俺(♀)によるオレ(♂)のための人生再生戦術《リライフ・ストラテジー》

紳瀧 湊

プロローグ:君が空で俺が海

はっきりと思い出せないほどの昔。確かに俺——穂高陽斗ほたかはるとは〇〇と出合っていた。

たまたま母方の実家に帰省した際、近くの神社の石段で俺たちは出会ったんだ。



「ねぇきみ! 大きくなったら何がしたい!?」


「えっ……なんだよいきなり!? ってかどこから出てきたの?」


あの日俺は神社の石段に座り何も考えることなく、ただボーと吸い込まれるように青く澄んだ空を眺めていた。

誰にも邪魔をされない自分だけの時間。まるで自分だけがこの世界に存在している感覚が当時の俺には愛おしかったのだろう。

だが、俺だけの世界に土足で踏み込んだ——もとい孤独な世界から連れ出してくれたのが〇〇だった。


「だーかーらー、そんなことはどうでもいいって! 私の質問に答えて!」


「いたたっ、耳を引っ張るなよ……やりたい事なんて別にないよ」


「ぜっったい嘘。人はみんな何かなりたいものや、やりたいことが1つはあるはず! もっと真面目に考えて‼︎」


〇〇はその黒真珠のような黒く澄んだ眼でじっと見つめてきた。

そんな眼で見つめられても当時の俺は本当に自分の将来について特に考えて無かった。

だがここでまたボーとしてたら彼女から追撃があると思った俺は、少しだけ考える素振りを見せつつ周囲を見渡し口を開いた。


「うーん、とりあえずはこの神社のように誰にも知られず密かに暮らしていたいな……」


「それがきみの大きくなってやりたい事?」


「ああ」


「ほんとに……?」


「本当だ」


————。


一瞬、沈黙が訪れた。〇〇は顔を下に向け何かを呟き、俺は見て見ぬフリをしただ空を見上げた。

先ほどより少し雲が増えてた。


「——ない」


「なんて? ってうわっ——!」


声が小さくて聞き取れなかったから、聞き返そうとするや否や〇〇はいきなり俺の肩を掴んで押し倒してきた。


ドシンッ!


石段に頭をぶつけたせいか鈍い痛みが頭部と背中に伝わってきた。


「そんなのぜーん、ぜんつまらないじゃん‼︎ 私たちまだ子供だよ? もっとせかいせーふくとか、しんせかいのかみ? になるとかもっと面白いこと考えられないの?」


「できるわけないじゃん。マンガやアニメの見過ぎだよ」


「やってみないとわからないよ! 私は何かをやる前に諦めるのは大嫌い。私は自分がなろうと思ったら何にでもなれるって信じてる」


〇〇の肩を掴む強さがだんだん強くなる。

たまらず俺は手を払い退けた。

なんでにこだわるのかが当時の俺には理解できなかった。


「だったら俺がさっき言ったことでも別にいいじゃん」


「それはだめ!!」


俺が吐き捨てるように言うと、今度は強く否定してきた。そしてその整った顔立ちからは想像ができないほどの勢いで俺を睨みつけていた。

いったい、なぜ彼女はこんなにも将来についてこだわるのか、なぜ自分の感情をこんなにも表に出せるのか、当時の俺としてはやっぱり理解できないし羨ましく思った。


——そしてそれ以上になぜか無性に腹が立った。


「俺の勝手じゃん! 放っとけよ‼︎ どうして俺の将来に関わる? どうでもいいだろ!」


気がついたら俺は、〇〇の青のワンピースを握り締めて怒鳴っていた。

それには流石の彼女も同様してか、少しだけ涙を流していた。


そして嗚咽混じりの声で、


「どう、でもよく、ないよ……。だってきみは私の————だか、ら。きみはもっと自分を、たい、せつにした方がいいよ……」


ほとんど聞き取れなかったが、〇〇は〇〇なりに感じることがあったのだろう。


「ごめん、言いすぎた」


「うん、私もしつこくしすぎた。ごめん」


言いながら、〇〇は深々と頭を下げた。その際に彼女が被っていた麦わら帽子がひらりと宙を舞い、地面に着地した。

よほど反省したのか、肩を小刻みに震わせていた。

やはりどこまでも正直な彼女が羨ましいと思えた。

その姿を見る度に罪悪感を覚えた俺は紛らわすように、地面の麦わら帽子を彼女に渡そうとしたその時——、


俺の罪悪感はまるで嘲笑うかのように霧散した。

そう、〇〇は口を紡ぎなんとか口角が上がるのをこらえるように震えていたのだ。


——こいつ、笑っていやがる。


「なーんて、ウソ! よく考えてみたら私全然悪くないじゃん! 全部、後ろ向きに考えているきみが悪い‼︎ なんで一瞬でも悪いと思った私がバカみたいじゃん! アハハハハッ——」


