☆真最終話 →ずっと”紅蓮の公爵令嬢”→

 あのはげしく燃え盛る様な日々から、いくつもの季節が過ぎていった。エンゼリアでの残された時間はあっという間に過ぎ去り、けれど濃厚で鮮烈な思い出と共に私たちの記憶へと刻まれた。


 これを青春と言わずになんというのかしら。そう断言できるような思い出だったとはっきり言えるわ。そうした日々を過ごしていくうちに、私たちは少しずつ大人になっていった。今思い返せば、入学してから卒業までほんの一瞬の出来事だったのかもしれない。


 いえ、そもそも十歳のあの運命的な日に前世の記憶が戻ってから、今こうしているまでに羽休めの日なんてなかった。一日一日が私にとって――私たちにとってかけがえのない瞬間だったんだ。


 ただ破滅の運命を避ける事だけを誓った十歳の誕生日。多くの関係を築き上げた幼少期の日々。アリシアと出会い仲良くなった十六歳の秋。愛機〈ブレイズホーク〉と出会って戦いに身を投じた十七歳の雨の日。世界の命運をかけた決戦を制しもう一度死んだ十八歳の初夏。魔王と化したこじらせロボオタを今度こそ消滅させた十九歳の春。それから、それから――。


 それからも思い出せないくらい色々な事があった。死ぬような思いもしたし、非常にややこしい事態や、意味不明な強敵の相手もしましたけれど私は元気です。


「レイナ様、大広間にて

「ご苦労様アリシア、すぐ行くわ」

「本日は魔導機によるお祝いの花火魔法も準備いたしております」


 アリシアは宣言通り、エンゼリアを卒業してすぐにクラリスの後任についた。親友であり、最大限に信頼できる従者でもある彼女の存在は非常に大きいわ。影に日向に私とレンドーン公爵家を助け支えてくれている。今は職務中だから丁寧語だけれど、二人だけの時はくだけた口調よ。


 私が問題を――少し……ほんの少しよ? オホホ――起こすから、平穏かどうかはわからないけれど、彼女も毎日楽しく過ごせていると思うわ。ヒロインの座を辞してなお彼女の可愛さは損なわれることなく、ますます磨きがかかって美しい大人の女性になった。


 部屋を出て神殿の大広間へと通じる通路を歩いていると、二人の女性がにこやかに待っていた。


「おめでとうございますレイナ様。ドレスお似合いですわ」

「おめでとうお嬢。いつも通りドカッと構えていけよ」


 若草色のドレスに身を包んだエイミーは、今では世界に名の轟く権威的な技術者になった。魔導機の民生への転用、航空艦を改良しての大空輸網の整備と、彼女の発想と技術のおかげで世界は何歩も前に進んだ。もう納屋で一人寂しく物言わぬ機械に向かっていた彼女じゃない。多くの人々から慕われて、“科学の母”なんて呼ばれている。


 晴れ渡る空色のドレスで身を飾ったリオは、順調に女優としての道を歩んでいる。彼女が主演を務める舞台はいつも満員御礼で、海外公演のツアーなんかも頻繁に開催されているわ。それと同時に政治家としての実力も発揮し始めている。彼女の望みはそう、かつて貧民街で現実を見てきた貧困の撲滅だ。


「ウヒヒ、エイミーにリオ、二人とも忙しい中ありがとう」

「なんの! この一大イベントに駆けつけなくて何が親友でしょうか!」

「そうだよ。お嬢に何かあったら世界の果てからだって飛んでくる。それが私たちさ!」


 二人の精一杯の祝福が本当に嬉しい。彼女達みたいな素敵な親友がいなければ、きっと私のお嬢様人生はこれほど楽しくはなかったと思う。彼女達だけじゃないわ。みんなみんな大人になった。


 ディランは大公国の主となって“英明王”と称される名君。おこちゃまルークも今では“大魔法使い”として尊敬を集めている。ライナスはその才能を遺憾なく発揮し世界でも有名な“天才芸術家”。パトリックは広く名の轟く“神速の剣神”であり王国の守護神たる名将だ。


 え? それより祝福だとか準備が整っただとか何の話ですかって?


 決まっているわ。よ。


 今日は私の結婚式。最愛の人と永遠の愛を誓いあう、輝かしい日。


 アリシアが静かに扉を開き、私は大広間へと入場する。まず目に入るのは、今日この日まで私を大切に見守ってくださったお父様とお母様。


 お父様――レスター・レンドーン公爵は、すでにハンカチを何枚も使うほどに号泣している。お母様――エリーゼ・レンドーン公爵夫人は逆にしっかりとしたもので、口だけを動かして「落ち着いてね」と笑顔でメッセージを送ってくれている。


 続いてレオナルド叔父様を筆頭とした一族の方々。ハンフリー様にテオドーラお姉様、その他大勢のレンドーンの血脈の皆さん。当然いるルビーとルイは、それぞれ月と太陽をあしらったアクセサリーが目立つ。二人にもあれから幾度となく苦難が押し寄せたけれど、いつも二人で協力して乗り越えてきた。


