君ず僕ずの゜ヌシャルディスタンス

成井露䞞

👫

 四月になったら勇気を出しお口にしようず思っおいた蚀葉も、䌑校期間がやたらず䌞びおその機䌚を倱った。この街じゃ新芏感染者なんお随分ず出おいないのに、党囜䞀埋で緊急事態宣蚀だなんお安倍総理が蚀うものだから、党おが止たっおいる。䞍芁䞍急の倖出をしないで、孊校の宿題をしお、YouTubeを芋お、小説を読んでいるうちに気づけば空は倏暡様。――もう初倏だ

「  あ。明人あきずじゃん」

「よう。――久しぶり」

 ドラッグストアの商品棚の間に立っおいたのは空色のブラりスの抎本銙奈だった。突然だったから驚いた。小孊校高孊幎からの付き合いで、同じ高校に通う腐れ瞁。

「䜕しおんの マスクでも探しおんの」

「無い無い、無い無い。売っおないよ、マスクはね〜」

「たぁ、そうだよな」

「  明人、゜ヌシャルディスタンス」

「近づかねヌよ」

 なんか突然、栌闘家みたいな構えをずる銙奈。そんな栌奜をしおも隠せないくらい随分ず垢抜けお、倖芋も可愛くなった。

「メヌトルだっけ ゜ヌシャルディスタンス」

「確かそんな感じ」

「曖昧かよ」

「距離をずれればむむの、距離をずれれば」

 圌女はグラノヌラが䞊んでいる棚の前に立っおいお、僕は䞀぀通路を挟んで蕎麊の也麺が積たれた棚の前。

「ツむッタヌで芋たんだけど、メヌトルっお畳䞀぀分ずか、本マグロ䞀匹分ずかなんだっお」

「䜕それ りケる〜。私、ツむッタヌずか芋おないし」

「たぁ、おたえはそうだよな。むンスタ系女子だし」

「えぞぞ。むンスタ映えしおいるしね、私」

 小さくサむン。銙奈のむンスタグラムのフォロワヌは孊校の先茩から埌茩たで幅広い。䞀般ナヌザのフォロワヌはそれほど䌞びおいないらしいけれど、今や孊園のアむドルだ。䞭孊の時は目立たない女の子だったのに、どうしおこうなった。

 癜い床に芖線を萜ずしおそのメヌトルの䞊に本マグロ䞀匹分を想像する。なかなかにデカい。赀身だけで䜕日だっお食べられそうだ。  じゅるり。

「䜕 キモい なんだか目぀きやらしいよ」

 癜いプリヌツスカヌトを抌さえお、睚んでくる銙奈。

「芋おねヌよ。床の䞊に転がっおいる本マグロを想像しおいたんだよ」

「䜕よそれ」

 ぀られたように床に芖線を萜ずす銙奈。

「  矎味しそうじゃない。じゅるり」

 倖出犁止で回転寿叞にも行けおないからなぁ〜。あぁ、寿叞食いたいなぁ〜。

「――お寿叞ずか、パヌッず食べたいよね〜」

「だよな」

 思考回路が同じだった。腐れ瞁のなせる技。でも、それが僕らの距離を瞮めおくれるわけでもなく、長い間の友人関係の果おに僕らはちょうどこのくらいの距離感に萜ち着いおいるのだ。

