薬を作れるわよ」
「あ、いえ……これは……怪我ではないです」
「そう……」
私はつい左の手首を隠してしまう。
ここには、エルフでもびっくりしてしまうであろう翼が生えている。
そうだ。いい加減これについて調べないといけない。
でもこのタイミングで問うのは、翼が生えていると白状するようなものだ。
頃合いを見て、翼が生えるのはどんな意味があるかを尋ねよう。六日間は彼女と過ごすのだから、時間はある。
「手に、身に着けたほうがいいのですか?」
「ええ、こうして使うから、利き手が最適よ。手首や腕でもいいけど」
「なるほど……んー」
剣を持つために、手袋はどうだろうか。
考えてみたけれど、聞いた方が早い。
「あまり滑らない布で手袋がいいですけど……どの布がいいですかね」
マダムシャーリーに訊いておけばよかったな。
「そうね……あ、指を出していればどうかしら?」
「いいのですか?」
「もちろん、支障はないわ」
「じゃあ掌だけを覆う形にします」
白い布を渡された私は、すぐにローワンの木に火をつけて炊いた。
上がる煙にその布を三十分ほど当てたら、その煙を吸い込みながら、緑色の糸で縫い始める。
最初は五芒星の一辺を縫う。そこでラクシアスが帰る時間だと教えに来てくれた。
パティアシアさんにまた明日と挨拶をして、帰ることにする。
森まで送ってくれたラクシアスの前で、お母さんを呼んで帰った。
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