7

 木曜日の朝、チハルはわたしを置いて学校に出かけた。少し寝坊ねぼうしたらしく、チハルは動画を用意するひまがなかったみたいだ。

 チハルが出かけてしばらくすると、パーシルが、2つあるうち道路に面したまどのところにあらわれた。あざやかな緑と黄色のしまの服は、パーシルらしいけれど、ちょっと目立ちそうだ。

「さてさて、どんな調子かな?」

「あまりうまくいってないわ、パーシル。あなたは私がここにいるって、わかるのね」

「どこにいても、ちゃんとわかるよ。ああ、だけどね、マシェラ。勝手に持ち去るわけにはいかないんだからね」

「わかってる。あの2人、仲直りしてくれるといいんだけど」

 パーシルはほほ笑んだ。

「うまくいかなかったとしても、残念ざんねんながら、ゴミ置き場以外では回収かいしゅうできないからね」

えたとき、見てた?」

 パーシルは軽くため息をついた。この話はしたくないのかもしれない。

「いや、知ってはいたけどね。意識いしきつなぎとめておいたよ?」

「そうなんじゃないかと思った」

 パーシルはうなずいて、そのままを向けて、後ろに手をって立ち去ってしまう。私の位置から窓の外は、相当そうとう近づかないと見えない。ちょっと目立ちすぎるんじゃないかな。私はなんとなく心配になった。


 チハルは帰ってきても、ただいまとしか言わなかった。すぐに机の上に宿題を広げてやり始める。

 玄関げんかんのチャイムが鳴った。チハルはびくっとかたふるわせる。少しこわばった顔で私を手に取った。

大丈夫だいじょうぶ

 つぶやくように言って、チハルは玄関のほうに向かう。私を背中せなかかくしたまま、玄関のドアを開けたみたいだった。

「ちはるぅ……」

 アリサの声だった。

「アリサ、とりあえず、上がって」

 チハルは背中をアリサに向けないようにしながら話しかけている。2人は部屋に入って、ソファにこしを下ろした。家の中に、他の人はいない。

「ねえ、チハル以外にマシェラを知ってる人、いないんだってば。どこにやったの?」

「もう捨てちゃったよ」

「え? ひどい!」

 アリサはさっと立ち上がった。チハルは私を隠しているので、座ったままだ。

「少し落ち着いて。ちゃんと話そうよ」

「どうせ、マシェラがないと、算数もできないバカだよ!」

「そういう話じゃないってば。算数はわかるって信じてやらなきゃ、できるようにならないよ」

「だけど、チハル。私のマシェラだったのに」

「うん、わかってるよ」

「わかってない! わかってたら、勝手に捨てたりしないもんっ!」

「それがアリサのためになるなら、私だって勝手に捨てないよ」

「何が私のためなわけ? いったいどういうつもり? もう、チハルなんて知らない! 絶交ぜっこうする!」

 アリサがドアのほうへ動いた。私の位置からアリサの手の先が見えた。

「アリサ! アリサはマシェラで何がしたいの? 幸せになるってどういうこと? 算数ができればいいの? 友だちをなくして、それでも楽しいの?」

 アリサはその場で立ち止まる。だけど、何も答えなかった。

「わかった、アリサ。今は冷静れいせいじゃない。気が変わったら、また来て」

 アリサはドアを開け放って、そのまま出て行ってしまう。

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