最終話「最強賢者は残機0でも諦められない!?」

 長い長い夜が明けてゆく。

 それを今、シズマは巨大な飛翔艇ひしょうていエターナル・エルエデンの甲板で見詰めていた。あのあと、少し船室に戻って眠ったので、先程より少しは体力が回復している。

 だが、彼の全身はほぼ完璧に、呪いにも似た魔法の刻印に覆われていた。

 先程鏡でも見てみたが、これではアニメか漫画のキャラクターである。

 それでも、戦いは終わった。

 もう、これ以上紋様もんようが広がることはない。


「おはよう、シズマ。……仲間を見送っているのか?」


 ふと背後で声がして、振り向くとディリアが微笑ほほえんでいる。

 彼女は隣に来て、一緒に並んで遠くの空へと目を細めた。

 今、無数の流星が空へと昇ってゆく。

 その一つ一つの輝きが、転使てんしとして召喚された少年少女だ。百人以上の若者が、元いた地球の現代、現実世界へと戻ってゆくのだ。そしてもう、転使は二度とこのエルエデンには現れない。

 これよりエルエデンは、神代かみよの時代を終えて人間の時代を迎えるのだ。


「……ルベリアさんも、行っちゃったな」

「ああ。だが、陛下に後のこと、魔族の今後をオレは託された。オレは魔王を継ぐが、人間との共栄共存を目指すつもりだ」

「それ、いいな。ディリアならいい魔王になれるさ。優しい魔王にな」

「む、むう……なんというか、またさらりと無自覚にそういうことを言う」

「いや、本音の本心さ。それくらい許せよ。ちゃんと、そういうお前もずっとこれから見てくからさ」


 シズマは残ることにした。

 神様にそのことを約束したし、これから責任をもって神様を見守っていくつもりだ。なにせ、世界ごと人間を何度も創造してきただろうが……自分が人間になるのは初めてだろう。

 彼をその気にさせて、乗せて、導いた。

 だから、その先までしっかりと共に歩きたいのだ。


「あのさ、ディリア。ルベリアさんは、実は……」

「ん、お前たちの世界、チキュウとかいう場所でのことか?」

「そう。ルベリアさんは俺より何千年も前の人間だった。その最後を俺は歴史でしっている。そして、あの人はそれを全うするために帰っていった」

「陛下らしいな……実にあの人らしい。あの方は魔王などといううつわに収まらぬ、とても大きなお方だからな」


 ふむ、と考える素振りを見せてから、ディリアが珍しくほがらかに笑った。


「魔王、よりもっと、こう、強そうな……荘厳にして流麗な。例えば……魔皇帝まこうていとかがいいな。うむ、皇帝という言葉を今、オレは考えた。古今例のない、王の中のおうゆえに皇帝」

