特別編9話 押しかけてきたこの美女は、僕のアメ玉を奪いとる

※昔出して、すぐ消したやつを再投稿しました。




 引っ越してまだ一日しか経ってない新居のチャイムは今までのものより短かった。ピンポン、と聞き慣れないチャイムの音。数秒の間の後、自分の家のチャイムかと気付く。


 ちょうどベッドの組み立てが終わった後で、部屋の隅に纏めてあった段ボールの固まりを手に立ち上がる。


 僕は来週から大学一年生になる。

 両親は仕事が関西に多くなるため、拠点という名の家を大阪辺りに移した。それと同時に、東京の大学に進学する僕は、大学に近いアパートに引っ越すことになった。


 これからは一人暮らし――と言っても、今までも一人暮らしのようなものだったので、住み慣れない新居、という点以外で特に支障はない。


「はいはいただいま~」


 ピンポンピンポン、連打が始まったチャイムに大声でそう返すと、ピタッと止まる。

 宅配にしては無礼だろ。と僕は思いつつ、僕はポケットからはんこを取り出して扉を開けた。


 純白のワンピース。麦わら帽。底上げのサンダル。素足。

 どこかでみたことのあるような格好の美少女、いや美女がいた。


 卒業式で見た、もう少しで腰まで届きそうなほど長かった髪の毛はバッサリと肩口まで切りそろえられ、ストレートパーマというのだろうか、ツヤが増して軽くウェーブがかかっている。

 それに、もとから茶色だった髪の毛が、より明るめの茶色に染まっていた。


 受験期にはめがね姿ばっかりだったので、コンタクトの彼女は懐かしく、それなのに大人びて見える。


 彼女は体の横の大きなピンクのスーツケースから手を離し、ひらりと手を振った。


「柚、おは」

「お昼だからこんにちはだけど……遊びにきたって感じ……ではないよね?」

「私の家からだと大学まで四十分かかるから」

「――近いじゃん」

「ここだと三十分だし」

「僅差じゃん」

「――おしとぉぉぉるっ!」


 彩香さんは強く踏み込んで僕を押しのけ、ダダダダダッと、家の中に上がっていった。彼女が脱ぎ捨てたサンダルが僕のふくらはぎを攻撃する。


 途中、勢い余ってずってんとこけた。笑うと、彩香さんは僕を振り向いてむ〜と睨む。そして立ち上がり、足早にリビングへ入った。

 玄関には、ピンクのスーツケースと僕だけが残された。


 外見は大人っぽくなったが、内側は幼児退行した気がする。



 *



「なに? ここに住む気?」

「ダメ? 広いのに?」

「それ関係ある?」

「ん。二人住んでも狭くないし。まぁ、同じ布団で寝るからベッドは一つで十分だし」


 そう言って、彼女は僕の部屋の方向を指さす。


 両親は関西に移って、これまで以上に家に帰ることはなくなるだろう、と言っていた。結果として、それまで使っていたテレビやエアコンや冷蔵庫などは僕がもらったのだが――……。

 両親がほとんど使わなかったダブルベッドをもらったのだ。もちろん掛け布団やシーツは新しいものに買い替えたが。


 ともかく、つまり彩香さんは何が言いたいか。

 ダブルベッドだし、問題ないだろうと。そう言いたいわけだ。


「――僕の広いベッドで大の字で寝る計画は?」

「一緒に抱きしめあって寝よ?」

「……親御さんは?」


 補足:僕らはまだ付き合ってない。

 ——だって、告白のタイミングが掴めないのだ。時々不意打ちでキスされるし、不意にキスしてしまいたくなるし、歩くときはいつも手を繋いでいる。そこまで進んでしまっていると、告白に今更感を覚えるし、なんだか改まった感じで告白した方がいいんじゃないかと考えているのだ。


 ——などと言い訳をして、僕はいつも逃げている。キスだって、彩香さんにとっては軽いスキンシップなのかもしれない、なんて思ってしまっている。自分が嫌いになりそうだ。


 閑話休題、付き合ってもない僕らが同居するなんて、彩香さんのお義母さんはノリノリだろうが、お義父さんの方は――


「柚のご両親にも許可取ってる。週一で柚の近況を知らせるのと、柚の家事を手伝えば住んでもいいって。

 ――まぁ、家賃の半分は払うって私が言ったんだけど、お義父さんもお義母さんもいらないって言ってね。結局折半案として、簡単に言えば私は柚のメイドさんとして、柚と同居することになりましたってこと」