この時俺は彼女に対しての考え方を改めた。

〇〇は確かに正直で感情豊か……だがそれ以上にだと。


「だったら……逆にお前の大きくなったらなりたいものってなんだよ」


どんなぶっ飛んだ夢でも『なら、叶えるまでに何をする?』と聞けば漠然としか考えていない相手は返答に困ることを当時の俺はたまたまテレビのバラエティ番組で知っていた。


そう、さっきの仕返しに〇〇の困った顔が見たい。ただそれだけの質問だ。

質問をした途端、〇〇はキョトンとして、


「ないよ」


「はぁ? お前自分が言ってたことを自分で否定するのかよ! 散々俺のことをからかっておいて、お前——」

「お前って呼ばないでッ!!!!!!!!」


〇〇は俺の言葉を遮るように声を荒げた。次”お前”と言ったら飛びかかって来そうな勢いだったのでここは引き下がることにした。


「私にはちゃんと●●という親からもらった綺麗な名前があるんだから、名前で呼んで!」


「じゃあ俺のことは穂高陽斗で。それより〇〇は将来なりたいものは無いのかよ」


「あるけど、今の穂高陽斗——長いから陽くんでいいや、には教えても意味ないかな〜って思う」


「どうして?」


「だって私が何言っても興味ないか、否定する気でしょ。もしかしてさっきのことを根に持って困らせようとしてた?? あれは間違いなく陽くんが悪いよ」


「俺は一つも悪くないだろ! それよりどうして分かったんだ? もしかして、おま——〇〇もあの番組を見たのか!?」


一瞬、”お前”と言いそうになり睨まれたが誤魔化すかのように話題を逸らそうとした。


「番組って何のこと? 質問してきた時の陽くんの目が私の一番嫌いな腐った大人みたいなものだったから、教えたくないって思っただけだよ」


何かを見透かしたような顔をした〇〇が続ける。


「でも、一週間以内にもうちょっとマシな目になったら、誰にも言ったことがないけど、陽くんにだけ特別に教えて上げてもいいよ」


「なんで上から目線なんだよ!」


「それは私が陽くんより立場が上だからだよ」と、にひひっ! と笑った〇〇は急に空を指差して、


「もうちょっとで空が怒りそうだから帰るね! 絶対、明日もこの神社に来てね、絶対だよ!」


それだけを言い残し、青のワンピースを風に揺らしながら〇〇は鳥居をくぐり、神社を後にした。


こちらの意見も聞かずに一方的に約束され、少し呆れたが今日の〇〇感じから仕方ないと思った。

まぁ、特に明日もすることが無いからこの場所に足を運ぶことにした。

それより気になったのは、ちょうど一週間後の朝に俺は地元に帰ることになっていることだけだった。


★★★


次の日。

もう一度〇〇に会った。昨日と変わらず自己中で自由奔放な彼女に振り回され、一日が終わった。

当然、〇〇の将来なりたいものは教えてくれなかった。


そして次の日、そのまた次の日も変わらず、教えてくれないままとうとう地元へ帰る日が来た。


まだ朝日が昇る前。月が朧げに輝く時間に俺は家族の車へ乗り込んだ。

理由はお盆の帰省ラッシュでフェリーに乗り遅れないようにするためらしい。

それにしても早すぎると思ったが子供の意見は通るはずがないと分かっていたため、座席に腰を降ろした。後部座席だから、荷物に囲まれて窮屈だった。


親は軽く祖父母に挨拶を済ませると車のエンジンを入れた。明らかに燃費の悪そうな駆動音が鳴りその振動が足にも伝わってきた。


車を進めてすぐに俺は〇〇と過ごした一週間を思い出していた。

過ごした時間は少なかったけど、〇〇からは人として何か大切なものを貰った気がした。そして〇〇の質問にも答えられるような気がした。

唯一の心残りは〇〇の将来なりたいものが聞けなかったことだ。


——もう一度〇〇と話がしたかったなぁ……


田んぼで浮遊している蛍の光が段々弱くなってきた。

もうすぐ車はいつもの神社の近くを通りすぎる。

そうなればもう二度と〇〇とは会えないような気がしていた。その時。


キキィ————ッ!!!


