BEゲーム~二〇二〇年夏・東京オリンピックを開催せよ!~

海星めりい

BEゲーム~二〇二〇年夏・東京オリンピックを開催せよ!~


「だぁー!? またダメだ。リセット!」


 頭を抱えながら叫んだのは電子ゴーグルを着けた一人の少年だ。


 周りを見渡せば、少年――セイキ同様に電子ゴーグルを着け、目の前の半透明の球体を見つめながら四苦八苦している老若男女がそこかしこに存在していた。


 一見すると怪しげな集団にも思えるがそうではない。


 彼らは皆、〝BEバタフライエフェクトゲーム〟と呼ばれるパラドックス社主催の一大エンターテインメントの参加者なのだ。


 このゲームは並行世界を観測する技術を用いて過去の地球を擬似的に再現し、好きに改変。その上でパラドックス社が設定した条件をクリアするのが勝利条件だ。


 優勝者にはパラドックス社が叶えられる願いならば何でも一つ叶えてもらえるという破格の報酬がもたらされる。


 パラドックス社は特権さえも所持する大企業だ。叶えられない願いなどほぼないと言っていいだろう。


 事実、過去の優勝者は一生働かなくても暮らせるようになっていたり、地上世界へ定住したりしている。


「くそ、絶対にクリアしたいが……相変わらずの難易度だな。どうやったら成功するんだよこんなの……」


 頭を抱えながらセイキは改めて今回のお題を反芻する。


「二〇二〇年の東京オリンピックを開催させろって……言葉にすれば簡単なんだがなぁ」


 そう、今回パラドックス社が〝BEゲーム〟のお題としたのは二〇二〇年夏の東京オリンピックを開催すること。


 手段問わずに開催させればクリアとなるが当然いくつかの条件はある。


 実際のオリンピックの原因となった特定地域の全滅の禁止。開催地と開催国の名前が変わるのを禁止。他にも細かい規定はあるがおおきな禁則事項はこんなところだろうか。


 あと、縮小開催のようなイレギュラーな開催もアウトである。前後のオリンピックとほぼ同等――つまり普通の規模で開催することを義務づけられている。


 端的に言えば真っ当な手段で開催にこぎ着けろということだ。


「狙いは悪くないはずなんだが……どこかの設定を間違ったか?」


 セイキは二〇〇〇年~二〇二〇年。この二〇年に焦点を絞り込んでバタフライエフェクトを起こそうとしている。


 ここに注目した理由は日本という国が誕生し安定している状況かつ、オリンピックというイベントも普通に開催されているからだ。


 案外、こういうのは全く関係ないところから攻めたりするとあっさりとクリアできるもの――と睨んだまでは良かったのだが、どうにも上手く行かない。


「なにが悪い……いや、変化は絶大なんだ。ただ、上手く行かない」


 BEゲームはその名の由来通り、蝶の羽ばたき一つで無数の世界線が生まれてしまうゲームだ。軽い出来事一つ変えただけでも世の中に出る影響は後々大きな物へと変化する、ということを理解するのがこのゲームの核であり、難しさでもある。


 セイキも色々と調整してみたのだ。


 大きな所では二〇〇〇年代の中心ともいえるPCや携帯電話――インターネットの発展速度を上げてみたり、局地的な天災の被害を少なくしてみたりといった具合だ。


 だが、これらによるオリンピック開催の是非に対する影響力はそこまで高くなかった。


 個別の事柄に対しては、国民的アイドルの解散騒動を端からなかったことにするなど、話題性の高い物を中心に弄ってみたが、これらも特にオリンピックに対する影響はほぼなかった。


 当時の日本にとどまらず、他国のテロや事件の一部を改変したりもしてみたが、この場合開催地が変わるパターンが多かった。


 ならば、一回基本に立ち返って! と医療関係の予算や対策を中心に意識を含め改変していくと、オリンピックの誘致の計画自体がなくなってしまった。全体の意識が医療に傾きすぎたため、予算の大半が医療へ……と言うことらしい。


「それなら、意図的にここ五年ぐらいの衛生観念と医療意識を弄ってみるか? それとも――……」


 と、セイキが次のプランを考えていた時だった。


『終了でーす! 今回の〝BEゲーム〟はクリアされましたー!! 現時点をもちまして皆様のゲームを終了とさせていただきます!』


 唐突なアナウンスとともにセイキの着けている電子ゴーグルのリンクが切れ、何も映さなくなる。本当に〝BEゲーム〟がクリアされてしまったということだろう。これにはセイキも驚愕するしかない。