「ったく……うちの親は……」


 放任主義の強い両親のことだ。家賃の件に関しても、どうせ金絡みで問題が起きることを危惧して断ったのだろう。

 親の愛情は人並みに受けて育ったつもりだが、人は人、自分は自分の精神を家庭にまで持ち込む親である故、気にすることはやめた。


 ——って、そうじゃない。


「いや、僕の両親じゃなくて彩香さんのお父さんはどうなの? って聞きたかったんだけど。反対しなかったの?」

「……まぁ、ね。喧嘩して——勘当だ、なんて感じで結局逃げた。お母さんと茜ねぇは何も言わなかったし、亜希奈は受験で忙しいし」


 カンドウ……? カンドウってなんだっけ? えっと確か——

 わからなかったので、ヘイシリと呟いた。そしたらグーグルホームが起動して、それに競うようにアレクサが返事をした。シリはまごついて何も喋れないでいた。僕はスマホを優しく撫でた。


 なるほど、親や師匠が子や弟子との縁を切ることらしい。つまり彩香さんは喧嘩別れした挙句、縁切り寸前に立っているということらしい。

 ——『親と縁切ってでも私と同居したかったのね! あはんっ、大好き♡』なんて考えるほど僕の頭は平和なお花畑じゃないし、メンヘラでもない。正直ドン引きだ。


 彩香さんはバツが悪そうに、引き顔の僕から目をそらした。


「うん、よし。彩香さん、いったん帰るよ」

「えっ——!? ちょっ、まっ、い、痛い痛い痛い! 耳ちぎれちゃう!  引っ張らないで!」

「家出したこと、謝りに行くんだよ。大丈夫、僕もできる限り弁明してあげるから」

「でもそんなことしたらっ、柚と夕飯食べたりっ、お風呂上りに並んでテレビ見ていちゃいちゃしたりっ、抱きしめあって寝たりする私の計画がっ……」

「——その計画には賛同しかねるけど。まぁ、彩香さんの手料理が毎日食べられるなら悪い話じゃない。だから——お父さんに、ちゃんと許可もらいに行こうよ」

「……わかった」


 彩香さんは諦めたように顔を伏せ、それからジロリと睨めあげるような昏い視線で、静かに言った。


「絶対、私は柚と住む。これは絶対」

「いいよ。そうなるように、お願いしよう」


 てなわけで、まるでファンタジーの戦闘前のフラグ建築、または主人公とヒロインのココロが結ばれていくラブコメのようなワンシーンがあったのだが——


 長い長い話し合いの後、最後に僕がお義父さんに土下座をして『お願いします、娘さんをうちください住まわせてください』みたいなことを言った。

 ——相手の情を期待してお願いするときは、端的で抽象的できっぱりと伝えるのが得策であるというのが僕の経験論である。


 そしたら何故か、彩香さんの顔は真っ赤に爆発して『ケッコン』などと呟き始め、お義母さんと茜さんは色めき立って『シキジュンビ』などと言い始め、お義父さんは『ム、ムカシハパパトケッコンスルッテイッテクレタノニ……』などと呻き始めて、亜希奈が『ヒニンダケハシロヨ』と最後に締めて、決着がついた。


 『ケッコン』を始め、みんな何を言ってるのか理解できなかったが、結局同居することが許されたので、万事オッケーである。



 *



「ただいま~」

「おかえり、またレポート?」

「そ。私も柚とおんなじ学部にすればよかった」

「隣の芝は青いからね、レポートはなくても課題は多いよ」


 ソファーに寝転がってスマホをいじりつつ、気の抜けた返しをする。すると、荷物を床に下ろした彩香さんが僕の頭の方で腰に手を当てて怒った声を出した。


「柚、まただらけてばっかり! 朝からずっと変わってない! 今日は夕食当番でしょ!?」

「だって僕は休みだったし。それに昼間は働いたよ~。昼ご飯食べて、課題やって、ゲームして。あと春巻きも巻いたからあとは揚げるだけだし。お腹空いた?」

「まだっ! でも柚だけズルい!」

「いや、昨日は彩香さんが休みだったじゃん」


 僕らは大学こそ一緒だが、全く別な学部に進学したのだ。すると僕らの共通の休みは日曜日だけとなった。まぁ、それのおかげで夕食当番という制度も運用しやすくなったので結果オーライだが。


