第三話
「「いただきます。」」
いつも通り合掌して、夕飯を食べ始める。今日は餃子とマカロニグラタン、半熟卵の乗ったサラダ。シュールな組み合わせだが、多分、俺の大好物を組み合わせた結果こうなったのだろう。俺の好みなら母親より莉子の方が詳しい。
「引退延期、おめでとう。」
食べ始めるや否や、莉子がそう言った。ふわっとした優しい笑い方だ。俺が疲れたときやしんどい時に見せるこの顔が、俺はとても好きだ。
「おう、って言っても危なかったけどな。」
あの後、シュートが決まったのを境に俺は本調子を取り戻した。チームのエンジンもかかって、あそこから追い上げてなんとか勝つことができた。
「次の試合来週だから、見に来たいなら来いよ。」
「了解。よかった。再来週からは毎日塾があるから。」
そう言われて、昨日浮かんだ寂しさが蘇ってくる。口の中の餃子の味が薄れた。
「じゃあ、こうやって飯食うのもあと一週間か。」
思わず口に出してしまう。
「何言ってるの?」
莉子が怪訝そうに見つめてくる。
「だって、夜まで塾行くんだろ?だったら二人でこうやって夕飯は食べられなくなるだろ。」
初めて口に出した事実。わかっていたことだが、いざ声に出すと一気に現実味を感じてしまって、心が重くなる。
「そうだけど、塾休みの日はご飯作れるし、受験終わったらまたこうなるでしょ。」
真顔で莉子が言う。理解するのに数秒かかった。
休みの日は、わかる。けど、その後、なんて?
「私の第一志望、東京にあるから。」
「はあああ?!」
初耳だ。確かに地元国立志望っていうのは俺の推測だったけど。
「前、一人暮らしはダメって言われたって、言ってなかったか。」
「奨学金とれそうだから、そしたらいいって。」
だから二人とも上手くいけば、また東京でこうなるんじゃない?そう言ってグラタンを頬張る。
「いや、でも、お前のやりたいことって、そんなここ離れなきゃいけないことだったっけ?心理学だろ、確か。」
心理学系の学部は確かこの県の国立にあったはずだ。莉子に聞いてから調べたから間違いない。すると莉子は呆れたような、困ったような目でこっちを見た。
「それ、今言わなきゃダメ?」
らしくない煮え切らない問いかけ。原因は、すぐにわかった。
「いや、今はいいや。」
ん、それでよし、と言って、莉子はまたグラタンを食べ進める。
本当は、莉子の真っ赤な耳が見えたから、死ぬほど聞きたかった。けど、今じゃないよな。今はまだ、この穏やかな関係のままでいたい。だって、その安心感が心の底から好きで、安心するからだ。変わりたい、とも思うけど。
どうやら向こうもそうらしいとわかっただけで、今は十分だった。
幼馴染以上、「いただきます」関係 立花 @rikka_sasr
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