エピローグ、もしくはある家族の団欒
「−−それでは、次のトピックです。〇〇県では、半年ほど前から、連続通り魔事件が頻発しており、最近では死者も出ていたため、住民はますます不安を募らせていましたが、本日ついに容疑者となる人物を現行犯逮捕したとのニュースが入ってまいりました。確保されたのは、本田泰介容疑者、27歳で、〇〇県内の会社で勤務していましたが、すでに解雇されているとのことです。先日の水曜日、新たに犯行を行おうとしているところを見かけた通行人が警察に連絡をし、偶然あたりをパトロール中だった警察官が、犯行の目前で取り押さえることに成功したとのことです。いやあ、良かったですね。」
「そうですねえ。本当に良かった。少々時間がかかりすぎのような気もいたしますが、犯人が無事逮捕されて、なによりです。今回の事件については、複数人犯行説もありましたが、結局のところ、一連の犯行はすべて本田容疑者によるものなんでしょうか。」
「本田容疑者はすべての犯行について容疑を否認しているようですが、警察は様々な証拠や証言内容から、そのように考えているようですね。」
「つまり、すべて本田容疑者による犯行、というわけで捜査は進められているということですか。」
「そのようです。また、どうやら、殺された2名の被害者に対しては、本田容疑者の個人的な怨恨があったと思われるとのことです。」
「なるほど。通り魔事件の中に、本当に殺したい相手を忍ばせていた、というわけですか。まるで推理小説か何かのようですが……なにはともあれ、これで周辺住民の方々も安心して、夜を過ごせますね……−−」
*
「ただいまー。」
「おかえり。」
「あれ?もうニュースになってるの?思ってたより、早かったね。」
「そうだな。まあ、最近じゃ、結構世間を賑わせていたからなあ。」
「あー、確かに。これ以上騒ぎになる前に片付いて良かったよね。」
「そうだな。母さんが夕飯を作ってくれているから、手を洗ってきなさい。」
「はーい。」
富永真司は自身の指示に素直に従って洗面所へと向かう息子の背を見送ると、テレビの電源を消した。もう少し、自分たちの成功をテレビを通して実感していたい気もしたが、妻の春香は食事中にテレビを観ることをあまり良しとしない。息子が帰ってきたのだから、すぐに夕飯になることを考えれば、消しておいた方が無難だ。
「あれ、拓真、帰ってきたと思ったんだけど?」
台所から出てきた春香に、
「ああ、今手を洗いに行ったところだよ。すぐ戻ってくるだろう。」
軽く返すと、
「なら、ご飯にしなきゃね!」
予想していた通りの反応が返ってきて、富永は軽く笑みをこぼした。
久しぶりに、心穏やかに過ごせる夕食だ。ここ半年はもちろん、絶え間なく緊張感があったし、それ以前も、もう一人の息子、和真が死んでからは、心の底から家族の団欒を楽しむことはどうしても出来ないでいた。これからも、妻と息子2人、4人で幸せに暮らしていたあの頃と全く同じ気持ちで食卓を囲むことは出来ないのかもしれないが、それでも、今日がひとつの節目になることは間違いないだろう。
「はー。腹減った。夕飯、なんだろ?」
「唐揚げだって言ってたぞ。」
「マジで?ラッキー!」
戻ってきた拓真が嬉しそうに声をあげる。その声に呼ばれたかのように、唐揚げが積まれた大皿を持って、春香がリビングへとやってきた。
「おかえり、拓真。準備、手伝ってくれる?」
「わかった!」
「私も手伝うよ。」
3人で夕食の準備をし、食卓を囲む。どこからどう見ても、ごくごく一般的な、幸せな家族の食卓だ。
(あともう一人、この場にいてくれれば、完璧だったのに。)
富永はどうしてもその思いを拭い去ることができなかった。
(あの男のせいで……。自分が殺した、和真のことなんてすっかり忘れていた、あの男さえ、本田さえいなければ…。)
「あー、親父?なんかすげえ顔が怖いんだけど。親父、唐揚げ、嫌いだっけ?」
憎むべき相手であり、今回ようやく陥れることに成功した相手、本田泰介のことを思い出し、こわばってしまった顔をなんとか整えて、富永は息子に笑いかけた。
「すまんすまん、何でもないんだ。うまそうな唐揚げだ。さっそく食べよう。」
「だね、俺もう腹ペコペコ。」
