第19話 推しキャラは俺の嫁
俺とノエルは、同時に声を上げてしまった。
その反応に、ルベルトは呆れた声を浴びせてくる。
「おいおい、まさかとは思うが、ネコババ、いや、横領する気だったのか? あのだなぁ冒険者君。今回のクエストは、我がリベリカ王国軍の依頼で、リンドヴルム討伐に手を貸せというものだ。なら、当然、リンドヴルムの亡骸は我らのものに決まっているだろう?」
それは、理屈が通っているような、通っていないような話だった。
リンドヴルムの亡骸を手に入れてくれ、というクエストなら、亡骸は王家のものだ。
でも、討伐を手伝えなら、討伐することが仕事だ。
そして、討伐は俺一人でやったことだ。
全員で協力して倒したものを俺が独り占めしようとしているわけじゃない。
「それにだ、リンドヴルムを討ち取ったのは我が栄えある弓兵部隊の活躍によるものだ! 貴様はただ、ちょっと最後にトドメを刺しただけだ! それで自分の手柄気取りとは、呆れ果てた卑しさだな!」
俺の腕の中で、ノエルがまた、震え始めた。
ただし、今度は怒りで。
俺のために怒ってくれるのは嬉しいけど、ここは我慢だ。
こいつがどんな胸糞ゲス野郎でも、一国の王子であるには違いない。
なら、ここで逆らうのは得策じゃない。
もうここはゲームの世界じゃない。
王族に逆らえば犯罪者、下手をすれば、死刑もありうる。
「さぁ、盗人に堕ちたくなければ、今すぐリンドヴルムの亡骸を王城へ運ぶのだ」
「王子」
「おうバルクか。此度はよくやった。私から父上に掛け合って貴様に勲章を、を?」
ルベルト王子は口をつぐんだ。
バルク元帥は、鬼の形相だった。
背後の兵士たちも皆、侮蔑を含んだ眼差しで、呆れ果てたように王子を見据えていた。
「な、なん、だ。元帥……」
「貴方の栄えある軍は、残念ですが無力でした。弓兵隊の矢はリンドヴルムの装甲に阻まれ、何のダメージも与えていなかったことは明らか。それは、のちにリンドヴルムの亡骸をあらためればわかること、いや、バレることです」
「な、なにが言いたい! もってまわった言い方をしてイラつく奴だ! 私はリベリカ王国第一王子、ルベルトなるぞ!」
「王族ならば! 勇者の武功に報いるべきです!」
「八方美人めが! この男は我がリベリカ王国の臣民ではない! よそ者に報いる必要がどこにある!」
「いいでしょう! ならばことの経緯を全て父上に報告させていただきます! 王子の言い分が正しければ、陛下も何も言わないでしょうな!」
「ぐっ!」
また、ルベルトの表情が苦し気に歪んだ。
だが、すぐにまた、勢いを取り戻した。
「ふん、まあいい。忠臣の言を聞くのも、王たるものの度量だ。いいだろう。リンドヴルム討伐の功も、亡骸も、クランドのものだ」
妙に素直だ。
そのことに、バルク元帥は違和感を覚えながら、表情から怒りを治める。
でも、それは元帥のぬか喜びだった。
ルベルト王子は上機嫌な顔で俺へ振り返ると、腕を組んで笑う。
「では勇者クランドよ、貴殿を我が城の宴に招こう。そして父上から、リンドヴルム討伐の功績を讃え、勲章を授与するよう取り計らおう。そして、我が父の前で、リンドヴルムの亡骸を献上することを許そう」
は?
