第58話 オーバーランクの冒険者
「はあ、はあ……ひぃ……」
暗い洞窟の中、ムッソフは逃亡を続けていた。
憎きエディンによって多くの兵を失い、そして姫から預かった生物兵器まで解放してしまった。
――それでもまだ死ぬわけにはいかない。何とか奴らの手から逃げなければ。
そう思って逃げ惑ううちに、彼は渓谷の洞窟の中へと迷い込んでしまっていた。
身を隠す為に慌てて逃げ込んだせいで、出口の方向もわからない。
彼はだんだんと恐怖を感じながら、暗闇の中を歩いていた。
「……おお、明かりだっ!」
前先に見付けた明かりめがけて、彼は駆け寄る。
すると、突然足元の感触がなくなった。
「ぴぎぇー!?」
彼は地面に空いていた穴に転げおちる。
幸い、その下の地面は柔らかい土だったために怪我はなかった。
「いたた……! なんだ、ここは……!?」
あたりはうっすらと魔力の光が灯っていて明るい。
壁は石でできており、明らかな人工物だった。
「くそ、くそ、くそ……! 貴族の私がどうしてこんな目に……!」
彼は苛立たしげに立ち上がる。
全てが憎かった。
彼は足元に生える青い草を踏みつける。
「このっ! このっ……! エディンめ! あんな奴が! 平民出身で、品も、やる気も、ないくせに……!」
ムッソフはわめきながら、草を踏み荒らす。
「姫に目をかけてもらっているのに出世に利用しようともせず……! それで騎士の息子というだけで騎士でいられたにも関わらず、あっさりとその立場を捨ておって……!」
彼は目に涙を浮かべつつ、子供のように地団駄を踏む。
青い草は、冷気を振りまいて散っていった。
「私が……私がどれだけ苦労してこの地位を手に入れたと思っているのだ……! エディンめ! エディンめぇ……!」
ムッソフは一人呟く。
貴族の三男坊である彼は、家族から期待されたことは何もなかった。
だからこそ彼は必死の思いで騎士へとなった。
その地位にしがみついていた。
「くそ……ちくしょう……」
ムッソフはエディンの気の抜けたような笑みを思い出す。
彼にとって騎士という地位は人生の全てだった。
だからこそ、あっさりとその立場を捨てたエディンが許せなかった。
「絶対に……許さんぞ……! 平民のくせに……!」
力無くつぶやく。
彼にエディンを認めることは不可能だった。
それは彼の人生を否定することに等しかったからだ。
しかし、ムッソフがそうして憤っていた次の瞬間。
突然、足元に手が生えた。
「ひいぃっ!?」
地面から飛び出した手首が、彼の足首を掴む。
ムッソフは驚きの声を上げて、その場に倒れこんだ。
「な、なんだ!? これは――!?」
掴まれていない方の足で、彼はゲシゲシとその手首を蹴る。
だが手は決して力を緩めず放さない。
そしてもう一本の腕が生えて、その身がゆっくりと土から這い出た。
それはまるで人の皮を剥いだような姿の、アンデッド。
「な、何者だ貴様は!? やめろ……近寄るな! 離せ!」
冷蘭草の氷の魔力が霧散して、保管されていた
それはゆっくりとムッソフに覆い被さり、その口を大きく開けた。
「私を誰だと思っているんだ!? 騎士で、隊長で……! ――私は、貴族なんりべぎょっ」
がり、ごり、と咀嚼音が辺りに響く。
ムッソフが最期に聞いたのは、自身の頭蓋骨がかみ砕かれる音だった。
* * *
「おや、ここにいたのですかな? エディン殿」
晴れた空の下。
俺が公園の芝生の上で寝ていると、そんな声がかけられた。
ここは冒険者ギルド近くの公園で、貯水池も併設されている。
有事の際は生活用水に使われるとのことで、この前の籠城戦でも役に立ったらしい。
のんびりと一人ひなたぼっこをしていた俺は、起き上がると同時に声の方を振り向いた。
「……オルランドさん」
それはマフがお世話になっている、魔物園の支配人だった。
彼は自身のヒゲを撫でながら笑顔を向ける。
「先の
見れば、周囲には小鳥がのんきそうに歩き回っていた。
いつの間にか囲まれていたらしい。
俺はなんとなく気恥ずかしく感じ、頭をかく。
「どうしました? 何か御用でも?」
「ええ、実はエディン殿に戦の報償についてお伝えしようかと」