「今日は帰るのが早かったじゃない?就職してから、残業が多かったでしょ。」
春香が拓真へ尋ねた。4月に入社して以来、拓真の帰りは日付が変わるスレスレになることも多かったからだ。
「んー、それはあの男に付き合って飲みに行ったりしてたのが大きいかな。俺の部署自体はそこまで忙しいってわけじゃないんだよね。」
唐揚げを頬張りながら拓真が答える。
「そうなの。」
「会社ではどうなんだ。本田と仲良くしていたことは、周りも知っているだろうし。大丈夫なのか?」
「何が?」
「肩身の狭い思いはしてないだろうな?」
不安げに尋ねる父親に拓真はにっこりと笑ってみせた。
「全然!確かに仲は良かったから、上に呼び出されてちょっと話を聞かれたりはしたけど。俺は何も知りません、で押し通したよ。警察もわざわざ職場の人間に捜査情報漏らしたりもしないしね。ちゃんと懐いてた先輩が突然逮捕されてどうしたらいいか分からなくて憔悴している可哀想な後輩を演じてるから、問題ないよ!むしろ気遣われてるくらい。」
「それならいいが……。」
「でも、本当に良かったわね。全部、うまく行って。これもお父さんと拓真のおかげね。」
「いやいや、母さんだって、頑張ったじゃない!警察に変に疑われないように、ちゃんと神奈川で民宿、3年間切り盛りしてさ。あの男に飯作ったりして世話焼いて。充分すぎるほどの貢献だって。まあ、言われるがままに領収書渡したことだけは謎だけど。」
息子にからかわれるようにそう言われ、春香は、
「はいはい、ごめんなさいね。拓真には迷惑かけたわね。」
といなすように微笑んだ。
「そんな大変でもなかったけどねー。昼飯誘って、気づかれないように薄めた下剤入れて、トイレ行ってる間に財布から抜いただけだから。よゆーよゆー。」
「まあ、客から領収書を求められて出さないというのもおかしいしな。」
「あら。」
フォローに気を良くしたのか、春香が夫のコップにそっと酒を注ぐ。
「でもやっぱり一番頑張ったのは親父かな?俺がやったのは、大体がスケジュール管理だし。しかもあの男、完全に俺のこと信用してたから、スケジュール把握すんの、無茶苦茶簡単だったしね。そりゃたまには実行部隊になったりもしたけど、あの女から連絡受けてから、適当な時間に、適当な相手を探して、死なない程度に適度に襲うってなかなか出来る技じゃないよ。毎回場所選びも相手選びも的確だったし。マジですげえと思う!」
「それは……褒めてるのか?」
「褒めてる褒めてる!親父、通り魔の才能あるって。」
「お前なあ……。そんな才能があっても、嬉しくないんだよ。」
「でも、今回一番役に立ったぜ?」
はしゃいだように笑う息子に、富永はため息をついた。拓真は昔から、こういうお調子者めいたところがある。成長するにつれてだいぶなりを潜めていたが、家族だけになると時々こうした一面が現れるのだ。そこがこの子のいいところでもあるのだが、と富永は思う。兄の和真とは、対照的だ。呆れたような父親をみて、拓真は不服そうに口を尖らせた。
「いいじゃん、今日くらいはしゃいだって。バチは当たらないでしょ。ねえ、母さん。」
「そうねえ。」
話を振られた春香が、困ったように微笑んだが、拓真は少し苛立ったように続けた。
「ようやくここ半年の苦労が実って、本田泰介をハメることが出来たんだぜ?今頃、刑事たちに、俺は無実だーって訴えてるだろうなって想像すると笑えてくるよ。担任に成績を改ざんされたって、いくら訴えても無視された兄貴と同じように、今度はあいつが無視される番だ。」
息子の言葉に、両親の視線は、リビングの角に飾られた仏壇へ自然と向けられた。そこには、彼らのもう一人の息子の写真が飾ってある。高校に入学してすぐに自殺した、長男の写真が。
「そうだな……。」
富永はつぶやくように言って、酒を一口煽り、早くに喪った息子のことを思い出していた。