車がいきなり甲高い音を立てて静止した。そのため俺の身体は上下に揺さぶられたが、周りの荷物がクッションになって大した怪我はなかった。


「なんだ……ただの帽子か。猫だと思った」


親父の声が外から聞こえてきた。

どうやら猫を轢きそうになったと勘違いして急ブレーキをかけたらしい。

なにしているんだよ。と思いつつ外を見ると親父の手には見慣れた麦わら帽子が握られていた。


まさかとは思い弾けるように外に出た俺は、親父からその麦わら帽子を奪い取り腕に抱き抱えた。

普段から大人しかった俺の行動に両親は怪訝な顔をしたが俺には関係ない。


——〇〇が待っている!


俺は直感的にそう確信した。親父が車へ連れ戻そうとする前に俺は脱兎の如く駆け出し、夜の世界に飛び込んだ。

もちろん目指す先は〇〇と出会ったあの神社だ。


そして神社の石段に〇〇はいた。出会った時と変わらない青のワンピースに身を包んで。

月の光が彼女を照らし、竹取物語のかぐや姫のように見えた。

〇〇は俺が来るのがわかっていたような様子で。


「ありがとうね帽子——。今日は来ないかと思ってた」


「俺も今日は行かないと思ってたよ。でも〇〇が置いて行ったこの麦わら帽子のおかげで〇〇はここで待っている——、いや〇〇と最後に合わなければと思ったんだ」


「成長したね……陽くん」


「こんだけ一緒にいたら〇〇の考えそうなことぐらい想像できるよ」


「たった一週間だけどね」


「そう、でも一週間で俺は〇〇から色んなことを教えてもらった。サンキューな」


「! ——陽くんいい目をするようになったね」


〇〇は一瞬、頬を赤らめ、瞳を丸くし、そしてクスりと笑いながら続けた。


「ねぇ、陽くん。最後に隠れ鬼ごっこしようか」


「なにそれ」


俺もクスりと笑い〇〇を見た。


「ルールは簡単! 鬼が百数えている間に隠れて、合図をしたら鬼から逃げる。ただそれだけ!!」


「それただの鬼ごっこじゃん!」


「まー、細かいことは気にしないでさっさとやろうよ! 夜が明けちゃうよ? あっ、もちろん陽くんが鬼ね! 私追いかけるのは嫌いだから」


「相変わらず自己中だな!」


「当たり前でしょ! 世界は私中心に周っているのだから!!」



今までで一番の自己中発言が出たところで、さらっと受け流して俺は数を数え始めた。


これが〇〇との最後の時間だとなんとなく想像できたから、一秒、一秒噛み締めて数を数えた。そして——


「鬼さんこちら、鈴のなる方へ」


チリーンと涼やかな音色が境内に鳴り響き、俺はゆっくりと足を進めた。


辺りはまだ暗く〇〇を見つけるのは骨が折れた。

やっとの思いで〇〇を見つけると、こちらに気づいた〇〇は一目散に奥にある林に入っていった。

当然俺も追いかけるが、木の枝や背の高い草に足や手を取られなかなか追いつけなかった。


「一体どこまで奥に行ったんだよ……」


俺が林に入っておよそ十五分。

いまだ視界を覆い尽くすほどの草木に苦戦しつつゆっくりと前へ進んだ。

徐々に斜面が急になるにつれ足が重くなる。


「はぁはぁ、やっとついた……」


「陽くん遅いよ」


「〇〇こそなんでここまで————ッ!!」


思わず俺は言葉を詰まらせてしまった。


それもそのはず——




「見て、陽くん始まるよ」



何もない真っ暗な闇から、朱色に煌々と輝く巨大な天球が現れたからだ。


——日の出。


この時見た日の出が俺の人生で最も美しいものに違いない。



天球が上へ昇るにつれ、世界が色付けられていく。


——何もない闇は吸い込まれるように深い青の大海へ。


——漆黒の大地は色彩豊かな花々が咲き乱れる丘へ。


——暗晦あんかいの天井は澄み渡ったクリアブルーの大空へと。



「まるで……世界が誕生しているみたいだ」」

「この世界は今、私たち中心に周っているみたいでしょ」

「そうだな本当にそんな気がしてきた」


いつも見慣れた海、見慣れた土地、見慣れた空は初めは何も無い真っ暗な闇だったのかもしれない。

この景色を見るまでは考えもしなかったことだ。


「私ね、陽くんと一緒にこの景色を見たかったんだ!! ありがとう」


〇〇は太陽にも負けないほどの笑顔を俺に向けてきた。

