弁償屋異世界放浪記
零始十五焉
勇者マモルの伝承録――異世界ヴィース
蒼の『弁償屋』 1
蒼の『弁償屋』はふむ、と顎に手を当て被害額を算出する。
蒼の『弁償屋』の目の前には、のどかな村の風景が広がっている――が、それも途中で途切れていた。いたってありふれた山間部の村で、川幅の広い河川が村の居住区と平地の街へ続く街道が伸びる広大な農耕地とを分けている。村のすぐ東には岩塩の季節――この世界で言う夏季のことだ――特有の深緑に覆われた山が連なり、鳥や動物たちの鳴き声が時折聞こえてきた。自然豊かな地であることが傍目にもよくわかる。
その山脈の北部、蒼の『弁償屋』の視線の先は山肌が露出、どころかぽっかりと大穴が開いていて見える範囲の地表部分は融解しているように思える。村の住人によると採掘業はしていなかったようだが、山にはかなりの埋蔵量があったらしい。大穴が開いたのはだいたい一週間前だと聞いているが、今もなお赤く熱せられた金属が液体と化して流れているのだから余程の威力のある一撃を放ったのだろう。山が灼熱を孕んだことで逃げだした動物たちが錯乱して村人を襲う被害も数件発生している。
「山の蒸発と金属の流入、動植物の生息地減、生存数減。自然環境破壊による人的被害もあり。農耕地にも大規模な陥没地帯が出来ちゃって農作物も駄目になっちゃったし、再建には結構かかるなあ、これ」
脳内で大まかな被害額を弾き出し、毎度毎度のことながら蒼の『弁償屋』ははあ、と深々とため息をつく。
離れた場所で村人たちは不安そうに蒼の『弁償屋』の様子を窺っていた。
「やはり、難しいでしょうか……このような天変地異に等しい被害など」
「山の再生はこの際諦めてでも、せめて川に流れる金属だけはどうにかしていただかないと……!!埋蔵されていた鉱石の種類も私たちは把握しておりません、有毒なものでしたら私たちだけでなく国全体の死活問題になります」
「畑もだ。今年の分の収穫は見込めねえ、今年は蓄えでどうにか乗り切れても、耕す土がないんじゃあ来年以降の農作はできねえぞ」
大人たちのただならぬ雰囲気を敏感に察し、一緒についてきた村の子供たちも落ち着きなく尻尾を揺らす。
被害確認のため村を一望できるよう無事だった農耕地側の山の中腹まで案内してきたが、蒼の『弁償屋』と名乗った人物は《尾ナシ》の種族のようで、背後からではその感情や思考は読み取れない。尻尾である程度感情の機微を見分ける村人たちは蒼の『弁償屋』が何を考えているのか分からず、戸惑うばかりだ。
ついに重い雰囲気に堪えきれなくなった子供の一人が村人たちの合間を縫って蒼の『弁償屋』の方へ飛び出した。そのまま『弁償屋』のところまで走っていく。子供の母親が慌てて捕まえようとするが、それより早く子供は『弁償屋』の袖を引っ張った。
「ねえ『べんしょうや』さん、ぜんぶもどるよね?」
「こら、お前何をしてるの!邪魔をしちゃいけないでしょう」
「いえ、構いませんお母さん。……そうだね、ちょっと時間がかかるけど、全部元通りになるよ」
「ほんとう!?」
「うん、本当。私に任せて」
子供の目線に合わせてしゃがんだ蒼の『弁償屋』は微笑んで答えると傍にいた母親とまだ様子を窺っている村人たちに向き直り、深く頭を下げた。
「この度は誠に申し訳ありませんでした。誠心誠意、復旧とそれまでにかかる費用すべてをこちらで賄い、弁償させていただきます」
「そ、そのような謝罪など!!『弁償屋』の方が何をしたわけでなし」
「いえ、私は代理ですので。契約主に代わりまして謝罪するのは当然のことでございます」
再び「申し訳ありませんでした」とより深く頭を下げる蒼の『弁償屋』に村人たちは顔を見合わせる。アイコンタクトと尻尾での無言の押し問答の末、代表して一番若い村人の男がおずおずと口を開いた。
「それで、その、……本当に、無事に元通りになるんですか」
「はい、それは保障いたします。費用は全て勇者様に出していただきます。というより出させます、絶対に」
顔を上げ力強く言い切る『弁償屋』の答えを聞いた村人たちの表情にやっと光が射した。
おお、と喜びを滲ませる大人たちと「やったー!!」と声を上げて喜ぶ子供たち。幼い子供は『弁償屋』の周りをぐるぐる回りながらブンブン尻尾を振り回す。
(さて、これからが仕事の本番だぞ)
と、蒼の『弁償屋』は一人気合を入れ直していた。
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