8

  数日は何も起きなかった。翌日よくじつはチハルのじゅくもあったし、土日は家族がいて、チハルはお母さんと服を買いに行ったり、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒いっしょに食事に出かけたりしていた。わたし報告ほうこくをしてもらったけど、チハルは私を使わないつもりでいたみたいで、持って出かけようとはしなかった。


 日曜日の夜、アリサがたずねてきた。

「ちはるぅ~」

 チハルは私を机の引き出しにかくして、アリサを部屋に招いた。

 引き出しの中にいたせいで、声が聞き取りづらい。

「それで……だから、あの、私、チハルが言ってた意味、わかって……」

 アリサの声は途切とぎれ途切れに聞こえた。

「あのね、アリサ。本当はマシェラ、まだここにあるんだ」

「え?」

「アリサが自分の手で捨てないと、意味がないと思って」

 チハルは引き出しを開けて私を出した。アリサの戸惑とまどった顔が見える。

「明日の朝、えるゴミを出すときに、一緒にマシェラを捨てに行こう」

「でも、チハル……」

約束やくそくして。そうしたら、私たち、前みたいに友だちにもどれるよ」

 アリサはだまって私を見つめている。表情はほとんどかんでいない。

「私だってさ、友だちをなくしたいわけじゃないんだもん。マシェラを持ってたら、アリサが変わっちゃうんじゃないかって思って、不安だっただけ」

「うん……わかった」

 アリサはようやくうなずいた。

「でも、なんかぬいぐるみをゴミにするのって、かわいそうだね」

「マシェラは大丈夫だいじょうぶだって言ってたよ。ねえ?」

 チハルが私に話しかけてくる。

「大丈夫。つくった本人がむかえに来てくれるから」

 私はそう伝える。たぶん、2人にとっては、このほうがいいんだ。


 月曜日の朝、2人は家の外で会って、一緒にゴミの集積しゅうせき所に私を持ってきた。チハルは持っていた私をアリサの手に渡した。

「アリサが捨てるんだよ」

 アリサはうなずいて、すでに出ていたいくつものゴミぶくろの上、おくのほうに、落ちないように私を乗せた。

「ごめんね、マシェラ」


 2人が行ってしまうと、パーシルが現れた。パーシルは少し、情けない顔をしていた。

「ああ、マシェラ。ぼくのかわいい魔女まじょさんが」

 パーシルは例の派手はで服装ふくそうで私を手に取った。

「どうもうまくいかなかったようだね」

「そうみたい。でも、パーシルは私が特賞とくしょうだと思ったんでしょ?」

「もちろん。私は幸せだといつも言っている人のほうが、幸せになれるからね」

 パーシルは私を手にしたまま、歩き出す。私は少し周りを見回してみた。学校へ行く子どもたちの姿すがたが、ちらほら見え始める。

「そう……それがパーシルの魔法まほうだよね」

 パーシルはうなずいた。

「まあ、でもうまくいかなかったのは事実なんだから、みとめるしかないね」

 チハルがランドセルを背負せおって家から出てきた。そのまま学校に行くのかと思ったけれど、チハルはアリサの家の前に立って、アリサが出てくるのを待っているみたいだった。

「あの2人、また仲直りしたみたいで、よかった」

 私がそう言うと、パーシルは少し切なそうな笑みを見せた。

「どうやら僕はおせっかいだったみたいだね。あの2人に、マシェラみたいな魔法は必要ひつようなかったんだ」

「うん。でも、もしかしたら……」

 私は出てきたアリサを見つめた。アリサはチハルの手を引いて、学校のほうへ歩いて行く。その表情にうたがいはなく、晴れ晴れとしていた。もしかしたら、アリサは少し変わったのかもしれない。

 

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ぬいぐるみのマシェラ 桜川 ゆうか @sakuragawa

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