「報償? 報酬は十分な量もらいましたが……」
「おやおや、噂ではそれも怪我をした冒険者や捕虜たちの生活保障の為に使ってしまったと聞きましたぞ。……いやはや、エディン殿は心までも英雄なのですな」
「いや、ただ単に計画性がないだけです……」
国からもらった報酬は、ぱーっと使ってしまった。
もちろんその後、ユアルにしこたま怒られたのだが。
まあみんなで食ったカニ鍋は美味かったので良いだろう。
捕虜となった帝国兵の面倒を見るのも、俺が約束したことだし。
とはいえ前の戦いで有名人となってしまったのもあるし、金の無い生活を続けるわけにはいかないだろう。
ぼちぼち冒険者の仕事も受けていかないとなぁ。
そんなことを考えていると、オルランドさんが微笑みながら口を開いた。
「エディン殿の活躍により、リューセンの街、そしてレギン王国は危機を脱することができました。お礼はいくら言っても足りません」
「いえいえ、みんながこの街を好きだからできたことですよ」
「なんとありがたいお言葉です」
冒険者のみんながこの街を好きだからこそ、俺に協力してくれたんだと思う。
そうでなければ、帝国との戦いなんて面倒なこと逃げ出されたっておかしくない。
オルランドさんは軽く頭を下げる。
「戦中の補償は本来は我々がすべきこと。ですが何分直近の予算が確保できず……必ずや何かしらで還元はする予定です。代わりと言ってはなんですが、このわたくしからエディン殿に正式に感謝状と、また冒険者ランクとしてAランクのさらに上――Sランクの称号を授与させていただきたいと思います」
「……は?」
俺は思わず聞き返す。
オルランドさんは、構わずに言葉を続けた。
「各種公共施設の無償利用のほか、特別手当なども予定しておりますぞ。ああ、今の借家はそのまま土地ごとエディン殿の名義に変更しておきましたので、良ければ引き続きお使いください」
「……ちょ、ちょっと待ってくれ。いろいろ聞きたいことはあるんだが……」
突然の話で頭が追いつかない。
俺がSランク……? つまりロロとかAランク冒険者の、さらに上……?
そんなことを考えながら、ひとまず俺は一番の疑問をオルランドさんに尋ねた。
「えっと……”オルランドさんから”っていうのはどういうことで……? 国からとか王子からとかじゃないんですか……?」
「……ああ! そういえばきちんとご紹介できておりませんでしたか。これは失敬。わざとではないのです。前に訪問いただいたときは魔物好きな人が訪ねてきてくれたのが嬉しく、つい忘れてしまいました」
オルランドさんはにっこりと笑って頷く。
「改めまして。わたくし、王の命によりこの街の領主を務めさせていただいております、オルランド・ロッセルと申します。この度は我が街の為にご尽力いただき、誠にありがとうございました」
「街の……領主様……」
俺は彼の言葉に愕然とする。
王子を除けば、目の前の彼はこの街で一番偉い人物ということだ。
流れ者である俺たちにすんなり会ってくれたので、てっきりただの気の良いおっちゃんかと思ってた。
「じゃああの魔物園は……」
「趣味でございます」
そうですか……。
たしかに彼は一言も「領主じゃない」なんて言ってない。
オルランドさんは――おそらく正式な形で呼ぶなら、領主なので伯爵号とかも持っているんだろうが――俺の手を取ってうんうんと頷く。
「この度はゴブリンさん方との交易まで開いていただき、本当に感謝しておりますぞ! 亜人種は知能が高く捕らえるわけにもいきませんので、仲良くできるだなんて夢のようです。聞けば彼らの部族は温厚で友好的だとか。個人的にエディン殿にはもっともっとお礼したいぐらいです! 素晴らしい! ワンダホー!」
そう言ってオルランドさんは興奮した様子を見せる。
……帝国軍を打ち破ったことよりも、ゴブリンと交易を始めたことの方が感謝されてないか? これ。
もしかしてこの人、根っからの魔物オタクなのか……。
俺はそう思いつつ、ひたすらオルランドさんから称賛を浴びせられ続けるのだった。
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