 口の中のまだ大きなアメ玉を転がしていると、彩香さんがソファーの前のおやつ籠をガサゴソやって、悲痛そうな声を上げた。


「あっ、私のお気に入りのアメちゃんがもうない!」

「え? あぁ、ごめん、美味しかったから食べちゃった。ほら」

「このぐうたら! 食っちゃ寝の柚! ひどいっ!」


 起き上がって口を開けてアメ玉を見せると、彩香さんは僕をポコスカ殴り始めた。酷い暴言まで浴びせられる。

 痛くはないが、そこまで怒らなくていいじゃん、と僕は逆ギレした。


「彩香さんだってこの前に僕のマカロン食べたじゃん! あれ高かったのに! 彩香さんの分も買ってきておいてあげたのに!」

「だ、だって美味しかったんだもん!」

「僕と理由が一緒じゃん!」

「ん~! 奪ってやる!」


 彩香さんは僕の膝の上に飛び乗り、僕の口に口を押し当てる。

 その直後だった。


 口の中にざらりとした何かが侵入してきて、僕の舌の上を撫でていく。そして帰って行った。

 気がつけば、舌の上からアメ玉が消えていた。


 見れば、戦利品を自慢するように彩香さんが口を開けて、あめ玉を僕に見せびらかす。少し赤いながらも、余裕に満ちた顔だ。

 だけど僕は、アメ玉を奪われたとかそんな場合じゃなかった。


「い、いまっ――」

「ん、舌入れた。初めてのディープキス、ごちそうさま♡」

「なっ……い、いきなりそんなっ」

「悔しかったら取り返してみれば? ん、柚の味がする~」


 そう言った彩香さんは僕の膝の上に座り直し、アメ玉を転がして目を細めながら、いつでもかかってこいと強者の余裕を見せた。

 こうなったらやってやる。


 覚悟を決めた僕は彩香さんの肩を掴み、未だに慣れないキスをする。

 ここまでならいつも通りだ。問題はここから。


 人伝に聞く話やSNSなどで知ったあやふやな知識で彩香さんの口の中に舌をねじ込む。


「んっ――……んん……。取られちゃったぁ……」


 彩香さんの歯に舌が触れてビクッとなりながらも、その奥のアメ玉を舌で引き寄せて、口を離す。

 彩香さんは甘ったるい声をだして、蕩けた目で僕の顔を掴んだ。


「柚だ~めっ、私のものっ」


 そう言って再び、彩香さんは僕の口の中に舌を入れる。

 奪われないように舌でアメ玉を巻いて守ると、彩香さんは僕の舌をなんどか突いた後、む~とキスをしたたま唸って一度退散する。

 よし、勝った。なんて思っていたら次の瞬間だ。


「ぁ……っ」


 歯や歯茎を一つ一つ丁寧に、凹凸の隙間をなぞるようにして、掃除するようにして彩香さんの舌が僕の口の中を這う。


 思わず声が出ると、彩香さんは目で三日月を作って、今度は僕の口の中を蹂躙する。反撃することもできず、一方的に彩香さんに攻められる。

 動こうとする舌は彩香さんの舌に絡みつかれて身動きがとれない。彼女の舌を止めようと閉じる唇は、彼女に舐められただけで呆気なく開いてしまう。


 抵抗を諦めてなされるがままにすると、余裕そうに見えた彩香さんが実はそうでもないことを知る。彩香さんはキスに夢中になっていた。


「んっ……んんっ、ぁ……!」


 舌と舌が絡み合うクチュクチュという水音が口の中で響く合間で、彩香さんの控えめな喘ぎ声が漏れる。なんだ、この濡れ場シーン。過激すぎる……というか、なんで舌をっ——

 僕の首に回された彼女の腕がきゅっと強く締まった。


 心臓がドキドキしてしまう。十分に酸素を肺に取り込めなくて苦しいのが、だんだんと和らいでいく。

 思考に靄がかかり、酸欠になった脳はクラクラ酩酊し、遠のいていく意識さえも快楽だと誤認してしまう。


 そこでようやく、僕の肩に手を置いて彩香さんが離れる。口の中のアメ玉はいつの間にか消えていた。


 銀色の橋がかかり、自重に耐えきれずたゆんだ後、ぽとりと僕のTシャツに落ちた。


 彩香さんは赤く上気した顔ではぁはぁと荒く息をして、はにかむ。


「アメちゃん、溶けちゃった……あは」

「っ……て、てか、この状況、なんなんだよ……」

「ね、柚……はぁはぁ……今のアメ、実はポケットにもう一個ある……の。えへ……」


 言うと、彩香さんはポケットに手を突っ込み、無言で封を破り、アメ玉を僕の口の中に押し込んだ。その手で今度は僕の頬を強く挟み、逃げることを許さない。

 そしてもう一度、僕に顔を近づけて――


 そこで空気を読まない炊飯器が、お米が炊き上がったのを知らせる電子音を鳴らした。

 空気が固まり、場が硬直する。僕らは顔を見合わせる。


「ごはん、遅くなるけど……」

「――私今、ひな鳥に餌をあげなきゃいけないの。だから待ってて。春巻き揚げるの、手伝うから」


 そう言い、彩香さんはもう一度、引け腰になる僕に無理やり唇を重ねて、僕の上に馬乗りになった。

 結局、僕らはいつもより三十分遅れて夕食を食べた。








PS:昔出してて、消したやつを適当に書き直したものです。

 柚の記憶が消されるのは今後の展開的に困るので、改稿しました。多分まだまだ改稿されます。まぁ、遅めのクリプレとでも思ってください。(2021/12/27)

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うしろの席の美少女が、僕をつかんで放さない 小笠原 雪兎(ゆきと) @ogarin0914

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