魔女の最期


ここ最近の彼女との語らいは窓越しに行われるのが常になっている。というのも彼女がもうベッドから起き上がれないほど衰弱してきているからだ。

やつれた頰には初めて出会った時の艶はなく、あんなにも艶やかだった髪も乾燥してパサパサしてしまっている。

それでも庭はあの時と同じく、もしくはそれ以上に花達で溢れていた。


窓の近くに彼女の好きな花を植え、彼女の気持ちが少しでも安らぐように工夫する。

それがもうすぐ母国へ帰る今の僕の仕事であり、幸せだった。


「あなたに出会えて本当に良かった」

「僕もそう思いますよ」

「もっと早くに出会いたかったわ」

「僕もそう思いますよ」

「あと花の種のこと前に教えてくださったでしょ?」

そういうとそっと骨ばった手を庭の入り口の方に向けた。

そかには綺麗な紫色の花をつけた植物がアーチを描いていた。

「私びっくりしたの。あの花とっても綺麗なのに種子には毒があるなんて…」

「そうですね。種子をすりつぶして作った薬は毒性は低いのですが長く服用すると代謝されないためにどんどんと身体が蝕まれていく…恐ろしい薬になります」

「本当に物知りなのね。お陰で私は覚悟を決める時間がもてたわ」

「それはどういう…?」


彼女は柔らかく笑って静かに手を伸ばしてきた。僕は少しのためらいもなく手を掴み、壊れないように優しく手を握った。


「見ての通り私はもうすぐ死ぬわ。でも寿命じゃないの。さっきの毒のお薬せいなの。幼い頃から毎日飲んでいたわ」

「っ!どうして!?毒と知っていたならやめれば良かったのに!」

「できないわ!そもそも毒と知ったのはあなたに教えてもらうまで知りもしなかったのだから、それに… 」

「それに?」

「…それが世の中のためなのよ…私は魔女だから」

「そんなこと!魔女だなんてまやかしです!ただのいいわけです!僕はあなたと出会ってからたくさん魔女のことについて見聞きしてきました。でも、魔女であることの証明なんて何にもない!ただ人々が恐れてそう言い出しなにすぎない!」

「そうよ。私もそれは知っていたわ。ただうちの一族での中で以前たまたま薬草の知識に長けていた女性がいたのその人の才能を魔女と呼んだということが始まりだったそうよ。そして、その人の容姿に似た子が生まれるとその子は魔女となり、薬草の生えた庭のある離れに隔離して薬を作られせ、富をなす。それがうちの一族の秘密よ」

「そんなことが、だからこの庭には薬草関連の植物が多かったのですね」

「ごめんなさい。こんなことまで話すつもりはなかったのだけど、あなたはもうすぐ国に帰るのでしょう?そうすれば父の手も届かなくなるわ。だから安心してね」

「僕のことなどどうでもいいのです!ともかくお嬢様も僕と一緒に僕の国に逃げましょう」


握っていた手に力が入ってしまい、彼女はその痛みからかそれとも僕の言葉になのか少し険しい表情になった。


「そうしたいのは山々よ。でももうこんなだもの。わたしにはもう時間がないの」

「そんな…」

「きっともうわたしが生きている間の庭のお手入れも大丈夫。だから今日で最後にしましょう。あなたはもっと幸せになれるはずよ」


僕は何も言えなかった。

彼女を一目見た時からずっと心は彼女のものになり、ずっと一緒にあるものだと思っていた。

でももう…。


僕は窓枠を飛び越えて部屋に飛び込みベッドに眠る彼女のすぐ横に立ち、手を取ってそこに口付けを落とす。


「愛しています」


彼女は驚いてから笑顔になり、

「わたしも愛していますよ」

と目に涙を浮かべながら言って目を閉じた。


僕はまぶたに、そして今唇に口付けをして髪を撫でる。

後ろ髪を引かれる思いで窓枠から外へ出て、振り返ると彼女と同時に


「さようなら」


とそっと呟いて庭から出ていった。


それからの彼女のことは知らない。


けれどもきっと彼女は…

魔女はそれでも毒を飲んだのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それでも魔女は毒を飲む タニオカ @moge-clock

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