この時、俺の鼓動がトクン、トクンと脈打ち、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


——そう、これが俺の最初で最後の【恋】だったに違いない。


「ねぇ、私の大きくなったらなりたいもの知りたい?」


〇〇は後ろに手を組んで尋ねた。艶やかな黒髪が風に揺られ、彼女の美しさと儚さを増幅させる。


——もう答えは決まっている。


「ああ、知りたいよ。ずっと気になってた」

「わかった……じゃあ、言うね」


すると〇〇は胸がはち切れそうなほど深く空気を吸い込み————、



「【空】になりたあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」



気持ちよさそうに仰向けで倒れた。

そしてそのまま掌を天に突き出し続けた。


「空って、朝も昼も夜もずぅ〜と私たちの上で広がっているんだ。私たちが喜んだり、悲しんだり、怒ったり、楽しんだりしている時も変わらず包み込んでくれている。

私、人を見るのがが大好きなんだ! この人はなんで楽しそうなのかな〜とか、なんで悲しんでいるのかな〜いつも想像してる! 

そして人がもっと楽しんだり、未来に希望を持つようになるとすぅ〜ごく、幸せな気持ちになるんだ!!

だから私は【空】になって世界中のみんなを見守り続けたい!!!」


想像を遥かに超える〇〇の夢に俺は開いた口が塞がらなかった。


〇〇は自分の感情に正直で自分が中心に世界は周っていると豪語するほどの自己中だけど、その世界の人全てを思いやることができるほどだと気付いた。


——だけど、


「〇〇。俺、将来なりたいもの決めたよ」


「言ってみて」


〇〇が空になったら——


誰も〇〇のことを気にしなくなるだろう。


だから俺は————!!!!!!!



「【海】になりたあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」


はち切れんばかりに叫んで俺も仰向けで倒れた。


「空になると〇〇は独りぼっちになるだろ? だから俺は海になっていつまでも〇〇を見守り続ける。そうすれば二人ぼっちだろ!?」


「アハハッ! なにそれへんなの〜」


「でもすっげーぶっ飛んでるだろ?」


「うん! 最高にぶっ飛んでる!!!」


俺たちはその後しばらく笑い合ったり、楽しく話し合ったりした。


そして——


「私、陽くんと出会えて本当によかった! ありがとう‼︎ 絶対に忘れないでね」


「俺も〇〇と出会えてよかった! 絶対に忘れない!」


俺たちはしばらく見つめ合った。


「陽くん、最後にもう一つだけ約束しようよ」

「ん? なんだ?」

「それはねぇ……——————」



——空高く昇った陽の光が俺たちを照らし、今後の俺たちの道を、未来あすをずっと照らし続けていく。




…………その時はそう、思っていた——————。



★★★


想像してほしい。

ある日、目が覚めたら自分の名前と顔、性別以外の一切の記憶を失っていることを。

いや、そこまでは別に大したことではないのだが……問題はその次だ。


正面には見たことのない真っ白な天井。

なぜかベッドに固定され、身動きできない状況。

そしてなにより——、


長年愛用していた股下の性剣の感覚が全くないのだ。


切り取られた!? いや、そんな次元ではない! これは——


まるでかのような感覚だ。


いやいやいや、ちょっとまて。いったん落ち着こうまずは状況の再確認が優先だ。


身体は動かせないため恐る恐る目だけをスライドさせると窓ガラスにとんでもない姿は映っていた。


ドングリのようなまん丸の眼。艶やかな黒髪。

そして微かに膨らんだ双丘。

そう、これはまさしく————!!



「お……、お、お、女になってるううううぅっ!?!?!?」









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俺(♀)によるオレ(♂)のための人生再生戦術《リライフ・ストラテジー》 紳瀧 湊 @shimapan-novel

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