和真は拓真とは対照的な息子だった。小さい頃から、とても繊細な子供で、その反面、才能には恵まれていた。勉強も運動もできたし、絵を描くのが好きで実際とても上手かった。中学生の時に描いたひまわりの絵は、学年の最優秀賞に選ばれて、学内に飾られもした。だが、とにかく繊細だった。中学2年生から、本田の主導で始まったいじめに傷つき、学内の誰に助けを求めても信じてもらえない。それならばと、いじめてくるやつらを見返し、レベルの高い高校へ入って逃げることだけを目標にして勉強に励んだのに、それも本田に阻まれた。担任だった松丸による成績改ざんを訴えても、誰も信じず、最終的には希望していた推薦が取れなかったことに対する反抗とみなされ、生活態度の内申点も下げられた。家族以外の誰にも、自分の言うことを信じてもらえない。自分は本当のことを言っているのに。それが精神的にストレスになり、結局、和真の本来の実力からは遥かに低いレベルの高校にしか受からなかった。そして、自分をいじめていた連中も、同じ高校に入学してきたと知った和真は、完全に絶望して、自ら命を絶ってしまった。
最後の一芝居の前、本田に言ったことは本当だ。自分が死ぬよりも、怖いことが世の中にはあるのだ。自分の子供を喪うという、言いようもない悲劇が。
もちろん富永たち家族は、和真の言うことを信じていたし、何度も学校へ直談判しにも行った。だが、結局、悲劇を防ぐことはできなかった。それ以来3人とも、何かもっと、和真のために出来ることはなかったのか、と考えない日はなかった。それがいつの日か、”今”、和真のために出来ることはないのかへと変わっていき、導き出した答えがようやく形になった。ここまで、随分と時間がかかってしまったが。
「そういや、あの女には、金払ったの?今日会社に行ったら、昨日付けで退社したって聞いだんだけど。」
物思いに沈む富永に、拓真が思い出したかのように聞いた。富永は軽く頷く。
「ああ。そういうのはきっちりしておかないとな。彼女はちゃんと仕事をしてくれたし。」
「本田のバカを誘惑して、めんどくさい愛人になれってやつね。本田と分かれた後に連絡いれてもらったり、旦那役と一芝居打ってもらったり、いろいろお願いしちゃったけど、月30万、やり切ったらプラス100万、それに加えて本田からせしめた300万も手に入ったわけだから、向こうからしてもお得な商売でしょ。」
面白そうに笑う拓真とは対照的に、春香は不安げに夫に尋ねた。
「でも彼女、変に警察に申し出たりしないかしら?」
「それはないだろう。」
富永はあっさりと答えた。
「彼女にとって何のメリットもないからな。こっちとのやり取りはすべてネット上のものだから、彼女は私たちの素性も何も知らない。警察にいったところで、話せることなど、何もないさ。万一なにか話されたとしても、私たちに行き着く可能性はほとんどないし、仮に行き着けたとしても、既婚の男を落とすように頼んだくらいじゃ、たいした罪にはならないよ。むしろ、自分が美人局で捕まってしまうリスクの方が高い。」
「そうね……そうよね。」
「そうそう!ああいう輩はちゃんと金さえ払っておけば、まず大丈夫だよ!全部、金が目的なんだもん。こっちはちゃんとそれなりの金を払ってるわけだし、何の問題もないって!」
「随分知ったような口を聞くじゃないか。」
乗っかるように声をあげた息子を軽く睨み、富永は笑った。
「まあ、いずれにせよ、すべてうまくいって良かったことは確かだな。」
「だね!しかし、マジで頭悪いよなー、本田のやつ。面白いくらいにこっちの思う通りに、転んでさ。松丸の方が、よっぽど大変だったよ。盗撮の証拠集めて、呼び出して、殺して……。”紙 傷ませる 方法”で、どんだけネット検索したか。……まあでも、これで兄貴を殺した本田の野郎も、散々、自分の言ったことを否定され、無視され、足蹴にされて、絶望して死ぬんだ。楽に殺してなんかやるもんか…。死刑にしないと!そうだろ?俺たちの手は汚さずに、長い間苦しんだ挙句、法的にも社会的にも殺される。それがあいつにできる唯一の償いだよ。そのために、通り魔あんだけやって、わざわざ2人も殺してやったんだから!ネットでも、こんだけやったら絶対死刑だろ、って皆言ってる!」
そう明るく笑う息子に、富永は噛みしめるように呟いた。
「そうだな。それに関しては、念には念を入れた甲斐があったよ。」
了
水曜日の悪魔 わたなべ すぐる @watta-boo
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