ノエルと、バルク元帥と、生き残った兵士たちが、同時に息を呑んだ。
ルベルト王子は、なおも饒舌に続けた。
「貴殿は果報者だな。王家に奉納できるなど、庶民では一生かかってもありつけない栄誉だ。末代までの誉れとするがいいぞ」
呆れて言葉も出ないとはこのことだ。
なんていうか、この国のためにもこいつはこの場で亡き者にしてしまったほうがいいんじゃないかと、真剣に考えたくらい、呆れた。
でも、その必要はなかった。
「王子」
「む、なんだ元帥。こいつが自ら献上する分にはなんの問題も――」
バルク元帥の拳が、ルベルト王子の言葉を千切り取った。
「恥を知りなさい!」
そう叫んで、バルク元帥はルベルト王子の顔面を殴り飛ばした。
王子は、地面に仰向けに倒れながら、ぶざまに痙攣していた。
もう何も聞こえていないだろうが、元帥は続けて言った。
「今回の事は全て陛下の耳に入れておきます。そして、貴方が国王の器でないことも。此度の討伐作戦での言動で、貴方の器を推し量るよう陛下から指示されていましたが、もう貴方にはほとほと愛想が尽きました。そしてクランド殿」
顔を上げ、元帥は俺に向き直ると、深く頭を下げた。
「この度は、生きた災害、リンドヴルムを討伐していただき、誠にありがとうございました。リンドヴルムの亡骸は、どうぞお持ち帰りください」
元帥の態度にすっかり毒気を抜かれて、俺はまた、怒るタイミングを逃した。
「ありがとうございます。じゃあ、俺らはこれで」
「お待ち下さい。先ほどは王子が失礼をしました。ですが陛下なら、きっとクランド殿を歓迎してくれるでしょう。このまま、本当に宴に参加していただけませんか? それに、貴方ほどの実力ならば、将軍待遇での仕官も夢ではないでしょう。私から陛下に話を通しますので何卒。クランド殿がわが軍にいてくだされば、王国は安泰です」
「それは、俺に仕官を誘っているのですか?」
「はい!」
バルク元帥は、力強く頷いた。
背後の兵士たちも、それがいいと頷き合う。
でも、俺はその誘いを受ける気はなかった。
「悪いけど断ります。器じゃないので」
「やはり、だめですか」
「ええ、その代わりと言っては何ですが、すぐにけが人を集めてください」
言って、俺は手をかざした。
「俺の回復魔法で、全員治療するんで」
バルク元帥は、感極まったように声を震わせた。
「貴方と言う人は、本当にどこまでも……お前ら! すぐにけが人を集めろ!」
『御意!』
兵士たちが三々五々散っていくと、元帥自身も、けが人を探しに出向いた。
「ねぇクランド、本当に、仕官しなくてよかったの?」
腕の中で、ノエルが確認するように尋ねてきた。
「ああ。俺には冒険者家業のほうが性に合っているしね。それに、仕官なんてしたら、行動に制約も多くなるし……」
一番の理由は、それだった。
おそらく、この世界にはもう、アップデートはない。
実装予定だった、まだ見ぬ数多くの追加要素。
それらにどんなバグやバランスブレイカー設定があっても、修正されることはない。
だから俺は、それらを調査して、安全性を確かめたい。
それに、全てのNPCがプログラムからの縛りが無い今、どんな社会問題や犯罪、国家間の紛争が起きるかもわからない状況だ。
そんな時、特定の国に属していたら、満足になんて動けないだろう。
「…………」
十年間、愛し守り続けてきた世界が消滅して、俺は絶望した。
でも、その世界に転生して、俺は希望を取り戻した。
けれど、その世界はもう、制作会社からのサポートを受けられない。
アクティヴェイドオンラインの未来を守れるのは、俺だけなんだ。
そう思えば、無限の使命感が湧いてきて、自然と心が引き締まった。
だけど今は。
「あの、クランド、もうボク、一人で立てるから、その、恥ずかしいよぉ」
腕の中で恥ずかしそうにはにかみ、だけどどこか嬉しそうなノエル。彼女のことが愛しくて堪らない。
今は、もうちょっとだけ、彼女の温もりを感じていたい。
俺は、彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
サービス終了ゲーム世界に転生したらNPCたちが自我に目覚めていたせいで…… 鏡銀鉢 @kagamiginpachi
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