第59話 籠の外の自由
「ちょっと! 放しなさいよ! あんたはクビだって言ったでしょ!? 自分が何をしているかわかっているの!?」
帝国の王城、その地下牢。
鉄格子に囲まれたその部屋に、姫は乱暴に突き飛ばされ入れられた。
「いった……!? この……こんなの、クーデターよ! わかってるのあんた!」
彼女は冷たい床に座りつつ、突き飛ばした相手を睨み付ける。
男はただ無感情に姫へと言葉を発した。
「……申し訳ありませんが、これは貴族院の決定です。姫には少々お休みいただけるようにと」
「バカ言わないで! なんの権限があってそんなことを! たかが騎士たちのまとめ役のくせに!」
騎士団長は冷たい目で姫を見下ろす。
その哀れむような目は、姫の感情を逆なでした。
「あんた覚えてなさいよ……! わたしにこんなことして、ただで済むと思わないことね!」
「……しばらくここで頭をお冷やしください。
「なんですって……!? あんたや貴族たちが無能だったからでしょ!? 勝手に私腹を肥やして、好き勝手に国庫を食い散らかして! それを容認してやったのは誰だと思ってるの!?」
「……少なくとも貴族院の方々はあなたが原因だと思っているようです。『最初からあのような小娘にはお飾りの王冠すら不要だったのだ』……だそうです」
「お飾り……ですって……!?」
「わたしの言葉ではありませんよ。貴族院の老人方のお言葉です」
やれやれ、と騎士団長は肩をすくめる。
「そこでしばらくおままごとでもしていてください。……
そう言って騎士団長は鉄格子の扉に鍵をかける。
姫は悔しさに唇を噛みながら、床を叩いた。
「ちくしょう……ちくしょう……! みんな……みんな最初からわたしのことなんて見ていやしなかったんだ……!」
姫は床を何度も叩く。
叩く拳の皮が擦り切れて、血が滲んだ。
「いつも姫として、王女としてというだけで……頭の上の王冠しか見ていない……。何をやったって、何をしたって、わたし自身には関心なんてなくって……!」
少女は涙を流す。
そこに虚飾を着飾った姫は既にいなかった。
「唯一叱ってくれたエディンだって……もういない……! わたしにはもう、何もなくなったんだ……!」
彼女は両手で顔を押さえる。
とめどなく溢れる涙は、その手からこぼれ落ちていった。
「……絶対に許さない! わたしをバカにしたやつ、蔑ろにしたやつ……! 誰一人として、絶対に、絶対に……! この世の中の全てを……!」
怨嗟の声が、部屋の中に響く。
この日から女皇帝キャリーナ・エルワルドは、王城の地下室に監禁されることとなる。
* * *
「よーう英雄」
「……ちっす」
俺はアネスに声をかけられ、露骨に顔をしかめて見せた。
帝国との戦が大勝利に終わって、連日のお祭りムードとなったリューセンの街。
帝国と和平を結んだわけでもないし、大量に捕まえた捕虜の問題も残ってはいるが、ひとまずの国難は去ったと言える。
そんな中、俺が街中で食事をしていると、たまたま賢者アネスに出会った……というわけだ。
彼女は口の端を吊り上げて笑う。
「なんだよ嫌そうな顔するなよ。こんな美少女に話しかけられたのに」
「嫌そうじゃなくて実際嫌なんだよ。見てみろ、この状況」
「はぁん? 両手に花か?」
俺とユアルとロロとミュルニア、四人で一つのテーブルについて、大きなパンケ-キをつついていた。
たしかに両手に花と言えば……そうだな、否定する要素もない。
ユアルはまだまだ子供だと思うが、四人とも美しい女性と言って差し支えもないだろう。
だが俺はそれに首を振る。
「そこじゃない、テーブルの上だ。今はミュルニアが調子に乗って頼んだ巨大パンケーキ討伐戦の最中なんだよ。残したら重さ換算での罰金があるんだ。だから用があるなら後にしてくれ」
「……お前もまた変なことしてんのな」
「勝手に頼んだこいつが悪い!」
俺がビシッと指をさしたのは、食い過ぎて具合悪そうにテーブルに突っ伏している魔導師風の女だった。
「いっや~……。何せわたしもAランクに昇進? したからさ……今ならいける気がしたっていうか……」
「アホだろ。胃袋と冒険者ランクがどうしたら比例するって言うんだ」
今にもリバースしそうな青い顔で、彼女はそう言った。
戦いのあと、彼女はその功績と活躍を認められてAランク冒険者へとランク更新が行われている。
本人曰くあまり気にしてはいないとのことだが、周りから認められたこと自体は嬉しいらしい。
相も変わらずマイペースに錬金術の研究を行っているようだが、最近はユアルと遊ぶ機会も増えたようだ。
そんなミュルニアの様子を見つつ、ロロが微笑んだ。
「……まったくミュルニアは。そんなだからいつまで経ってもいい人の一つもできないんだよ? せっかくのパンケーキなんだもの。もっと味わって食べなきゃね」
「……ロロ。お前はもうちょっと急いで食べてもいいぞ。お前がけっこう大食いなの、知ってるんだからな」
「大食いだなんて言い方、女の子に失礼じゃない? 剣の腕を鈍らせない為には、修練と栄養が必要なの。でもだからといってガツガツ食べるほど女としての恥じらいは捨ててないつもり」
そう言ってロロはパンケーキを一欠片口に運ぶと、その味を噛みしめながら満面の笑みを浮かべた。
……あの戦いのあとで交流が増えたといえば、ロロもそうだ。
