禍、あり。


当たり前だが消耗品は使えば無くなる。


それは金も同じこと。

いくら莫大な財産があろうとも、身の丈に似合わぬ生活をすれば金は尽きるのだ。





「ぁっ……ぇ…」


「ですから、このカードはご使用になれないのです。おそらく先月のお支払いを済まされていないのでしょう」


「そんな……」


「お引き取り願います」





大学のお友達とショッピングを楽しんでいた時だ。


季節の変わり目なのでいくつか服を買い足そうとショップに入った。

値札なんて一切見ず、試着して私に似合った服をすべて買おうと店員にクレジットカードを渡して数分。

まさか支払いができないなんて。



店員には哀れそうな目で見られるし、一緒に来ていたお友達には見下すような目で見られた。

所詮彼女は『お友達』でしかなくて、その間にはヒエラルキーが存在する。

さっきまで同等の立場だったのに、ショップで買い物ができないだけで私は彼女の格下に成り下がったのだ。



(ああ、もうっ…!!)

仕方なく手持ちのお金でお友達とちょっと高めのカフェに行って、苦しい言い訳をそれとなく囁いた。

彼女は眉を下げて、『今日は運が悪かったのね』と優しく頭を撫でてくれたが、テーブルの下で足を組んでいるのが見えた。



明日には大学中に今日のことがバラされているに違いない。初等部から同じ面々で、私はその中でも上位にいた。

格好の嘲笑の的である。


(こんな時こそラミーに行ってオリベさんに癒してもらわなきゃ…)


普段は使わない地下鉄を使って夜の街に出かける。

お友達とのショッピングだったので少々愛らしすぎるファッションの気がするが、それを着替える余裕なんてわたしにはもうなかった。





からん、からん。

午後6時、オープン直後だ。


重厚な扉を開けて会員カードを渡す。

それをパソコンに入力して、そのあと指名について聞かれて………




「お客様、申し訳ありません。本日はお引き取りください」


「……ぇ」


「お支払いが滞っております。当店では一ヶ月以上お支払いが無い場合、入店を拒否しています」


「そんな…っ!!」


「……どうぞこちらへお座りください。当店の料金形態を今一度御説明いたします」




入会時に説明しましたが、と皮肉を込められて言われるのですごく恥ずかしかった。

入会した時はもうこの独特な雰囲気に夢中で、だれの言葉も耳に入ってこなかったらしい。

【NEW】とだけ書かれた部屋に入り、ソファに座った。キャストは一冊のアルバムのようなものを持ってきた。



「当店では飲食は無料で提供しています。ですからキャストの指名をしなければ無料で遊べる



そう言われて思い出したのは私がオリベさんや何人かのキャストと遊んでいる向こう側で、女だけで遊んでいたいくつかの集団。

あの時は飲食代だけで精一杯なのね、と心の中で蔑んでいたが飲食代も払っていないとは。




「その代わり、キャストの指名とその時間で料金を頂戴しております。これがそのリストです」


開かれたページには沢山の写真とその下に数字が。

10000、9700、12000、35000、25000、39000………

キャストは1時間あたりの料金だ、と言った。

それほど高い値段ではない、と思う。



だけどページが捲られるごとに私の目は見開かれていった。

さっきまでの値段なんて序の口。

75000、80000、69000、125000、

99000……

だけどそれは私が見たことがないキャストばかりで、ナンバーワンと言われていたキラさんの名前はまだない。




「そして最後のページが、あなたがご贔屓になっているキャストたちです」


一層重厚になったページ。

ひとつひとつの写真が大きくなって、値段のほかにプロフィールが書かれていた。

値段は跳ね上がる。

360000、420000、510000、490000……



そしてキラさんは驚異の730000

オリベさんは………1000000……!?






「な、にこれ……詐欺じゃない………」


「いいえ。この料金形態はあなたが当店に入会した時点で御説明いたしましたし、承諾されたというサインも頂いております」


「で、でもっ!このリストのことは知らなかったの!」


「何度かお声をかけたのですが、あなたはオーナーがいいと一点張りでしたので」


「〜ッ!!」




馬鹿にしたようなキャストの目が怖かった。

だけど確かに説明を受けたような気もするし、リストも何度か渡されたような気もする。

だけど聞かなかったのも、断ったのも私自身で、私は私の非を認めざるを得なかった。




一時間1000000を5時間、先月はほぼ毎日オリべさんに逢いにきたわ。

パパに使うことを許された金額をとうに超えている。



「……明日、お払いします」


「ありがとうございます。ではこちらにサインを」



今度はきちんと契約書を読もう。

そう思って何十枚もある契約書を丁寧に読みだした。

部屋には沈黙があったが、しばらくして店員が口を開いた。






「あなたが毎日蔑んで見ていた方達は、かつてあなたと同じように豪遊して失敗した過去があります」


「……」


「このように個別に対応させて頂いたところ、彼女たちはキャストを指名しないという選択をなさいました。指名するのは懐に余裕がある時だけ。私個人の意見を言うなら、正しい選択だと思います」


