蒼の『弁償屋』 2
そもそもこの村――異世界ヴィースの辺境にある村に起きた被害の元凶はこの世界に召喚された勇者とその仲間たちである。旅の途中だった勇者たちが村に滞在していたところ、付近の山に眠る希少金属ダネアン鋼を狙って集まっていた魔王軍の軍勢と鉢合わせてしまい戦闘になったのだ。
それだけならまだいい。勇者は魔王と戦うためにヴィースとは異なる異世界から召喚された。魔王軍を見つければ戦力を削ごうと行動するのは何も悪いことではない。問題は、勇者とその仲間たちが恐ろしく力加減というものを知らないことにある。
『弁償屋』の間で愚痴られる【勇者召喚あるある】の一つに、
「異世界から召喚した勇者は総じて召喚した側の世界の常識とはかけ離れた力を持つことが多い。というか勇者が弱いのはマイナー。むしろ最初は弱っちくてだんだん成長して強くなってくれた方がこちら(弁償屋)としても力加減や制御方法を自然と身につけてくれるからありがたいのにほんとふざけてんのか」
というものがある。ほぼ愚痴だって?気のせいであろう。
要するに、勇者として異世界から召喚される人物は、力の制御の仕方もその抑え方もまして自分がどれだけ常識はずれな力を持っているのかさえ分からないままいきなりモンスターやら悪魔やら魔王やらを倒す旅に放り出されるのである。例えるなら、物心ついたばかりの赤ん坊に核兵器の発射ボタンを与えるようなもの。とても危なっかしい、もとい非常に危険すぎて正直勇者の召喚者に激しく物申したくなるのだが、ほとんどの世界において異世界からの勇者召喚とは最終手段、それだけ状況が切羽詰まっているということなので、説明する時間も惜しいのだろう。『弁償屋』が頭を悩ませる最大の要因である。
蒼の『弁償屋』の契約主、勇者マモルもこの手合いであった。訳も分からぬままに召喚された勇者の間抜け面をよく覚えている。『地球』という異世界から召喚された勇者は召喚主の巫女姫が事情を説明するや否や「マジかよラノベだけのご都合展開かと思ったけどオレTUEEEEできるじゃんやりぃ!!!」とこぶしを突き上げていた。
蒼の『弁償屋』はその様子を見て「あ、ダメかもしれん」と思ったが、既にヴィースに召喚される勇者の『弁償屋』として派遣されていた為、しぶしぶ勇者マモルと契約を交わした。
以来、蒼の『弁償屋』は勇者マモルが起こす戦闘や事件やうっかり誤爆した魔法やスキルの後始末――弁償に追われている。勇者は自身の力や魔法の威力を考えずにばんばん大技を使いまくるので、敵の殲滅よりもそれによる被害の方がはるかに大きい。そしてヴィースで得た勇者の仲間たちも、勇者の力に驚き憧れを持ちこそすれ、その力が齎す被害までは目に入っていないという『弁償屋』にしてみれば最悪の黄金パターンである。
『弁償屋』は世界の衰勢には直接関わることができない。つまり、勇者に力のコントロールや召喚された世界の常識などを教えることはできないのである。
勇者の仲間も望み薄と知ったとき蒼の『弁償屋』は天を仰いだ。
自分が何をした。いったい何をしたっていうのか。
したことといえば無茶無謀滅茶苦茶に力を振るう勇者たちの破壊跡を弁償・修復・復興させてきたことくらいだ。むしろ礼を言われるはずだろう。労わられる方だろう。と。
ふふふ、と在りし日の自分を思い出し薄笑いを浮かべていた蒼の『弁償屋』は目の前に広がる大穴の開いた山々を見る。今回も恐らく、力加減と魔法の制御を誤った故の暴発事故だろう。空中にいた飛翔できる魔族を撃墜しようとでもしたのかもしれない。だが、勇者マモルは魔力こそ膨大で魔法の威力も絶大ながら――全くのノーコンであった。そして、なぜかいつも自分の出せる最大威力の魔法しか放たない。
その結果があちこちに風穴を開けた山々と盛大に陥没している大地である。つい二日ほど前、勇者マモルが残していったぺんぺん草も生えないような更地を街まで復興させたばかりのはずだがなあ、と蒼の『弁償屋』の目が再び遠くなる。街の住人は全員避難しているか隣町まで出掛けているかしたため人的被害はゼロだったが、さすがに瓦礫すら残っていない状況で「みんなが無事でよかった!じゃ!」と町を破壊した
基本的に『弁償屋』は契約した勇者と共に冒険の旅に出る。が、勇者がさっさと目的地まで向かうのに対し、『弁償屋』は勇者の行く先々で起こす事件や戦闘の被害を弁償して回る為、どうしても序盤から勇者と足並みがそろわなくなる。『弁償屋』は戦闘には参加できないこともあり、勇者から軽く見られ放っておかれるという方が正しいかもしれない。
故に、どうしても『弁償屋』は勇者よりも遅くなるのだが――ここまで立て続けに大掛かりな復興作業がいる被害ばかり残されると弁償を後回しにして一発殴ってやろうかあのヒキニート、と悪態を吐きたくもなる。
「『べんしょうや』さん?どうしたの?」
無言で被害を受けた山を見続ける蒼の『弁償屋』を不審に思ってか、ヴィースでは
(おっと、いけない。不安にさせちゃったかな)
「なんでもないよ。しばらく復旧に必要なものを考えるから、お母さんたちと村に帰ってくれるかい」
「わかったー!」
こちらも猫に似た三角耳が二つある頭をなでてお願いすると「おかあさーん!」と母親を呼びながら同じ種族の村人たちの方へ駆けていく。これでしばらくの間、村人たちは麓の村にいるだろう。
勇者への恨み言は後にしなければ。まずは弁償が先だ。
一人残った蒼の『弁償屋』は復旧作業をシュミレートする。
「陥没はどうにかできるとして、山一つだけならともかく山脈丸ごと貫通してるからなあ……。それでいてこの熱量……ヴィースにある物じゃどうにもできないな、紅の姐さんに連絡するか」
懐からあるモノをとりだすと、込められている魔法を発動させる。
周囲に広がる奇妙な光に興味を持ってか、近くの草むらから兎が顔を出す。
兎が瞬きした時には、蒼の『弁償屋』の姿は消えていた。
弁償屋異世界放浪記 零始十五焉 @los-16gsl
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