第14話 孤独と救済。
男の子の名前は、ベル。
孤児だそうだ。孤児院の前に捨てられていた子ども。
すぐに、埋葬された。
見守るのは、私とラクシアスさんと医者と孤児院の院長とシスターだけ。
他の子ども達は、まだ安静にしているため、ここにはいなかった。
やるせない気持ちでいっぱいな医者と院長が肩を撫で合い、シスターは静かに涙を流す。私は黙って、墓が建つまで見つめた。
墓石ではなく、木棒が立てられる。
作業を終えた墓守や医者達が帰っても、私はベルの墓の前に座り込んでいた。
ラクシアスさんもまだいることに気付いて、私は見上げるように振り向く。
「……すまない」
ラクシアスさんが謝る。墓を見つめながら。
「つらいだろう」
ベルの死を見たことだろうか。
私は首を左右に振った。
「他の子ども達はどうですか?」
久しぶりに出した声は、とても冷静に聞こえる。
「鑑定したところ、魔力が膨れた。経過を見なくてはわからないが、きっと生き延びられるはずだ」
「そうですか……無事、治るといいですね」
「ベルは……他の子どもより魔力量が少なかったそうだ。まさかこんなに早く魔力が底をついてしまうとは……」
ベルの死の原因を聞いても、私は口を開かなかった。
医者でも想定外だったのだろう。
沈黙した私を心配したのか、隣に膝をついて、覗き込んだ。
「大丈夫か?」
「……考え事をしているだけです」
そう、苦笑を溢す。
「もう少し早ければ、なんて後悔しているのか?」
「いいえ……あーでもちょっと思いますね」
「それなら、オレのせいだ。もっと早くにペスフィオーの種を探しにいくんだった……ベルの他にも死んだ子どもがいる」
「ラクシアスさんのせいではないですよ……病気のせいです」
私はきっぱりと病気のせいだと言い切った。
少し風が私達の間を走り去る。
長い髪が舞い上がった。うっすらと紫色に艶めく白銀の髪。
「……私も、ベルと同じなんです」
ポツリと、打ち明けた。
「親に捨てられてしまいました……」
口にすると、まだ新しい傷に触れるような痛みを、胸の中で感じる。
「だから、ちょっと……考えてしまうのです」
今まで麻痺していたかのようにぼんやりしていたのに、急に悲しみに襲われて涙声になった。
「孤独に死ぬのは怖いって」
親に捨てられたあの日を思い出す。
「森に置き去りにされて、捨てられてしまった時、生きる理由もなくて、ただこのまま死んでしまおうだなんて思ってしまたんです。捨てられた場所に動かずに座り込んで……私は孤独に死のうとしていた……」
次こそは、愛してくれる両親の元に生まれるように。
そう願おうとしても、来世に希望すら出なくて、絶望していた。
「今思えば、とっても怖い思いをしていたんだって、気付いて……ベルもきっとすごく怖かったのだろうと思うと……私は……私は……孤独に死にたくないって……思って」
ああ、何を言いたいのだろうか。
わからなくなってしまった。
「こんな死に方……悲しい……」
しゃがみ込み、蹲る。涙が出ただろう。
泣くなんて、“お母さん”に出会って以来だ。
天使のような翼を持つドラゴン。オリーブグリーンに艶めく白い羽毛が温かくて、そして優しくて……私のお母さんになってくれたドラゴン。
帰ろう。
お母さんの元に、ちゃんと帰ろう。
「アメジスト……」
その前に泣き止まなくちゃ。
ラクシアスさんは、ずっとそばにいてくれた。
背中を撫でてくれて、ただそばにいてくれたのだ。
優しい妖精さんだと、思った。
夕暮れ時。街外れで、私はお母さんを呼び出した。
ラクシアスさんも見送りに来てくれたけれど、もう知っているからいいだろう。
「君さえよければ、また来るといい」
「!」