 コロナ犍があろうがなかろうが。きっず今の――君ず僕ずの゜ヌシャルディスタンスはこのくらいだ。メヌトル――付かず離れずの䞭途半端な距離。


「ゎヌルデンりィヌクずか  䜕しおた」

 買う予定もない蕎麊の也麺を手に取りながら僕は尋ねる。

「ん〜 どこにも行っおいないよ」

「そりゃそヌだろ。緊急事態宣蚀でおるし、孊校からもめっちゃ厳しいアナりンス出おたじゃん。校長からの䞀斉メヌルやばくなかった」

「あ、やばかった。マゞで。い぀もは䜓育通で聞く校長先生の話が、なんだかYouTubeだったし、草生えたけど。校長マゞでYouTuber」

「それな〜」

 先生たちもなんだか必死みたいだった。

「オンラむンで授業始めるずか蚀っおるけどさ、叀文のお爺ちゃんずか絶察に無理だろ お爺ちゃんWEB動画配信の仕方ずか知っおいるのかよ」

「だねヌ。でも、そんな明人だっお、動画配信ずかやったこずないでしょ」

「たぁ、無いけどな〜  っお、銙奈もだろ」

 䞡手にグラノヌラの袋を持぀抎本銙菜は、それで顔を挟みながら「ふっふっふ」ず笑った。謎キャラだ。可愛いけれど。

「私ね〜。この䌑校期間でね〜。動画配信者デビュヌしたんだよ〜」

「マゞかよ YouTuber」

「ややや、YouTuberじゃないんだけどねヌ。別のアプリ」

「  実名」

「たっさかヌ。たずは別のハンドルネヌムでお詊しっお感じ」

「ぞヌ、そうなんだ。  結構、芋られおんの」

「んヌ。たぁたぁ」

 そう蚀うず、銙菜は瞳を泳がせお人差し指の先で頬をかいた。

「リスナヌさん、今、だいたい癟人くらいかな」

「マゞかよ 知っおいる奎ら 孊校の奎ら」

「う〜ん、違うかな〜。半分以䞊は知らない男性っお感じ たヌ、私の話がきっず面癜いんだろうね〜。にゃはは」

 違うよ。倖芋だよ。なんだか無性にむラむラしおくる。

 なんだよ、そのリスナヌっお。こっちが四月から匕き篭もり状態で、顔を芋るこずすら叶わなかったっおいうのに。急にLINEを鳎らしおも䞍自然じゃん 孊校があれば偶然みたいに遭遇しお立ち話したりずか、登䞋校の時に合流したり出来るけれど。だから悶々ずしおいたっおいうのにさ。そんな間に画面越しずはいえ銙奈に矀がっおいた男たちがいるっお考えたら、それだけでムシャクシャしおくる。

「――なんでたた動画配信なんか」

「うヌん。たぁ、孊校ある時ず違っお、たずたった時間あったしねヌ。もずもず興味あったし。結構、私、むンスタのりケは良かったじゃん 最近、動画配信流行っおいるし、いろいろアプリもあるし、そういうのも行けるかな〜っお。あ、それにね、ランク䞊がるずお金も貰えるんだよ バむトみたいな感じ」

「  でも、なんかそれっお、自分のこず切り売りしおいるみたいにならね 金ずか貰っちゃっお、倧䞈倫なのかよ」

「䜕 心配しおくれおいるの ありがずヌ。でも、倧䞈倫だよ。党郚アプリ越しだし、本名も出しおないし」

「――そっか」

 そういうこずじゃないんだけれど。それ以䞊螏み蟌んでも、よくわからないたた感情的になっおしたいそうで、僕は卑猥な劄想を頭の䞭から远い払った。

「人気者になっお  銙奈は手の届かないアむドルみたいになるんだな」

 思わず唇の端を吊り䞊げおしたう。嫉劬か皮肉か焊燥か。――かっこわるい。

「䜕よそれ 私は私だよ 井之䞊明人の腐れ瞁であるずころの抎本銙奈。むンスタやっおいよヌが、ラむバヌやっおいよヌが、関係ないじゃん」

「たぁ、そうなんだけどさ」

 そうなんだけれど、僕はただの腐れ瞁でしかなくお、それは恋人ずはたるで異なる抂念で、君の回りを取り巻く男の数が増える床に、僕はこの腐れ瞁なんおいうどうにもならない立ち䜍眮に、䞍安を芚えおしたうのだ。


 䞭孊生の頃、抎本銙菜は目立たない女の子だった。むしろ僕の方が目立っおいたし、女の子に告癜されたこずだっお䜕床もあった。抎本銙菜より魅力的な女の子はいなかったのだけれど。誰も銙菜の魅力に気づかない。そのこずに安心しおしたっおいる内に、高校生になっおから――どんどんず状況は倉わっおいったのだ。


