未来を変える為に
藍澤 廉
未来を変える為に。
2018年11月──。
その日、一通の手紙が、日本政府の元へと届いた。
『二年後の夏。世界中が注目する祭典の、その最中で、何万という人間が命を落とすだろう。これは冗談ではない。予告である』
外国の言葉で書かれていたが、確かそういった内容だったと記憶している。
二年後の夏、といえば、東京でオリンピックが開催される時期であり、テロを示唆するような内容のその手紙は、到底無視出来るものではなかった。
というのも、過去にオリンピック期間中にテロが起きた、という事例はいくつもある。時にはオリンピックの出場選手たちも犠牲になっている。必ずしもテロが起きないなんて保証はどこにもない。
だが、政府はそれをあまり真に受けなかった。そうして、大した対策もせずに月日は過ぎていった。
2020年3月24日──。
私は、病室のベッドの上でテレビを見ていた。
テレビでは、新型コロナウィルスのパンデミックを受けて、オリンピックの開催を来年まで延期する、という事を発表していた。
私は、布団の中で小さく拳を握る。
「……やった。ようやく歴史が変わった」
安堵の息と一緒にそう吐き出した。ようやく、私の仕事が終わりを迎えた喜びがじんわりと広がっていく。
本来の歴史上なら、2020年はコロナウィルスによるパンデミックなど起こらずに、平穏のまま夏季オリンピックは開催する筈だった。そして、オリンピックの競技場で大規模な爆破テロが起き、何万という人が犠牲となり、令和最悪の大事件と称される悲劇が起こるのだ。
やがて、その事件が引き金となり、大きな戦争へと発展し、多くの人が命を落とす結果となる──これが本来の日本が歩む運命だった。
私は、その悲劇を止めるため、テロの犯人を捕らえるために、遥か未来からこの時代に派遣された人間なのだ。
過去へ派遣されるのは今回が初めての事で、かなり意気込んでいた。
だが、歴史を変えるというのは、簡単な事ではなかった。
自分が未来から来たと言っても、信じてもらえるはずもないし、かと言って、普通にオリンピック期間中にテロが起こるなんて言っても、どうせ真に受けないだろうし、私自身が怪しく思われてしまうかもしれない。
実際、私は何度か捕まりかけた事もあるし、「何を言ってるんだこいつ」と馬鹿にされた事も数え切れないほどある。
色々な事を試してきたが、どれも大した効果は得られずに、オリンピックは開催し、テロが起こってしまった。
何度も何度も失敗して、何度も人が爆破される瞬間を見てきたが、一度も犯人を捕まえる事はおろか、犯人の姿を確認する事すら出来なかった。
そうやって何度も失敗を経験した私は、一つの妙案を思いついた。
テロが起きるのはオリンピックの期間中の事だ。ならば、オリンピックが開催しなければテロは起こらないのではないか? と。
私は、思案する。どうすればオリンピックの開催を阻止出来るか。
そこで私は、あのウィルスに目をつけた。ウィルスの発生源である町へ赴き、感染し、本来なら日本に持ち込まれる筈の無かったウィルスを日本に持ち込んだ。私がスーパースプレッダーとなり、感染を拡大させて、大流行させれば、オリンピックの開催は中止になるのではないかと考えた。その結果、日本は私の計画通りにパンデミックを起こした。
私はやり遂げたのだ。命を賭して、ついに悲劇を止める事に成功したのだ。
だが、代わりに多くの人が被害を被る結果となってしまった。落とさなくて良かった命がいくつも消えていった。申し訳ない気持ちはあるが、これは必要な犠牲だったのだ。これから起こるはずだった戦争の被害者に比べれば遥かに少ない犠牲だ。皆も、血で血を洗う地獄のような未来よりは数段マシな世界だろう。
「ふふっ。これは正しい選択なんだ」
自身を正当化するように呟く。
これが、この歴史で私が発した最期の言葉となった。
未来を変える為に 藍澤 廉 @aizawa_ren
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