彼女は頻繁にうちに来てはユアルと話をしたり、マフとじゃれあったり、俺に剣を教えてくれたりしている。
……まあ正直剣の腕が違い過ぎて、全然参考にならんのだが。
だが俺にはちゃんとした剣の師匠がいるわけでもないので、助かってはいた。
一度なぜこうもうちに遊びに来るのか……ぶっちゃけ暇なのかと尋ねてみたときがあった。
すると彼女は「後悔したくないからね」と短く答えた。
そのときはそれで話は終わったが、おそらく彼女なりの亡くしてしまったライバルに対するけじめなのだろう。
……俺たちも何かあったときに後悔しないよう、これから仲を深めていければいいと思う。
新しい友人として。
「……エディンさん、またこの席に女の子増やすんですか? もう入りませんよ?」
少し考えごとをしていた俺に、対面に座ったユアルが呆れたような声を出した。
俺はそれを慌てて否定する。
「その言い方は語弊がある。ミュルニアとロロは偶然相席になっただけだろ。それにアネスに至っては、女の子と呼ぶことにすら抵抗があるぞ」
「ああ? 喧嘩売ってんのか? こんな美少女捕まえといて」
どの口で言ってんだこいつ……。
賢者にして軍師を務めたアネスは、王子の要請もあってしばらくこの街で暮らすようだった。
当然、クリスタルへの充填は俺とユアルの仕事だ。
だいたい二日で一個ほど消費する程度なので、そんなに大変な仕事でもないのだが。
それもあってアネスは俺たちの家に暮らしていた。
まあ広いし部屋も余っているので、それ自体は特に問題でもない。
俺はため息をつつ、しっしっとアネスを追い払おうとする。
「とにかく今は忙しいんだ。後にしてくれ。俺はこの強敵を片付ける必要がある……」
「……そんなみみっちいこと言わないで、食い切れない分は残して追加料金を払ったらどうだ。もったいないなら持ち帰って後で食えばいいだろ。王子にもらった報奨金だってあるだろうし、そうケチケチするもんでも……」
アネスの言葉に俺は固まる。
俺の様子を見てアネスはいぶかしげな顔をした。
「……おい、お前まさかあれを使い切ったのか? 数ヶ月どころか年単位で暮らせるぐらいはあったよな? そんな金遣い荒いのかよお前……」
「そうなんですよ! 聞いてくださいアネスさん!」
そう言って叫んだのはユアルだ。
ユアルはフォークを天井に向かって突き上げながら、アネスへと訴えかける。
「エディンさん、捕虜の方々の補償とか怪我をした冒険者への見舞金とかに全部使っちゃったんですよ!? お金! せっかく一流の冒険者になったっていうのにもうほとんど家計に余裕がなくて、毎日農家の方に野菜を分けてもらって食いつないでるぐらいで……」
「い、いやあ! ユアルの料理は美味しいから助かってるよ! 野菜大好きだなぁ~!」
慌ててフォローする俺だが、アネスはため息をつく。
「ったくお前は本当にお人好しだよな……。そんな男に惚れちまった女の苦労も考えてやれよ」
「そうですよエディンさん! ……って惚れ……!? い、いやわたし、そんなんじゃなくてっ!」
ユアルが顔を赤くして慌てふためく。
またアネスがユアルをからかってる……。
アネスはそんな俺たちの様子に笑うと、一枚の羊皮紙を机の上に置いた。
「……そんな金欠のSランク冒険者様に朗報だ」
俺とユアル、そしてミュルニアとロロがその紙を覗き込む。
アネスは言葉を続けた。
「以前見つかった渓谷の地下遺跡に深層が見つかっててな。それがどうもキナ臭いんで、わたしもちょっと見てみたいと思ってる。だからギルドから、腕の良い冒険者宛に探索依頼が出た。っていうか、わたしが出させた」
紙には同じような概要と地図が載っていた。
アネスは『募集定員』と書かれた部分をを指差す。
「しばらく帝国も動きがないだろうから、探索隊は大きめの規模を予定している。全部で十人以上で向かう予定だ。もちろん報酬はそれなりに出るし、何か見付けたら追加ボーナスもある。……さて、お前ら。もちろん行くよな?」
俺たちは顔を見合わせた。
「……パンケーキを倒すよりは楽そうだな」
「お金がなくなる前に、なんとかマフちゃんの餌代を稼がないと……」
「うーん、面白そうだね! うちの勘が、あそこの遺跡は何かあるって言ってるんだよね~」
「……しょうがないな。それじゃあついていってあげようか?」
四人の返事を聞いて、満足そうにアネスは頷く。
「よぅし、そうと決まればさっそく準備だな。人員集めとか計画とか、全部やっといてくれエディン」
「……はぁ!? 俺が!? なんで!?」
「そりゃあお前……」
アネスが笑う。
「お前が一番、そういうの得意だからだろ」
「……冒険者になっても結局、雑用やらされるのかよ」
ため息をつく俺に、アネスは笑って肩を叩いた。
「雑用じゃなくて
調子よくそんなことを言われて、仕事を押し付けられる。
……まあそれでもこうしてみんなに頼られて、慕われて。
――こんな生活も悪くはないのかもしれない。
俺は窓越しに晴れ渡った空を見上げる。
そこには一羽の青い鳥が自由に空を飛び回っていた。
暴君姫に愛想を尽かした雑用騎士、新天地では万能過ぎてSランク冒険者となる 滝口流 @Takigutiryu
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