第二話
ビーっとホイッスルが鳴る。相手チームのシュートが決まった。第二クオーターが終わった。
「おい前田、どうした。お前らしくない。」
ハーフタイムでベンチに戻ると、顧問が声をかけてきた。俺は何も言えずに俯く。
「頭切り替えろ。勝てない相手じゃないんだ。」
顧問はそう言い残して、他の奴に声をかけに行く。
自分でも動きが悪いのは分かっている。シュートの成功率も低いし、パスカットされる頻度も高い。緊張しているのだ。ここで負けてしまったら引退だということと、本命の大学の人に見られているということ。両方が俺に強いプレッシャーをかけていた。
椅子に座って、スポーツドリンクを飲む。ちらりと得点板に目をやる。差は10点。覆せない点数じゃない。その状態で顧問が俺を下げようとしないのは、俺を信じてくれているからなのか、それに応えるためにも、これ以上チームの足を引っ張っちゃならない。ドリンクのパックを顔に当てて、少しでも頭を冷やそうとする。
「おい、裕。それなんだよ?」
チームメイトが声をかけてきた。
「え?」
なんのことを聞かれたのか分からず、相手を見返した。
「それ。なんかパックに書いてあんじゃん。親から?違うな、彼女か?」
「ちげえよ、いねえから。」
にやにやしてそいつは去って言った。調子悪そうにしていたから、気を遣ってくれたんだろう。冗談を言い合ったおかげで、少し気分が楽になった。それにしても、何か書いてある?くるっとパックを裏返す。
『諦めんな』
そこにあったのは、角ばった綺麗な字。誰が書いたかなんて疑問に思うまでもない。あいつの声で、そう言われた気がした。すんっと心に、温い感じが広がる。安心感、ってやつか。
そうだ、俺は昨日あいつに言った、引退先延ばしにしてやるって。そう言ってやった時の、あいつのしてやったような顔も浮かんだ。そうだ。俺、負けるわけにはいかないんだ。
もう一度、パックを頬に当てる。ハーフタイムが、終わる。
第三クオーターはシーソーゲームになった。差こそ2点縮まったが、取ったり取られたりで流れは掴めない。
「裕!」
パスが飛んでくる。
ああ、あんなに失敗続きだったのに、まだボール渡してくれるのか、お前ら。
チームメイトの信頼に心の中で感謝して、ボールを受ける。コート半分を少し過ぎた位置。ゴール下の仲間にはもう徹底的なマークがついている。ドリブルをして、ぐっと踏み込む。3ポイントラインの一歩手前。
『頑張れ、裕。』
もう何百回と聞いたあいつの声が、聞こえた気がした。
俺の手から、弧を描いてボールが飛んでいく。
静かにボールが、ゴールネットを射抜いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます