第2話 10回ゲーム




「ただいまーっ」


「おかえり。今日は早かったね」


「うん。今日は出勤が早かったからねー」


「………あ、そっか。俺が登校するほうが早いから、出勤が早くてもわからないんだ」


「そうそう。いつもは10時出勤だけど、今日はなんと8時半に出勤だったのだー」


 話をしながら冬華とうかはササッと着替えを済ませた。

 自分の部屋から出て、脇目も振らずソファーへと滑り込む。

 

「…………やわぁか」


「ごめん、こんなに早いと思わなかったからご飯の用意まだ出来てない」


「いいのいいの。私はまった~りのんび~り美味しいご飯を待つだけなのだから」


「……………買い食いしてきたな?」


「ぐふぅっ……………!!」


 図星を突かれてソファーの上で悶える冬華。

 冷や汗をかいている彼女を春馬はるまはジト目で見つめている。


「へーそう。はーそう。ふーん、そうなんだ……………」


「……………ちがいましゅる」


「誰だよ」


 春馬の強めのツッコミにもなにも言えず小さくなる冬華。

 申し訳無さの赴くまま、自然とソファーの上で正座をしてしまっている。

 

「いつもは帰ってきて真っ先に今日のご飯の予定を聞くのに、今日はおかしいとカマをかけたらこれですよ」


「あの、違くて……………」


「ほう?」


「あの、今日、お昼、食べられなくてですね……それで」


「ついついコンビニでフランクフルトを食べてしまったと」


「なんで分かるの!?」


「ここ」


 そう言って春馬は口元を指差した。

 冬華は慌てて洗面所へと駆け込む。鏡を見ると、黄色と赤のソースのようななにかが口元に付着していた。


「ま、マスタードとケチャッ………!」


「最寄りのコンビニはここから徒歩5分のファリマ。まあお腹が空いた冬華さんがそこまで我慢できるはずもなし、きっと会社の近くのコンビニで買ったのでしょう」


「……………………」


「もちろん、空腹は限界値。胃が万物を求めており手に食物を抱えた貴女はおそらく、近場の公園かどこかのベンチで急いで食べたのだと思われます」


「………………なんで分かるの」


「会社から駅まで5分。電車で15分。駅から家まで10分。しめて最大30分間口元にケチャッ……を付着させたまま公共の場を歩いてきた冬華さんの明日はどっちだ」


「にゃーーーーーーっ!!」


 恥ずかしそうに再びソファーに飛び込んだ。

 そのまま体育座りして顔を隠す冬華。

 春馬は苦笑して、自分も一人用のソファーに腰を掛けた。


「…………言わないでぇ」


「ごめんごめん、からかいすぎた」


「…………あれ、怒ってないの?」


 恐る恐る顔を上げる冬華。

 春馬は安心させるように、両手を上げて微笑みかける。


「怒ってない怒ってない。買い食いくらい誰だってするよ」


「でも、ご飯……………」


「今日は簡単にパスタでも作ろうかと思ってたから、まだ準備すら出来てない。だから今日は御飯の時間を少し遅らせよう」


「………夕食前にお腹膨らませたこと、怒ってない?」


「怒ってないってば」


「じゃ、じゃあ、フランクフルトの他におにぎりと、ツナサンドと、シュークリーム食べたことも怒らない!?」


「怒ってはないけど、もう少し自制できなかったのかなぁと切に思う」


「ふぐぅ」


 冬華は音を立ててソファーへと倒れ込む。

 しばらく放っておいたら、自然にむくりと起き上がった。


「…………それでも、ごめんなさい」


「いいよ。むしろご飯を抜いてまでお仕事して大変だったでしょ。おつかれさま」


「うん……………ありがと」


 その謝罪と感謝にほほえみで春馬は返事をする。

 その顔を見た冬華はゆっくりと笑顔になった。そして、次第にいつものテンションへと戻っていく。


「それじゃ、ご飯20時くらいにしよっ?」


「ご飯食べ切れそう?」


「うん、まだ18時前でしょ。二時間もあればもう春馬くんの料理なら余裕だよ」


「そっか。それじゃ、なにして時間潰す?」


「んーーーーーーー動画?」


 提案をしながらテレビをつける冬華。

 この時間にやっている番組は、ほとんどの局がニュースだった。


「ありゃま。この時間はニュースばっかりか」


「ニュースってあまり見ないよね。つまらない、とは言わないけど」


「このご時世、スマホさんがあれば嫌でも情報は入ってくるもんねぇー」


