29.とある騎士の回想

 我らは騎士。主人あるじに仕え、剣となり盾となり鎧となるもの。治安の要、軍事力の象徴であり、武勲を誉れとする者たち。

 こと我ら、ここエルサルド帝国に所属する騎士たちは特にそれが色濃い。

 課せられた役目はただ一つ、主たる者への絶対の忠誠。千年以上前から続く伝統にして、我らが誇りとするものだ。


 しかし、今、私が所属する騎士団は少々ワケが違う。

 尊ばれるはずの誉れも忠誠もそこにはなく、ただ形だけの、かつて英雄が率いていたというだけの伝承と威光にすがっているだけの”抜け殻”。団員も私を含めて四人のみ。いっそのことさっさと息の根を止めたほうがいいとさえ思えてくる、正に亡霊と呼ぶに相応しい騎士団だ。


「口に出ているぞべトラ」


 いつの間にか、私の横に並んで歩いていた兄から控えめな非難が飛ぶ。


「……申し訳ありません、兄様」

「いい。だが常に気は張っておけ。いつ何が原因で足をすくわれるかわからんからな」


 と、窘められてはしまったが、我が兄バトラも思いは同じはずだ。控えめな性格ゆえに私ほど不満をあらわにはしないが、決して満足しているということはないだろう。


「ここは我らが主の居城——本拠地のはず。それが、戦場よりも気を張っていなければならないとは皮肉なものです」

「……否定はしないが、お前はそのすぐ口にする癖を直せ」


 何度も言っているがな、といつものように小言を言いつつ、私に数枚の書類を手渡してきた。

 書類仕事デスクワークは慣れっこだが、それにしては見慣れない形式の書状だ。大きく書かれているのは……名前? 人名だろうか。こちらも見慣れない形式をしている。


「兄様、これは?」

「人事の異動……より正確に言えば、人員の加増だ」


 道理で見慣れないわけだ、我らの騎士団——”白銀しろがね騎士団”に加わる者など、ここしばらくなかったことだ。少なくとも我ら兄妹が入ってからはゼロだ。


「加増……我らの騎士団に?」


 仏頂面の兄が頷くのを見るよりも早く、私は手元の書類に視線を落とす。書類は五枚あった。

 どの者たちも聞いたことのないような名前をしている上に、出身の欄は空欄で、いずれの者も教養と基礎的な武芸か魔術の心得があると書かれている。

 少なくとも、一般人が騎士になるための最低条件は満たしているように見える。


「どう思う?」


 徐に、兄は私にそう尋ねた。

 もう一度その顔を見ると、兄は私でも中々見たことがないほど深い思案の底にいた。


「どう、とは? 平均的な新米よりは上だと思われますが」

「そうではない。私も目を通したが、その点に関しては期待している。そうではなく——」


 兄は一度言葉を切った。そして今までより一層周囲に注意を払う。革靴が床を蹴る硬い音だけが響き渡り続ける。

 我らは曲がりなりにも騎士。主への忠誠を疑われるようなことがあってはならない。


「——何をお考えだと思う? 何故、今更になって我ら”白銀”に人員を回す?」


 その兄の問いに、私はすぐに返答できなかった。


「戦力の補充、にしては小規模すぎる。そして我々である必要性がない。私には陛下のお考えが理解できない」


 騎士になる時、君主に忠誠を誓うことは覚悟していた。そしてそうあるべきという漠然とした使命感もあった。それに間違いがあったとは今でも思わない。

 だがそれは、無条件に、そして盲目に、ただ命令に諾々と従うだけでいるということとは別だ。


「……国境を守る三つの騎士団と内地の治安を守る二つの騎士団……そして我ら白銀。今最も情勢が不安定なのは"炎の国"ファウレルと考えれば、増員はそちらの国境に回すべき……」

「常道で考えれば、そうなる。だが実際のところ、そうなっていない」


 兄の言葉を吟味し、あり得る可能性を思索していると、不意に肩を引き留められる。

 既に目的地についていたようだ。”第一闘技演習場”。城内に設置された——かつては城に併設していたはずの——騎士たちが修練を積むための場の一つ。

 入口を通り、真っすぐ通路を下って、観客席から待機場所に足を踏み入れた時。私は、ある一つの答えが自然と浮かび上がった。


「もしかしたら、陛下は——」


 その答えを言いかけた途端、待機場所からすぐ目の前に見える壇上で、おおよそ只事とは思えない轟音が響く。

 一振りの鉄剣が舞い飛び、どこかの壁のほうへ吹っ飛んでいく。

 元凶と思しき者たちの方を見ると、私もよく知る男と、顔も知らない隻腕の青年が、互いに苦笑いを浮かべていた。

 観客席には、青年と同じくらいの男女が五人。そして、私たちが忠誠を誓うべき皇女殿下がいる。


「べトラ、続きを」


 兄の声にも振り返ることはできなかった。その光景におのずと視線が釘付けになる。

 誰もいない壁の方へ吹っ飛んでいった鉄剣は根本から折れていたし、折られた剣は私もよく知る男、同じ騎士団に所属する数少ない仲間のものだ。彼は特に魔術剣の扱いが上手かった——例えの鉄剣であろうと業物に変えてしまう。そして普通に剣も上手い。

 しかしそんなもの、そんな事実は些細なことのように思われた。そう、この世界に生きるものにとって決して無視できるはずのないものがそこにあるのだ。


 ——神器を握る青年がいる。


「……陛下は、自ら動かせる戦力を欲しがったのでは、ないでしょうか」

「……なるほど、否定しきれんな。あるいは」


 私も兄も、彼から視線を動かすことができぬまま、互いの腹の内を明かしあった。


「陛下をもってしても抗えない、大いなる意志の介在。——あの者の意志。可能性は、ある」

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雷帝公 ~英雄再臨~ 津々有楽裏 @uni-corn623

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