第38話一矢
これでやっと、煩わしい光の呪縛から解放された。
「自ら視力を手放した……。自暴自棄、ではないですネ」
自分でも意外に思うほど、心は落ち着いている。
「……キャストールは業欣の形を見極めた後、ルーラハを利用して鋳型を作る」
「それが何カ?」
「本来備わっている姿形に合わせて、膜で包むように業欣を覆うんだ」
「型さえ作れば、兜がなくても私を認識できる……そう言いたいのですか? しかし肝心の中身が視えていないのに、どうやって。貴方の目論見は破綻していル」
アヴィクトールは言う。
「貴方に、私の姿を捉えることはできない」
ヨスガの周囲を、ゆっくりと回りながら。
「自らの甘い判断を――?」
しかし唐突に、その動きが止まる。
「おい……」
何故なら移動するアヴィクトールの腕を、ヨスガがしっかりと掴んだからだ。
「ちゃんと視えてるぞ」
アヴィクトールの姿だけではない。セフィライト・ミトロスニアが出現させた空間、その全体の在り様も認識することが出来ている。
漆黒の塊はヨスガ達が足場としている物だけに限らず、空間内に散り散りと浮遊していた。
「まさか――どうやっテ……?」
澄んだ瞳でアヴィクトールを視界に収め、ヨスガは答える。
「……ここが、ミトロスニアの操る空間だから。漂うルーラハは律業の巫女と同じ性質。同化の影響が残ってるボクは、本当なら最初から認識できた」
レムの律業術が、セラフィストの業光を遮断していただけ。
「ボク達を見物してるミトロスニアを通じて、オマエが視えてるぞ」
「――……フフ。甘い判断は、こちらの方でしたカ」
一瞬だが、アヴィクトールが初めて余裕のない表情を浮かべた。
「困りましたネ――」
白の業光が長く細い串刺し棒のような形状を模していく。その様子を、ヨスガは遠目に認識した。
「荒事は、とても苦手なのですガ」
ヨスガを目がけ、急加速で放たれたルーラハの一矢。避けきれず躰を貫通して、漆黒の足場に串刺し棒がめり込んだ。
「ぐ――ッ!」
突き刺さった業光の串刺し棒は時間と共に消えた。それでも勢いは衰えず、ヨスガは足場ごとアヴィクトールから引き離されていく。
「私は律業の系譜ではありません。律業術はもちろん、柱の力も引き出せない。しかし、特定の業光なら律することができまス」
追加で生成された串刺し棒が再び漆黒の巨塊に突き刺さり、ヨスガの頭上から隕石のように迫る。
「しばらく、眠っていてくださイ」
「……――なんだよ」
上下で衝突した巨塊が粉々に砕け散り、破片が周囲に漂っていく。
意識が飛びかけるほどの衝撃。だがヨスガは意地でもアヴィクトールから目を離さなかった。
「こんなの――」
業光を利用して宙に佇むアヴィクトールに言い放つ。
「何度やっても無駄なんだよ」
「本当ですカ?」
真下の離れた足場に落下したヨスガ。頭上と左右から時間差で、再び漆黒の隕石が迫って来る。
「実際に見せてくださイ」
片手を膝に置いて立ち上がると、左右の巨塊は目前まで接近していた。
荒々しくぶつかっていく三つの隕石。ヨスガは業光に貫かれ脆くなっていた中心部分を見極め、左方の隕石へ業剣を突き刺す。
僅かに機能していた怪力で力任せに抉り壊して、反対側の隕石も同様に打ち砕いた。半壊した足場に、アヴィクトールは真下から業光を刺し込んでくる。
急速に迫った頭上の隕石と衝突は避けられず、粉々に弾けていく巨塊。
「全く……」
足場にしていた漆黒の一部を死守したヨスガは、アヴィクトールの間近へ強引に辿り着いた。
「なんという執念ですカ」
「アヴィクトール――ッ!」
躰中ひび割れた状態で、振り絞るように炎を宿す。本当に微々たるものだったが、業剣が緋色に染まった。
距離を取ろうと宙で後退していくアヴィクトール。その足元を業剣で斬り払うと、支えを失ったようにガクンと重心がずれた。
ヨスガは手を伸ばし、アヴィクトールの襟元をしっかりと掴む。
「もう逃げるな」
「逃げる、私がですカ?」
虚空に身体を揺らす不安定な拘束を強いられて尚、落ち着いた態度を崩さずに言う。
「言ったはずですよ。少し来るのが遅かった、とネ」
「…………」
「単身乗り込んできた時点で、私と彼女の目的は達成されている」
白の空間は、その景観を徐々に変化させていく。
「さぁミトロスニア。望んでいた業剣を回収するといいでス」
「ここは……――」
襟元を掴んだまま、一遍した景色を確認した。
「彼女が造り出した檻。具現化された理想世界ですヨ」
意識を失っていた時、似たような光景を見た事があった。前回と違っているのは、数多くの美しい石柱が乱雑に建造されていることだ。
「擬制の柱……?」
「いいえ、これは契約の柱ですね。ヨスガ、貴方を縛る楔でもありまス」
近くで湧いていた泉に、ゆっくりと赤い染みが広がっていく。血の溜まり場となった泉から、血液を滴らせたミトロスニアが浮かび上がってきた。
口を開くことはなく。穏やかな陽射しの元で、ただじっとヨスガを見つめ続けている。
「鍍金の躰は窮屈でしょう。もう解放されなさイ」
「――その前に」
アヴィクトールを乱暴に引き寄せる。
「ここでオマエ達を止める」
セフィライト・ミトロスニアとアヴィクトール。世界の純化を求める存在が揃った。事態を収束させることが出来るなら、今しかない。
ヨスガは業剣を握りしめ、その剣先にもう一度だけ緋色を纏わせようとした時――
【 ミ ツ ケ タ 】
少女の声が耳に届いた。
ゼンカの業 施しの凡人 @maumi_ht
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