解離

烏神まこと(かみ まこと)

1

 目が覚めると見覚えのない美男と病室にいた。母でも父でもない彼は自分を俺の恋人だと名乗る。


「無事でよかった」


 男は俺の左手を両手で包み込み、ひどく安堵した表情だ。俺はこの男を知らない。けれど、演技をしているようには見えない。記憶を失う前の俺はこの綺麗な男と付き合っていたのだろうか。

 考え出すと急にずきずきと頭が脈打つように痛い。そして、どこからか声が聞こえる。彼は危険だ、と。


(なんで危険なんて言うんだろう)


 痛みで細めた瞳から映る彼はベッド脇に跪き、俺の左手の甲へ優しい表情でキスを落としている。そして、窓からわずかに差し込む陽の光を背に浴びながら、さっきから何も言わない俺の反応を静かに待っている。その様子が神の使いか童話に出てくる王子のようで息を呑む。


『いますぐに離れろ!』


 声はまだ聞こえる。けれど、俺はこの人を信じてみたいと思ってしまった。

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