お母さんをギュッと力一杯に抱きついていれば、そうラクシアスさんは声をかけてくれた。
「……」
人間の街には行く気にはなれないし、ここに来ていいと言うなら……。
お母さんと目を合わせれば、そうすればいいと目を細めて頷いた。
「はい。また来ます」
答えたあと、お母さんに乗せてもらって、飛んで帰る。
飛行中は、ずっとお母さんの首を抱き締めた。もふもふの羽毛に顔を埋めて、深呼吸。とても落ち着く。
私も、子ども達が奇病から救われることを確認したかったから、今度はエルフの国の最果ての街を通うことにした。
また出掛けることになり、お母さんには送り迎えをしてもらう。
妖精などの魔力を奪う致命的な奇病は、収束しつつあるそうだ。
ラクシアスさんは、私がペスフィオーの果実を食べたことを、薄々気付いているみたい。
だから奇病にかかっても大丈夫と判断して、子ども達の見舞いも医者を説得してくれた。そもそも私のような人間がかかっても、魔力が底を尽いても死にはせず、そのうち魔力も自己回復するのだそうだ。
一日目は、熱に魘される子ども達のために、水を吸収した布を冷やしの魔法をかけて、額に乗せてあげた。
粉雪と唱えると、周囲に粉雪が降ってきて、手に持つ布が冷えたのだ。
アメジストは、粉雪の魔法を覚えた!
ベルの墓に花を置いて、お母さんと帰る。
二日目には、ラクシアスさんと剣のお稽古をしてもらった。
「アメジストは、いつも二つの剣を持っているが扱えるのか?」
そんな質問が、きっかけだ。
「この前のレレスの国のモンスタースタンピードで、一応戦いましたよ!」
「君が……? 参加したのか? 冒険者には歳が若すぎる」
「……えっと、まぁ、そうですね……」
いけない。喋りすぎた。
白いドラゴン達を引き連れて、参加したなんて言ってはいけない。
「事情があって、冒険者の方に戦い方を教わっていました」
視線を落として、そう答えておく。
「そうか。では手合わせしよう」
約束した条件のためなのか、ちゃんと詮索せずにいてくれた。
「私、よく知りませんが……ラクシアスさんはえらい戦士なんですよね?」
「ああ、まぁ一応。でも気にしなくていい」
「……」
気にしなくていいって、絶対に冒険者ギルドのマスターであるファーガスさんよりも強いに決まっている。
この前の魔物を切り捨てからして、剣の腕はすごいと思う。
大丈夫かな、と思いつつも、腰に携えた剣を抜いて構えた。
右手に剣。左手に短剣。突き出した剣を短剣で支える。
「ほう」
感心したように、声を洩らしたラクシアスさん。
「その歳で二刀流とは……面白い」
にやりと口角を上げた。ちょっとゾクッとしてしまう。
美麗なエルフの好戦的な笑みなんて……。
「来い」
「はい!」
剣を突くようにして、向かった。
ラクシアスさんの剣が、神秘的な白銀に光り、右にいなされる。
でも、私には左手の短剣があった。
びゅっと、横に切りつけようとしたけれど、ラクシアスさんは後ろに避ける。
いなされた勢いとともに、足を軸に回転して剣を下から上へ振り上げた。
ラクシアスさんは、剣を盾にするように防いだ。
「よし、実戦に参加してもいい攻撃だ。しかし、隙がある」
「わっ!?」
足をすくわれるように取られてしまい、私は転倒した。
「モンスタースタンピードの戦いの中では、集中力も体力も足りないだろう? よく生き延びたな」
「詮索ですか?」
「いいや、指摘しただけだ。続けたいか?」
「はい!」
めげることなく、再び挑み続ける。
場所は、病院の庭。子ども達の病室の窓から見える。
起き上がれる子どもは、観覧。応援してくれた。
三日目も剣のお稽古。
その休憩中に、七日間を無事乗り越えたエルフの女の子マーガレットに魔法を教わった。