「うそだろ!? 速度調整機能が付いているからってまだ実時間三日だぞ……」


 しかし、セイキが驚いたのは唐突に終わった〝BEゲーム〟ではなく時間の方だ。


 歴代のBEゲームの最短記録は一週間ほど。ちなみに最長は一月だが、歴代のクリアは実時間において二週間前後のクリアが多かった。


 いかに大勢が同時にプレイしているからといってこんなに早くクリアされたのは初なのだ。


 その証拠にセイキ以外の参加者も目を白黒させて驚いている。


 呆然としているセイキ達を尻目に司会者は次々と進めていき閉会式――優勝者の発表へと移っていく。


「それでは今回の優勝者をお呼びしたいと思います!」


 再び電子ゴーグルが起動すると、司会者の女性と壇上が映し出される。


 今からここに優勝者が来るということだろう。


「どんなやつなんだ……」


 セイキはこの難題といえるゲームをクリアしたのが、どんな人物なのかをしっかりと目に焼き付けようと瞬きせずに待機していた。


 そんな中、やって来たのは一人の少年だった。


 見た目的に一〇歳前後だろうか。幼さが残るごく普通の少年だった。


「こんな少年がクリアしたってのか!?」


 どんな天才少年だ!? と内心で狼狽えるセイキだが他の参加者からも狼狽している雰囲気は伝わってくる。


 どこか緊張した面持ちで壇上に乗る少年は本当に普通の少年に見える。


「今回の優勝者はケイタ君です! 今のお気持ちは?」


「う、嬉しいです。ありがとうございます」


 司会者の質問にも普通に答えていた。失礼ながら、セイキの感覚から言うと天才少年っぽい感じは特にないように思えた。


 他にもいくつか問いかけをしていた司会者だったが、ここに来てセイキ達がもっとも気になっていた質問が飛び出す。


「一体、今回のゲームをどのようにしてクリアしたのでしょうか? 大まかでいいので攻略内容を教えて下さい」


 ケイタはその言葉に少し悩むように首を傾げ、口を開く。


「えっと……誠実さのパラメーターを全世界単位で弄っただけです」


「誠実さ……ですか? 本当にそれだけ?」


 言葉の意味が理解出来なかったのか司会者もどこか驚いたようにケイタに問い直す。


 ケイタは少し照れそうにしながらもどういったことをしたのか説明していく。


「はい、それだけです。でも、上げ幅は何百回も調整しました。上げすぎると、世界的な出来事がかなり変わっちゃって開催されないこととかもあって、でもそのうちの一回に惜しかったときがあって、あとはそこを中心に誠実さのパラメーターを弄る年数や量を決めて本来の流れに任せたんです」


 その後、〝BEゲーム〟の主催者側から提示されたデータと解説が行われていくが、端的にいうと世界単位で誠実さを弄ることで、各種出来事のバランスがほんの少しずつ変わっていき、世界単位で正確な報告とデータのやりとりが行われ物事への対処がしやすくなるということだった。


 ただその微妙な調節はかなりシビアなもので、誠実さだけに絞って何回も挑戦するのはケイタの精神力あってのものだろうと結論づけられていた。


 無言になるセイキ達だが、それに関わらず司会者の質問は続く。


「どうして、誠実さを中心にしようと思ったのでしょうか?」


「お父さんが、誠実さが一番大事って言ってたので……そこを大事にしたら上手く行くかなって思いました」


 そう語るケイタの瞳に嘘は一切感じられなかった。


「……たったそれだけかよ」


 ケイタの言葉を聞いて、セイキの心の中には悔しさよりも虚しさの方が多くこみ上げてきていた。


 今回のお題に対してはこういう――純粋な少年の方がクリアしやすかったのかもしれない。


 セイキを含め欲に目がくらんだ者は細かな所ばかりを変更してしまって、世界全体を弄るという大胆な手法による攻略は端から排除してしまうのかもしれない。


 いろんなIFかもしれないは出てくるが事実は一つ。セイキ達はこの少年――ケイタに負けたということだけだ。


(……今回は完敗だな)


 セイキのようなことを思った参加者は多い様で、殆どが悔しさを滲ませつつも少年に拍手を送っていた。


「では、ケイタ君、願いをどうぞ!」


 質問を終えた司会は〝BEゲーム〟の優勝賞品である願いをケイタに聞く。


 すると、ケイタは少しためらった。


 そのまま、数十秒ほど言いにくそうにしていたが、意を決したのか呼吸を落ち着けると今にも泣き出しそうな声でポツリと話し出す。


「……お母さんに帰ってきて欲しいです。お父さんがお母さん以外の女の人をこっそり家に呼んでいたせいで出て行っちゃったので」



((((こいつに〝誠実〟って言葉を教えた親父の方が一番〝誠実〟じゃねえじゃねえか!?))))



 会場にいる全員の心が一つになったところで第二〇回〝BEゲーム〟はその幕を下ろすのだった。

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