「……なにが、いいたいんですか?」


「こういう店に足繁く通っていただくお客様は2通りに分けることができます。……精神的に自立しているか、していないか」


「…どういうことですか」


「お金の有り難みを知っていれば、こうして個々に呼び出されることなどないのです。労働、貯蓄、生活レベルの見直しを行った方は快適にこの店で過ごされています」


「わたしに、それを、行え、と?」


「いえいえ、これは私の独り言です。店としては料金さえ払っていただければお客様の私生活に口を出すなどあり得ません。ただ………」


「……?」


「彼女たちは生活レベルを落とし、朝から晩まで働き詰めで金を稼ぐようになりました。それは苦しいもののそれによって自立が得られた、という考えもできます。…………あなたにはできますか?自らの手で稼いだお金でこれだけ豪遊が。この店に通うために、その身につけているブランド品を全て売り払うことが…」





眼鏡の奥から綺麗な目が見えた。

鋭くて、わたしの本質を射抜くような目。

それが限りなく怖くて、身がブルリと震える。



「……さて、資料は読み終えられましたか?」


「……はい」



サインした資料を店員に渡す。

軽くその中身を確認したら、もう用無しとでも言うように彼は席を立った。

それに倣って私も席を退つ。



「では、期日までのお支払いを……」





絶妙な角度で礼され、小雨の中に放り出される。

傘もささず、賑わうネオン街をとぼとぼと歩き出す。


普段だったらすぐにタクシーを捕まえるのだが、何故か今日はなかなか捕まらなかった。

全ての環境がわたしを拒絶しているようで、すぐそこにあるゴミ箱を蹴飛ばしたい衝動に駆られていた。


仕方がないからコンビニに入り、透明な傘を買った。それと缶酎ハイとチーズと、化粧落としシートも。


再び外に出るとさっきよりも雨脚が強まっていて、アスファルトのわずかな凹凸に水が溜まり始めた。

サンダルのわたしはそれを避けようとするのだが、ネオン街の人の多さがそれをさせない。ピンク色の可愛いネイルが水に濡れて元気を無くすのが見えた。






父に頼めばいくら高額でもお金を出してもらうことはできる。

だからお金の心配なんてする必要ないのに、わたしの胸はなんだかざわざわと揺らぎ始めた。


思えばあの時、ニビさんが酢を飲んだとき。


彼女は嬉しそうに笑っていなかったか?

勝負を楽しんでいたようには見えなかった。

まるでわたしが勝つことをわかっていたかのように…




どうにもわたしは、全てをニビさんに仕組まれた気がしてならないのだ。


実際、ニビさんと勝負して勝たなければオリベさんを毎日指名することはできなかったし、これほど高い請求が来ることもなかった。

オリベさんが毎日店に来てくれたのはわたしがニビさんに勝利して条件をつけたからであって、あの人が店にいることは珍しいらしい。

だから全ての分岐はあの勝負の気がしてならないのだ。





わたしがオリベさんを毎日指名している間、彼女はずっとキラさんを指名していた。

キラさんがオリベさんよりも安いからと言って、オリベさんを除けば1番の高級ホストである。

その彼を躊躇いもなく毎日指名できるだけの経済力。



わたしはニビさんに敵対心だけ燃やして、彼女のことを何も知らなかった。

そもそも、オリベさんを手に入れようとした時点で【ラミー】の手中の中だったのかもしれない。






その事実に気づいた時、わたしの体は震えていた。


傘を持っていない左手で、必死に体を抑えようとするのだが、震えは一向に止まる気配がしない。

それが、寒さによる震えなのか、それともニビさんへの恐怖心からの震えなのか、わたしには判断がつかなかった。


だけどそんな状態でも明日にはお金を払って【ラミー】にいこうと考えているのだから、相当わたしは重症だ。








もう、あなたにくびったけ。

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美女の悪癖 桐島衣都 @ito-kirishima

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