最初に学びたかった火の魔法。唱える呪文は、燃えろの一言。
南の方角から陽射しを集めると、火の魔法を強めることが出来るという。
「マーガレット、他にコツがある?」
「んっとね、緑色を想像すると、治癒魔法が効果的だってお父さんに聞いたよ!」
マーガレットは明るくて可愛い女の子だ。
金髪の三つ編みのおさげをしている。丸い瞳は、青色。
「でも人間の子どもには、治癒魔法は魔力が足りないよ」
「エルフの子どもなら、大丈夫なの?」
「小さな傷を癒すなら、出来るよ。"ーー癒すーー"」
マーガレットの差し出した手に、小さな光が灯る。
微かに鈴の音が聞こえた。傷はないから、ただ光るだけだ。
すぐに、光りは消えた。
「……あれ? ラクシアスさんは?」
「ラクシアス様? あれ? いないね?」
気付けば、ラクシアスさんの姿がない。
そういえば、様付けされるほどのエルフなのに、ずっとこの街に滞在している。
お仕事とか、大丈夫なのだろうか。戦士というくらいだ。戦う職業のはず。
レレスには王族はいないと聞いたけれど、エルフのこの国にはいる。
ラクシアスさんは、王族に仕える戦士かもしれない。そうすると、近いうちに帰るかも。
「そういえば、どうしてラクシアスさんはここに来たの?」
「え? ラクシアス様は、この街に生まれ育ったんだよ」
知らなかったの? とマーガレットは首を傾げた。
「そうだったの……」
故郷の街の危機に駆け付けたのかな。
「ねぇ、マーガレット。私も、様付けした方がいいかな?」
「えー? わかんない」
「様付けをするのは、敬意の表れ。無理に変えることはない」
「わっ!? ラクシアスさん!」
木陰にいた私達の後ろに、ラクシアスさんが現れた。
「マーガレット。お母さんがもう帰ってくるように言っていたぞ」
「ありがとう! またね、アメジスト。ラクシアス様も!」
「またね、マーガレット」
自分の母の姿を見つけると、マーガレットは駆けていく。
どうやら、ラクシアスさんは、マーガレットの両親と話していたみたいだ。
お礼を言われたみたい。きっとペスフィオーの果実を取ってきて、救ったことだろう。
「君にも感謝するだろうが……君の協力は話さなかった」
マーガレットが両親に抱き締められている姿を見つめながら言った。
「あ、別にいいです。本当によかったですね、効果があって。他の子も無事乗り切れそうで……」
私は微笑んだけれど、救えなかった子どものことを思い浮かべて、笑みを薄くする。
「……アメジスト」
自分を責めるな、と言いたげに、私の頭を撫でた。
「よかったら、オレのことを愛称で呼んでみないか?」
「え?」
「オレを愛称で呼ぶ者はいない。敬意を持って様付けされるのは嬉しいが、その反面寂しい。アメジストなら、親しげに呼んでくれそうだと思って、だめか?」
しゃがみ込んで覗くと、ちょっと悲しげに見つめてきたラクシアスさん。
いや、私も様付けすべきか、迷っていたのに。
「オレも愛称で呼ぼう。アメジスなんてどうだろうか?」
フェアじゃないかと、笑いかけた。
星空のような煌めきのある藍色の瞳が、キラキラと輝く。
「ラクシアスさんのことは……ラク?」
「ラクか。いいな、アメジス」
頬杖をついて、ラクシアスさんは嬉しそうな笑みを溢した。
かなりの年上のはず。歳を訊くのは、失礼だろう。
ちょっとした師弟関係だと思いつつあったけれど、ラクシアスさんを愛称で呼ぼうか。
愛称で呼ぶのは、友だちということかな。
「じゃあ……ラク」
改めて呼べば、ラクシアスさんは笑みを深めた。
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