「お、おう……それ、ルベリアさんが聞いたら喜ぶぞ、ディリア」

「魔皇帝ルベリアのことをオレは、後々の魔族に伝えよう。それが歴史となって、同胞はらからの未来へ続くと信じてな」


 空へとかえる光が、徐々に少なくなってゆく。

 そして、絶えて消える。

 帰還を望んだ者たちは皆、無事に帰れたと思う。

 これでもう、シズマは二度と元の世界、地球の日本へは戻れない。

 だが、それでいい……まだこのエルエデンで、やらなければいけないことができた。と、言うよりは……やりたいことを見つけたのだ。

 その思いを新たにしていると、船室のドアが背後で開く。


「ふあぁ、ふう……超ねみいし。あ、シズマ! おいすー、おはおはー!」

「おう、アスカ。なんだお前、目が死んでるぞ」

「低血圧なだけだし……ってか、死んでないし! 生き残ったし! みんな、生き残ったんだよね。エヘヘ、上出来じゃん?」

「だな」


 アスカはぽてぽてとシズマの隣に来て、ディリアと挟んでくる。そして、そっと手を述べ、ほおに触れてきた。


「その、タトゥみたいなやつさ……ディリアから聞いた。あのさあ、シズマ……そういうのなし子ちゃんっしょ。ええかっこし過ぎ」

「ご、ごめん」

「……かっこいいなんて言って、ゴメン。でも、やっぱシズマさ、かっこいいじゃん」

「だろ?」

「なんか、ぼんやり光ってるし。これ、全身隅々すみずみまでいってる系?」

「ああ、結構びっしりだぜ? 見るか?」


 シュボンッ! とアスカが真っ赤になって離れた。

 あまりにも純朴じゅんぼくなそのリアクションに、ディリアが笑い出す。

 初めて彼女の笑いの沸点が、シズマにも実感できるレベルのものに感じられた。


「心配かけて悪かったな。まあ、ルベリアさんの置き土産さ。もう使うこともないだろうけど……生命力を魔力の代わりに使って魔法を撃つと、次の一発で俺は死ぬかもな」

「そ、そそっ、そうなん、だ……うぐぅ」

「ま、魔法を使わなきゃ大丈夫なんだけどな」


 ディリアが改めて、アスカに説明する。

 魔族の固有魔法、ライフストリーム……生命力を魔力の代わりに消費する、呪いにも似た術である。それを身に受けたシズマは、既に限界ギリギリまで生命を削っていた。

 だが、まだ生きてる。

 そして、これからも生きていくのだ。


「そっかあ、全身にこの模様が広がったら……え? それってもう、やばくね?」

「まあ、そうだな。シズマ、かなり広がってるようだが、体調は大丈夫なのか?」

「だって、顔は勿論もちろんだし、ちょっち! ねえ、ちょい脱いで! ――ほら、やばいじゃん!」


 アスカがシャツをめくってくるので、慌ててシズマは彼女を引き剥がした。

 そして、そんなシズマをねっとりと見詰めてくる視線がある。

 物陰からずっと、メイコがフラットな目でこちらをにらんでいた。


「お、おう、メイコ! おはよう。どうだ、少しは休めたか?」

「……シズマ、あのぉ……今、なにしてたの? その子、一緒に戦ってた子だよね?」

「同じ日本から来たアスカだ。こいつも残るって言ってさ」

「そう……あっ! そ、それより! そう、その体! 肌の刻印!」

「あ、うん。すまんディリア、また説明してやってくれ。基本的にはもう大丈夫なんだが」


 ディリアは口元を抑えて、そっぽを向いてしまった。

 彼女の肩が、僅かに震えている。

 笑いを噛み殺そうとしているようで、やはり魔族の笑いのセンスというものは不可解なのだった。だが、改めてシズマはメイコに歩み寄り、日陰から引っ張り出す。


「今後も俺、お前のこと助けるからさ。手を貸したり、時には足も引っ張るだろうさ。でも……結果まで含めて、ちゃんとメイコに向き合うよ」

「えっ、あ、えと、うん、はい! よ、よろしく……お願いしますぅ」


 強い風の中、冷たい空での約束。

 以前の幼馴染おさななじみ同士に戻れたからこそ、その先のことをシズマはメイコに約束した。赫奕ではないが、これからの変化にちゃんと向き合うと誓ったのだ。

 そのことを改めて告げたら、メイコも懐かしい笑みを見せてくれた。

 そして、大団円を迎えていると……話をややこしくする二人が船倉から現れる。


「かくして、危機は去りましたわ! 転使たちは神様が人間になることで、その力を失ってしまいましたの」

「だがっ、このマッスルサーガが断言するのであるっ!」

「ええ! よくってよ、アレクセイ!」

「ノゥ! 私はマッスルサーガ、流浪るろうの武道家! ナイ=ガラアの素敵紳士ではない! しかぁし!」


 無駄にテカテカした筋肉美で、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうたるマスクマンが歩いてくる。

 しかも、とびきりかわいいエルフの美少女と共に。

 アレサは今日も、眩いスマイルでマッスルトークを展開していた。


「シズマ、それにメイコもアスカも。筋トレですわ……力を亡くしたのなら、鍛えればいいではありませんか! 帰ったら食事から見直して、徹底的に身体を絞っていきますわよ!」

「え、いや、ちょっと待ってアレサ。俺たちほら、もう戦わなくてもいいから」

「生きることは戦いですわ! それに、健全な心は健全な筋肉に宿るのですから。四の五の言わずに鍛えるべきですの! ああ、そうそう……メイコ、先程の話ですが」


 アレサは今日も鍛え抜かれた肉体美を惜しげもなく晒している。まさか、例のビキニアーマーに予備があったとは驚きだ。

 だが、次の一言にシズマはもっと驚いた。


「シズマは全身に例の紋様が余さず広がると、死にますわ。でも、昨夜確認したら右の臀部でんぶは大丈夫でしたの。だから、心配しなくても……あ、あら? どうしましたの?」


 メイコがふらふらと、失神しかけてアスカに支えられていた。

 ディリアも言葉の意味が頭に入ってこないらしく、何度もまばたきを繰り返している。そして……シズマは恐る恐るパンツの中を振り返った。

 確かに、一箇所だけ刻印が記されていない場所があった。


「ア、ア、アッ、アレサ! ななな、なんて破廉恥な!」

「お互い見てしまったあとですもの、それに……わたくしも心配で、つい。でも、大丈夫ですの! これからはシズマは、魔力や魔法ではなく、筋肉に頼るべきですわね!」


 ニッカリ笑ったマッスルサーガを背に、今日もアレサは上機嫌である。

 そして、一同を笑いが包む中で脳裏に言葉が走った。


『やあ、シズマ……どうやら一件落着のようだね。私の方も片付いた。神としての権能は、希望する全ての転使を元の世界へ転移させた後に、永久に封印したよ』

「おっ、神様か! じゃあ、一緒に人間やってみようぜ。俺の世界には、人間のままでも世界を救った偉い人、沢山いるしさ。ただ生きてみるだけでも、かなりお得だぜ?」

『それは楽しみだ。では、シズマ。期待しているよ……

「……は?」


 いつもの飄々ひょうひょうとした、どこか人を食ったような口調で神様が言葉を続けた。


『私が人間になる手続きだが、シズマ。君が今後、伴侶はんりょとなる女性に産ませる子供ということになるだろう。神でも、一人の人間を生み出すというのは世界の因果に抵触してしまうからね』

「えっと、つまり……ゴメン、言ってる意味が」

『人たらしならぬ神たらしの君だ、よき父親になってくれることを望むよ。人間として生まれ直すことを、楽しみにしている』


 言うだけ言って、神様は消えた。

 かつて神だった人は、また会う日まで出てくるつもりはないらしい。

 そして、恐る恐る振り向けば……そこには、少女たちがずらり並んでシズマを囲んできた。


「いっ、今の話は、ひょっとして……聴こえて、た、みたい、です、よねえ……アハハ、ハハハハッ! お、おかしいなあ、人間やってみろって、そういう意味じゃ――」


 そして、シズマの新しい戦いの日々が始まる。

 王都へと帰還する船の上で、少女たちの日常が幕を開けたのだ。衝撃の第二幕は、誰も知らない明日へと繋がり、その先の未来へつむがれてゆくのだった。

 とりあえず、四人もいっぺんに迫られては身が持たない。

 そういう意味では、筋トレも少しはしたほうが身のためだと思うシズマなのだった。

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転生無用!バスターエルフ~最強賢者は無能力になっても諦めない!?~ ながやん @nagamono

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