28:b.最初の選択
最初の印象は、「悪くない」というものだった。同時に、「不可解」であるとも。
男は今まで一国の主として様々な人間を見てきたが、今まさに机上の
男の中にそれを上手く評する言葉は上手く浮かんでこないが、強いて言うならば、今は亡き偉大なる父や祖父と相対しているかのような——緊張感。威圧感とはもっと別の、張り詰めたものを感じる。男が勝手に感じているだけかもしれないが。
「それでは、二つ目のお話を伺いましょう」
「……先程から思っていたのだが、何もそこまで堅苦しくなる必要はないのだぞ。特に其方はな」
とは言ってみたが、青年はまるで聞き入れる気はないようだった。ただ一度「結構です」と首を振るだけに留めている。
「そうか……まぁ、いい。大したことでもないからな。で、そう、二つ目の話だが」
男にはその青年が、途轍もない矛盾を孕んでいる様に見える。
確かに彼の両眼は現実を見据えている。途方もない過去をも焼き付け、それをもとに行動しているだろう。だが、その口から語られるのは理想の類だ。はっきり言えば、それらは叶えることの方が至難の夢物語と同義である。
しかし、それでもなお、何故か叶えられるかのように聞こえる。さも当然かの如く吹き込まれる夢物語が、いつの間にか具体的な形を持ってそこに現れている。奇妙なことだが。
「私は其方を、我が国が擁する五大騎士団の一角、"
「「「「「!?」」」」」
「白銀騎士団……」
「うむ。其方なら既に知っていよう。かつては"世界最強の戦闘集団"と呼ばれた、我が国最大にして最強の騎士団……であった。かつてはな」
男の含みある言い方に、当初は驚いていた青年以外の五人は次第に首を傾げていく。
「今や団長の座は長い間空位である上、団員ももはや数少ない。能力は保証するが、規模も格も過去のそれとは比較にならん」
本来ならもっと高い椅子を用意するはずだった。だが、この国に古くから根付いている権威主義的な面が出た。
この青年の持つ真の意味——何よりその実力と価値を理解できない権力者が首を縦に振らない。その者らと妥協して出た案がこれだ。
もはや存在自体が形骸化しつつある、過去の栄光の残り香たる白銀騎士団。こればかりは、いかに皇帝といえどどうすることもできなかった。
言い方は悪いが、ダメで元々、という奴だ。本来ならば到底受け入れられる者ではない。腹を立てられても致し方ないと男は思っていた。
それほど、この世界において神器使いというのは重い存在なのだ。
だがその青年は、現代に蘇った雷帝の導き手は、ただ笑って頷くばかりであった。
「……わかりました。そのお話、お受けします」
「よいのか。一度決めれば覆すことはできぬぞ」
「構いません、古巣ですから。むしろ残っているとは思いませんでした」
少なくとも、帝国が下した方針に異論を挟むつもりは青年にはないようだった。
その穏やかな微笑みには微塵の不満も見えない。だが皇帝は、だからこそこの青年が恐ろしい。
裏表の存在しない人間など、そうは存在しないものだ。
「しかし……そうですね。一つお聞きしたいことがあるとすれば」
咄嗟に、何を聞かれてもいいように身構えてしまうのは、
それは皇帝たる男本人にさえわからない。ただどうしても、彼に警戒心を抱くのを止められない。それがたとえ礼儀を失する態度だとわかっていても。
今まで何度もこうした席につき、何度も融通の効かない相手と睨み合ってきた。だというのに。
「私を団長に据えるということは、騎士団自体の運営や管理などは——」
「其方に全て任せよう。自由に拡充して構わんし、自由に運用して構わん。限度はあるが」
「いえ、それだけ聞くことができれば充分です。そこまで大きくする気もありませんし」
と言いつつ腕組みする青年は、早くも頭の片隅でどのような騎士団を作るかという構想を浮かべ始めている。
そしてもう一度顔を上げた時には、おそらくその構想のほとんどがまとまっていたのだろう。発言に迷いがなかった。
「ここにいる五人も団員として扱って構いませんね?」
「……うむ。好きにせよ」
「ありがとうございます」
礼を述べ、頭を下げる。ただそれだけの動作であるはずなのに、一部の隙もないと感じるのは何故なのか。
彼が持つ唯一の武具——唯一にして絶対の剣は彼の存在しない左手側に柄をむけている。だというのに、それでもなお、男は彼によって「いつでも喉元に剣の切っ先を突きつけることができるぞ」と言われているように感じられてならない。
彼が敵意を抱いているというわけでは決してない。ただ、極々自然に、周囲にピリリとした威圧感を与えるようになっているのだ。彼という存在そのものが。
恐らく彼自身でさえもそれを知覚できていない。彼の隣に座る少女二名と、眼鏡をかけた青年は彼の変化に敏感に気づいているようだが、何も言わないことに決めているようだ。あるいは彼に言われた通りにしているだけなのかもしれない。
「……では、三つ目の話に移ろう」
いずれにせよ。
彼が例え、穏やかな顔の裏に凶暴な一面を隠していたとしても、この選択を変えることはできない。
そして恐らく、この選択が、今後の運命を大きく左右させるであろうということは、誰の目にも明らかなことであると男は思う。
「我が娘を——ルネリットを、もらってくれ」
「…………」
誰も、何も発せなかった。
青年の取り巻きたちはただ唖然と成り行きを見守っている。彼らの常識とはかけ離れたやりとりなのだろう。
男の妻、皇后は、男と同じく内面に不安を抱いてはいるが
男の娘、皇女は、引き合いに出されているのは自分だというのに全く異を示す素振りもなかった。
そして、青年は……
「……はぁ……」
まるで、こうなることを初めから知っていたかのように浅く息をこぼした。
「貴女がそれを望むなら、俺はただ受け入れるだけです」
「……望みます」
ただ一言だが、ルネリットはそう言い切った。そこには強い決意と覚悟があった。
青年はそれ以上何かを言うつもりはないようだった。
「わかりました。お受けします」
「そうか。……そうか……」
どっと、男の肩から重いものが取れた。
だが同時に、そこからくる脱力感もまた凄まじいものであった。
「……必要なことは話し終えたな。では、我らはこれにて失礼する。我らが不在の間はルネリットか、他の息子らを頼るといい」
「娘のこと、どうかよろしくお願いいたします」
次の用事も控えている。時間が足りないというのは本当のことだが、同時に言い訳でもあった。
律儀にも立ち上がって礼をする青年らに見送られながら、数名の従者たちと共に部屋を後にする。
「……なぁ、リーゼよ」
「はい」
「俺の選択は正しかったと思うか?」
「……わかりません。誰にも」
それはそうだ、と男も嘆息せざるを得なかった。
自分の決断は果たして正しかったのか?
一つの国の命運を左右しうる力を、たった一人の青年のもとに集めることが?
この国の頂点に立つ男は、どうしようもなく恐ろしい。
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