生か死か


 

 あなたの姿を見たのは、どうやら27回目の夏を迎えた7月中旬の梅雨明け時だった。

 私はある理由で死にたくて、あなたもちょうど死にたがっていた。

 何もかもがやたらとはっきり見える快晴の下で、あなたの髪は白く輝いていた。

 死にたい理由を話すのは簡単だ。生きたい理由を見つけるのはもっと簡単。

 その両方を天秤にかけるのが難しい。世の中のあらゆるものが邪魔をしてくるから。例えば近くのコンビニに持っていくべき振込用紙の束と、あの青空に浮かぶひつじ雲。どっちの方が好きだって、言えるかい。恥ずかしげもなく道端に吸殻を捨てる老人と、地平線の先に沈む透明な太陽と一番星。どっちの方がこの世界に意味がある。どっちのせいで死にたくて、どっちのために生きていたいと思う。

 たとえそれを選ぶことができたって、もう一方を切り捨てることはできない。

 せいぜい汚いものを見ないように気を付けて歩くぐらいのことしかできない。

 世界で一番きれいな景色に出会った時に、私の前には鼻息のあらいマラソンマンが「どけよ」と突進してきて、後ろには服を着た犬が舌を出しながらどこまでもどこまでも後をついてくる。

 私は消えたかった。

 その方法が死ぬしかなかったっていうだけの話だ。


 あなたの場合の事情は少し違っていた。

 あなたは自分が死ぬことで何かを証明しようとしていた。

 死ぬってことは、生きてたってことだ。だから死ねば、私がここにいた証明になる、と真面目な顔で話すあなたは笑ってしまうぐらい真面目だった。


 だから私たちは手を組んだのだ。

 つまりこういうことだ。

 いいかい、例えば、私があなたのせいで死んだら、あなたのためにこの身を投げだしたというなら、それはあなたがここにいたんだって証明にきっとなるだろう。それは自殺ではない。わたしは精一杯に生きたい理由を探す。


地を流れる天の川の物語

一等星と月と朝焼けと、どこまでも透明な水面

何百も並んだ電柱と揺れるアスファルトの蜃気楼、夏風に浮かぶオーロラ

すべてを探して

絶望を希望に変えるそのすべての景色にあなたを浮かべて

それで、生きたいと思うのか、死にたいと思うのか

それはその時になってみないと分からない

しかし遠い未来の話ではない

なぜならもう歩き出しているからだ

私たちは二人、手をつないで

もうすでに歩き出しているからだ

そう、天秤は静かに揺れている

もうとめられない


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日付変更線に触れる きつね月 @ywrkywrk

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