「それじゃまた、つべでも見る?」


「んー、せっかく早く帰ってきたのに動画かぁ…………あっ!」


 何かを閃いたように目を輝かせる冬華。

 テレビの方を向いていた春馬は、僅かに冬華の方へと向き直る。


「春馬くん、会社で興味深い遊びを教えてもらったんだけど、あれ知ってる!?」


「あれって言われてもわかんないよ。どんな遊び?」


「えっと、言葉を使った遊びで……………」


「うん」


「えっとね………たしか………そう!10回ゲーム!」


「え、まじか」


 思わず声に出してしまう春馬。

 その言葉の意味がわからず、冬華はキョトンとしている。


「え、むしろ冬華さん、20年強の人生で一度も聞いたことなかったの?」


「うん。今日教えてもらって、言葉遊びって面白いなぁって感心したの」


「そうですか…………そう、ですか」


「何で二回言ったの?」


「不思議な奇跡ってあるんだなって」


「?」


 なんでもないと春馬は首を振った。

 冬華は不思議そうにキョトンとしていたが、気にせず会話を本線に戻した。


「でも知ってるのなら話が早いよ。それじゃ私が出題するから、春馬くんが答えてね」


「っしゃこい」


「お、気合入ってるね」


「ばっちこい」


「それじゃ行きます!」


「どんとこーい」


「最初の問題です!『入浴』って10回言って下さいっ!」


「ワシントン」


「………………………………あのさぁ」


「ごめん、ごめんって」


 一気にテンションが下がる冬華。つい笑って春馬は謝罪をする。

 買ったばかりのおもちゃを取られた子供のように、冬華はそっぽを向いて拗ねてしまった。


「ほんとごめん。10回ゲーム初心者にやることじゃなかったと自分でも思う」


「…………」


「次はしっかり答えるから。ごめん、許して?」


「…………自分でも意外なほど、ショックを受けてしまいました」


 春馬が必死に謝り、冬華はようやくこちらを向いてくれた。

 こほんと咳払いし、気を取り直して冬華はテンションを上げ直す。


「それじゃ今度こそちゃんとやってね!今みたいに意地悪したらやだよ!?」


「冬華さんが口につけていたケチャッ……に誓ってもうしません」


「やめたまえよ!」


 今度こそ気を取り直して冬華は春馬に問題を出すことにした。


「ニューヨークは潰されちゃったし…………それじゃ、『ゼッケン』って10回言って?」


「ゼッケン、ゼッケン、ゼッケンゼッケンゼッケンゼッケンゼッケンゼッケンゼッケンゼッケン!」


「フォッフォッフォッ…………って鳴く怪獣は!?」


「ゼッt………ば、バル○ン星人!」


「お、凄い。ギリギリで耐えたね」


「…………いや、知らない問題だったから割と本気で危なかった」


 一瞬でも騙せたことが嬉しかったのか、冬華はニコニコ嬉しそうだ。

 一瞬でも騙されたことが悔しくて、春馬はわずかにムッとしてしまう。


「おっ、春馬くん悔しそうだねーぇ?」


「ちょっと悔しい。ついでにそのイントネーションもむかつく」


「それじゃ、問題を出してみたまえよ。どんな問題でも構わないのことですよ?」


「今日あなた誰なんだよ」


 ツッコミを入れながら春馬はわずかに考える。

 普通に出してはつまらないと、少し趣向を凝らすことにした。


「それじゃ、『ピザ』って10回言ってみて」


「…………ふふーん」


 問題を聞いた冬華は、馬鹿にするように春馬にドヤ顔を向ける。


「いいのその問題で?私知ってるよ?」


「そうだね」


「騙される可能性なんて皆無だよ?問題を知っている以上、私はその後の展開を踏まえて最大限に警戒をするよ?」


「まあ、そうだろうね」


「そんな低レベルな問題で私を騙そうなんて、片腹が痛いにも程があるよ~~~??」


「いいから早く言えよ」


 うざ絡みをする冬華に思わず強ツッコミをかます春馬。

 こほんとまた咳払いをして、春馬の出した問題に挑み始める。


「膝じゃない、ひざじゃない、ひざじゃない……………」


「自己暗示やめて」


「………それじゃ行くよっ」


「どうぞ」


「ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ!」


「じゃ、ここは?」


「ピじ!!!」


「……………………………あのさぁ」


