第21話 東大実戦当日

 目が覚めると時計は8時前を示していた。今日は東大実戦当日。出された朝食を手早く食べ、軽く身支度をして、足早に下宿を去る。土曜日で講習がないので、まだ誰も食堂にはいなかった。

 なだらかな坂を上って、盛岡一高に向かう。朝の運動にはちょうどいいくらいの距離だった。隣の芝生は青く見える、というものに過ぎないのかもしれないが、それでも盛岡一高は自分の出身高校よりずっと立派な校舎に思えた。

 初めての場所で勝手がわからない。だが、玄関を通ると案内板が置かれていた。スリッパに履き替えようという時に、教師がやってきた。


 「東大実戦を受験される、大沢予備校の生徒さんですか。」

 「はい、そうです。」

 「お待ちしておりました。どうぞこちらへ。」


 自分のところの生徒とそう変わらない年なのに、えらく丁寧な対応だ。


 「少しでも普段と違う人がいると、うちの生徒にも刺激的でしょう。慣れない環境だとは思いますが、どうか力を出してくださいね。」


 試験室に案内されると、現役の高校生が席について試験開始を待っていた。当然ながら、高校生はみな制服だ。私服で行かざるを得ない自分は明らかに浮いていた。

 まもなくして、種市も案内された。席は完全に五十音順のようで、やや離れて座ることとなった。一言も言葉を交わすことはなかった。


 「皆さん、おはようございます。それでは試験を始めます。」


 問題が配られた。今日は国語と数学。明日は社会と英語だ。まずは国語だ。


 「それでは、始めてください。」


 問題は大したことないように思えた。少なくとも練習よりは簡単だった。150分の制限時間を30分ほど余らせて解き終わった。


 国語が終わり、昼食時間になる。高校生たちがそれぞれグループで弁当を食べる中、当然のごとく孤立する。種市はどこかに行ったらしい。居たたまれなくなり、近くのコンビニでサンドイッチを買い、昼食を済ませた。


 数学は異様に簡単だった。実戦模試というと本番をはるかに超える難問もあり得るようなイメージだったが、満点も狙える答案を仕上げられたと自分では思う。これでも試験が終わった後高校生たちは完全に沈黙していたので、難しいと感じる受験生も多いのだろう。

 

 種市は足早に帰っていった。長居する理由もないのですぐ下宿に戻った。



 翌日。日曜日なので朝食はない。途中のコンビニでサンドイッチを買い、食べながら坂を上っていった。今日は種市の方が先に会場入りしていた。やはり言葉を交わすことはなかった。暗黙の了解、というやつだった。


 午前の社会。世界史・日本史・地理の3科目から2科目を選んで解答する。解答用紙はどの科目を選んでも同じマス目用紙なので、解答用紙の端の指定された箇所をハサミで切り落とすことで、どの科目を選択したのか意思表示する。自分にとっては常識だが、それを知らない高校生が大半だったので、ハサミが筆箱に入っていない高校生に貸すことになった。種市も教師からハサミを借りていた。思わぬところで、自分が浪人生であることを、そして一度東大の本番を経験して落ちていることを再確認させられた。


 苦手の世界史だったが、毎朝智久に出題される小テストのおかげでなんとか持ちこたえた。智久に出された問題がそのまま出ていたのは僥倖だった。一方で得意の地理はかなり苦戦した。答案が帰ってきたら村井の説教は避けられないだろう。


 英語は比較的得意だったので、難なくこなせた。二日間を総合すると、まあまあの出来だろう。種市含め、この会場の誰よりもできたという手ごたえはあった。


 最後まで種市と話すことなく、下宿に戻った。下宿に戻ると、翔太と智久とせりかが食堂にいた。


 「お疲れリーダー!」

 翔太が出迎える。

 「なぁ、これからみんなでメシ行かね?」

 「おう。どこに行くんだ。」

 「智久がおすすめのラーメン屋あるってよ。任せようぜ。」

 「僕に任せてよ。」


 智久に連れられて大通りに繰り出した。案内されたのは、「笹井家」というラーメン屋だった。ラーメンには詳しくないが、俗にいう「家系ラーメン」という奴らしい。


 「ねぇねぇ玲央、今日の模試どうだった?」

 「まあまあかな。」

 「種市さんに勝ってる自信はあるのかい。」

 「まあな。」

 「すげえじゃんリーダー!さすがだな!」

 「実力出せてよかった。」


 なるほど、これが家系か、と了解してラーメンをいただく。智久もいい店を知っている。知らない店を知るのはいいものだ。今度肴町の店を皆に案内しようか、そう思いながら麺をすする。


 「全然夏らしいことしてねぇわ。このまま夏終わっちまうのかよ!」

 「しょうがないよ翔太君。今年くらいは。来年思いっきり楽しもうよ。」

 「それにしてもおいしいじゃんこのラーメン!智久やるじゃん!」

 「あぁ。最高だ。」

 「玲央くんもご満悦でよかったよ。」


 改めて、仲間の良さをかみしめた決戦終わりの夜だった。…後期の授業が始まる。センター試験まであと5か月を切っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Hits me! 山下 明 @ATOMNKW

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