エピローグ 墓荒らしのジョーンズとユーリ

 ロンドンのイーストエンドの端、言うならばウエストエンドに最も近い場所で俺たちはジェームズの焼き芋窯の前で芋が焼きあがるのを待っていた。金が得られたらパブで飲んだり宿でぐっすりする予定だったのだが、エドガーから得られるはずの報酬が受け取る予定よりも少なく、そのことを伝えればユーリの立場が危うくなるため報酬が減額される前の金額で分け与えたら俺とユーリの分はすっからかんになり、野宿になってしまった。

 そんなひもじい思いに直面しているのだが、ユーリはわがままも言わず教会の二階に残されていた日記を飲みふけっていた。

 窯の中で火が弾ける音がする中で、革靴を鳴らす音が混じって聞こえた。


「ジョーンズ。わざわざ呼び出してなんだね。有益な情報が欲しいのか。それとも金をせびりにきたのか」

「いんや。警部殿すっからかんになったので自棄っぱち焼き芋大会に招待したんですよ」

「ふんっ。しょうもない、そんな意味のない反省会より明日のためにつなげる努力をした方が有益だ」

「警部殿。俺たちゃイーストエンドの人間に建設的な考えなんかねーですよ。でなきゃイーストエンドにいつかねえですぜ」


 呆れたものだと言いたげにホイッグ警部は目を伏せて、その場に腰かけた。


「リバプールの警察からの電報が来たが、残念ながら写真には汽車と駅しか写ってなかった」

「へっ、そうですかい」

「ジョーンズよ。この警部さんに首根っこ捕まれる案件請け負っていたのか」


 窯の中の芋をかき混ぜながらジェームズがニヒルににやけた。


「逆だ。俺の商売の邪魔をした教授をふん捕まえる証拠を探してもらうように要請したんだ」


 ロンドンへ戻った後俺はホイッグ警部の伝手を使い、殺された紳士の遺品の写真を調べてほしいと頼んだ。あの教授を崖に突き落とすだけで俺の腹の虫が収まるつもりはなかった。ゾンビ事件の真の首謀者だと教えた。

 しかしあの教授は徹底して証拠らしい証拠を隠滅させていた、唯一の希望がカメラに写っているかもしれない写真だったのだが、牢屋にぶち込む手段がなくなった。


「管轄が異なるというのに、大変だったのだぞ。まったく復讐なんて終わった後の徒労感が残るだけで、無益なことが多いというのに」

「俺は復讐賛成派ですぜ。復讐を成し遂げたケジメとそれにこっちは金儲けをさんざん妨害して、牢屋にぶち込まれかけたんだぞ。嫌がることを徹底的にせにゃやってられん」

「エグい執念」

「その執念で手に入れたのがその日記とはね。中身はなにが書いてあった。重要証拠なら私に寄越せ」

「これは犯人の尻尾を掴む証拠にならない代物ですぜ。ただひたすら、自分の娘のこ思いを綴った日記です」


 エメラダ夫人が固いパンを欲しがっていた理由は、食べるためではない。遠くの島にいる娘への思いを綴るための道具として欲していたのだ。教授がメモ帳に使っていたのと同じく鉛筆で書いているときに、どうしても固いパンが必要だったのだ。それを天気が良くアイルランドが見える二階から眺めながら書いていたのだ。屋敷を引き払った後も一人で同じことを繰り返し、老婆が焼き過ぎたクッキーを持ち帰り、メアリーにあげてることを何年もしていた。エメラダ夫人の狂気と言える愛を筆で残していた。

 その娘はずっとだんまりのまま形見の日記を黙々と読んでいた。どんなものが書いてあるか覗いてみると。


『ユリシーズよ。故郷より近くて遠い島にて行きし。そこで根を張り、身を実らせても、植えたあの想いを永遠に想う』『ユリシーズよ。母より与えられし祝福は少なき。されど、生まれ持った知謀、豪胆は数多の人に祝福と愛で満たされよう』

「何言ってるかわかんねえ」

「うん。お母さんの書くものってちょっと独特なのぉ。庭師のおじさんもわからないのは気持ちがわかるの。でも間違いなく、私のことだぁ」


 ぎゅっと手帳を抱きしめて幸福感でいっぱいの顔を浮かべるユーリ。俺が見てきた中で、幸せそうな表情だ。母親に再会した顔なのだろう。

 ところが、ユーリは手帳の中身を破り、余った分を残して窯の中へ投げ込んだ。


「おいユーリ、その手帳は形見だろうが」

「これがあると、あの教授がしつこく狙うはずだからぁ。私にとって価値があるのは、この紙切れだしぃ」


 けっ、まったく狂気と豪胆さは親子そろってか。


「芋がいい具合に焼けたぞ。今年のアイルランド産のベイクドポテトだ」


 ジェームズが再び窯を開けると、たっぷりの湯気が沸き立つ焼きたてのベイクドポテトを俺たちに向けて投げ渡した。

 割ってみると、芋は中身がしっかりと詰まっていてこれ一つだけで晩飯はいらなくなりそうだ。しかしこの芋こそが多くの人の運命と人生もてあそんだ張本人かもしれない。飢饉が起きなければ、ユーリが俺たちのそばにいることなどないのだから。

 運命と人生は何が起きるかわからないものなんだ。


「乾杯しようぜ」

「杯がないではないか」

「芋でいいんだよ。酒なんか出したらこいつに全部飲まれちまう」

「えへへ」


 こつんと丸々に焼けたベイクドポテトを杯の代わりにぶつけ合い、乾杯した。


「幸あれ、俺たちの人生に」

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墓荒らしジョーンズの事件墓――大英帝国屍体騒乱記―― チクチクネズミ @tikutikumouse

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