「……………………………ごめんて」


 恥ずかしさに俯いてか細い声で謝罪する冬華。

 春馬は腕を組んで、やらかした冬華に問い詰めるように声をかける。


「そこで噛んだら何もかも台無しでしょうよ」


「…………そうですね」


「それに俺が指差してたの、肘じゃないんですけど」


「…………はい。二の腕です。完全に既知の問題と途中までの指の動きだけでメタ読みかましてしまいました」


「あれだけ煽り倒して、その結果がこれですか」


「…………はい。何の弁明もございません」


 俯いて告解する冬華を春馬はただじっと見つめている。

 見つめられている冬華は、ただただ俯いてプルプル震えている。


 しばらく黙っていると、やけくそ気味に冬華が顔を上げて叫びだした。


「あーはいはい、いいでしょう!そこまで仰るなら仕方がありません!」


「特に何も言ってないけど」


「10回ゲームに勝ったご褒美として、この私が何でも言うことを聞いてあげる!」


「…………は?」


 唐突にとんでもないことを言い出した冬華に春馬は呆れたような声を出す。

 しかし、冬華はその発言を撤回する様子はなかった。


「さあ、なんでも言い給えよ!」


「いや、あの」


「ほらほら、靴磨きから食器洗いまで何でもやっちゃうよ~!」


「ピンからキリが狭すぎる」


 それでも何でも言うこと聞く、を撤回する様子は未だない。

 どうやらなにか願いを言うまで彼女は引き下がるつもりがないようだ。


 春馬はため息を吐いて、めんどくさそうに要求を口にした。


「それじゃ出前取ろ、出前」


「……………え?」


「ピザ、ってたくさん言ってたら食べたくなってきちゃった。だからピザの出前取ろう」


「…………春馬君のパスタは?」


「明日作るよ」


「でも………」


「?」


「ううん、そっかぁ……………」


 その要求に少し残念そうに、冬華は両手の指をツンツンと合わせている。

 その様子に申し訳なく思い春馬が要求を撤回しようとすると、それより先に冬華が指で丸を作った。


「了解しましたっ。それじゃ今回は私が全額出すから、春馬くんはバイト代から出しちゃだめだよ」


「あ、うん、ありがと………え、でもいいの?本当に?」


「春馬くんが言ったんでしょ?」


「そうだけど…………………」


「それに、よく考えたら私としてもちょうどいいかも」


「ちょうどいい?」


「うん。だって春馬くんの料理はこんな中途半端なお腹じゃなくて、ちゃんとお腹が空いている時にお腹いっぱい食べたいからねっ」


 そう言って笑う冬華。その笑顔にわずかに言葉を失う春馬。

 そして、彼もつられて僅かに微笑んだ。


「それじゃ早速電話するね。春馬くんはどの味にする?」


「んーっと、クワトロチーズのやつかな」


「おっけー。それじゃ私はシーフードね。Mサイズ二枚頼んで、分け合って食べようよ」


「え、そんなに頼んで大丈夫?」


「んー多分食べ切れるから大丈夫!春馬くん無理そうならハーフ&ハーフにする?」


「ううん、冬華さんが良いなら二枚頼もう」


「はーい」


 返事をして冬華はスマホから電話を掛ける。

 スピーカーモードにして春馬にも聞こえるようにした。


 三回のコールのあと、店員さんが電話に出る。


『はい。ピザワットの佐々木がお電話を承ります!』


「あ、すみません、その、の注文をお願いしたいんですけど」


『…………はい?』


「………………ふっ」


「ん?……………あっ」


 しばらくして自らの失言に気づいた冬華。

 予想外の一撃にがツボに入り、春馬は声を殺して笑い続けている。


『あの、お客様、今なんと………?』


「あっ、何でもありません!ピザ!ピザの注文をお願いしたいんですけど……………っ!」


「ふ…………ふふっ………く…………!」


「~~~~~~~~っ!!!」


 電話中なので笑う声に何も言えない冬華。

 その注文が終わり電話が切れるまで、春馬の押し殺した笑い声が収まることは無かった。




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ただいまちゃんとおかえりくん 霜月楓 @mint1106

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