「  た、いいや。芪に頌たれおいる買い物あるし、ちょっず先に行っおくるわ」

「あ、うん。いっおらっしゃい 私も買い物しおるから」

 そう蚀っお手を振る銙奈のメヌトル暪をすり抜けお、僕は生鮮品コヌナヌに向かう。買い物リストには、豆腐、もやし、ペヌグルト、オレンゞゞュヌス、その他もろもろ。


 四月になっお新孊期が始たれば、僕は抎本銙菜に告癜しようず思っおいた。

 抱え続けおきた思いを桜の朚の䞋で蚀葉にする。そしお、君ずの距離の瞮めたいず思っおいたのだ。桜の朚の䞋だなんお、ロマンチストだず笑われるかもしれないけれど、そのくらいの舞台装眮が僕には必芁だったのだ。

 でも、突然広がりだした新型コロナりィルスず四月頭の緊急事態宣蚀。始業匏を埅たずに僕らの孊校は䌑校期間に突入した。孊校の桜は咲かせた花を誰にも愛でられぬたた、孀独に咲いお散っおいった。その䞋で告げるはずだった僕の蚀葉も、口にされるこずがないたた消えおいった。


 䞖界䞭で起きおいる悲惚な出来事――倚くの死者や、医療厩壊、そしお䌁業倒産。そんなこずに比べたら、僕が桜の朚の䞋で銙菜に告癜出来なくなったこずなんお、ほんの些现なこずかもしれない。それでも――この春に僕の想いは堰き止められた。


 君ず僕ずの゜ヌシャルディスタンスはメヌトル。

 新型コロナりィルスの隒動が収束しお、日垞に戻った時、僕はその距離を瞮めるこずが出来るのだろうか。

 二〇二〇幎の倏――僕は君ずれロ距離になれるのだろうか。

 

 䌚蚈を終えた君がドラッグストアの出口で草色の゚コバッグを掲げおいる。自転車眮き堎で埅っおいおくれるみたいだ。すぐに行くからずハンドサむン。

 むコカの電子マネヌで䌚蚈を枈たせお買い物カゎから飲み物や野菜を朰れないようにビニヌル袋ぞず移す。口元でマスクの䜍眮を盎しお、膚れ䞊がったビニヌル袋を䞡手にぶら䞋げるず、僕は自動ドアぞず向かった。


 なんだか嬉しそうにニダニダず目を现める抎本銙菜が、埌ろカゎに゚コバッグを乗せたシティサむクルに跚っおいる。マスクで君の本圓の衚情はわからないけれど。

 僕の方はずいえば、マスクの䞋はずびきりの笑顔だ。君ず䞀緒にいるずそれだけで自然ず嬉しい気持ちになっおくるから。――君にずっおも僕がそういう存圚であればいいなず思う。


「お埅たせ、行くか」

「じゃあ、私が先に行くから、埌ろメヌトル離れお぀いおきおね」

「自転車でも゜ヌシャルディスタンスかよ」

「䞉密回避しないず、お母さんにメッチャ怒られるんだからヌ」

「あ〜あ、早く、コロナ終わんね〜かなぁ」

「だね 明人はさ、コロナが終わっお日垞に戻ったら、たず䜕したい」

「そうだなぁ。日垞に戻ったら――」


 ――君ずの゜ヌシャルディスタンスを瞮めたい。


 なんお蚀えるはずもなくお、僕は「戻った時に教えおやるよ」ず、自転車のペダルを螏み蟌んだ。人通りの少ない道で、初倏の生暖かい颚が僕の頬を打った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はおなブックマヌクでブックマヌク

䜜者を応揎しよう

ハヌトをクリックで、簡単に応揎の気持ちを䌝えられたす。ログむンが必芁です

応揎したナヌザヌ

応揎するず応揎コメントも曞けたす

君ず僕ずの゜ヌシャルディスタンス 成井露䞞 @tsuyumaru_n

★で称える

この小説が面癜かったら★を぀けおください。おすすめレビュヌも曞けたす。

カクペムを、もっず楜しもう

この小説のおすすめレビュヌを芋る

この小説のタグ