 その奥にはシリウスお義兄様に、大きくなった二人の子どもを連れたクラリスがにこやかに微笑んでいる。彼女は今でも大切な姉よ。


 それから傘下貴族の皆さんや、サリアを筆頭にお料理研究会で私の薫陶を受けた面々。サリアのサンドバル家も今では一大飲食店グループを率いる有力貴族だ。


 来賓の方に目をやれば、アスレスからお越しのアンジェリーヌ様や、私とは時に協力し時に剣を交えた、ヒルダを始めとしたドルドゲルス十六人衆の皆さんがいる。そして当然グレアム国王陛下も。


 この日を祝うために、本当に多くの方々がやって来てくれた。執事のギャリソンを始めとした使用人の皆さんも、私の希望により同じ場でお祝いしてもらっているわ。


 本当に良い日だ。最高の日だ。十歳の時、前世の記憶が戻ったあの日にはまるで想像もしていなかったわ。


「さあレイナ様、お待ちかねですよ」

「ええ」


 既に神父様の前では、最愛の彼が今か今かと私を待っている。最高峰の楽団による演奏をバックに、私はゆっくりと歩みを始める。


「――?」


 その時、室内だというのに風が吹いた。温かく優しさを感じる風だ。


「わかっているわよ、ありがとね」


 私はもう一人の友人に向かって、誰にも聞こえないくらいの小さな声でそうつぶやく。そもそもここは彼女の為に建設した大聖堂ですしね。今でもちょくちょく話をしているわ。


「レイナ、綺麗だ」

「ウヒヒ、ありがとう」


 白いタキシードを着た彼が褒めてくれて、思わずいつもの笑いが出る。不審者感溢れる笑い声だけれど、これも含めて私だ。もっと言うと、今だにしているドリルな髪型も私のアイデンティティだ。


 結婚することをゴールインなんて言うけれど、私はそうだとは思わないわ。だってこれから先も人生はずっと続くし、まだまだおもしろおかしいことが沢山待っているはずだもの。


 だからこれは始まりだ。この私、レイナ・レンドーンの新しい始まり。


 この世界が大大大大大好きな私はこの世界で楽しく刺激的に生きる。それは私がお婆ちゃんになっても変わらないし、私が死ぬその時まで変わらない永遠不滅の絶対目標だ。


 だから私の――“紅蓮公爵令嬢”レイナ・レンドーンの物語はずっと続いていく。

 

 私の活躍を誰かが願う限り、私の波乱の恋を誰かが夢想する限り、私の物語は永遠にフォーエバー続いていく。だって私は変わらずこれからもずっと“紅蓮の公爵令嬢”レイナ・レンドーンなのだから。燃え尽きない紅色の情熱の火と、果てしない愛の炎に燃え盛っているのがこの私。


 だから“紅蓮の公爵令嬢”と呼ばれる私と、私の愛する人たちの物語は続いていく――。



 ☆☆☆☆☆



 間違いない。“紅蓮の公爵令嬢”レイナ・レンドーン様は、過去に――いや、これから先の遥か未来にだって類をみない最高の英雄です。


 私は彼女に惚れてしまった! あ、もちろん女性としてという意味ではありません。恐れ多い。私には愛する妻のベサニーだけで十分です。だからベサニー、脇腹をつねるのはやめておくれ――。


 失礼、話が脱線した。


 とにかく、これまで語ってきた実績を例に挙げるまでもなく、彼女が稀代の英雄なのは異論をはさまぬ事実でしょう。英雄と呼ばれる存在は、往々にして不幸な末路をたどるものだが、彼女に限ってはそれはないと私は断言します。“紅蓮の公爵令嬢”の物語に悲しみはない!


 ただ一つ私が惜しいのは、彼女よりも早く私の人生が終わってしまえば、彼女の終生の事績を記録する事能わないということだ。しかし私には愛する息子クリスがいる。きっと必ずや私の子々孫々が、“紅蓮の公爵令嬢”の物語を世に広めるでしょう!


 “紅蓮の公爵令嬢”レイナ・レンドーン様と我らが王国に永遠の栄光を!



 バーナビー・エプラー著、「救世の英雄“紅蓮の公爵令嬢”」より引用――。


 ※本著は現存する限り最古の“紅蓮の公爵令嬢”について取り扱った書物である。本著を元に各国翻訳版や絵本版が製作され、かの英雄譚が世界中に広まる一助になったことはあまりにも有名な事実である。


 周知の通り、彼の死後は彼の末裔であるエプラー一族が、“紅蓮の公爵令嬢”やその仲間たちについて多くの書籍を執筆することとなった。



 ☆☆☆☆☆



 本当に今でも驚きです。けれどそれはあるいは必然だったのかもしれません。レイナは皆さんがご存じのように、多くの活躍をしました。けれどそれは決して才能があったからなしえたことではなく、全ては彼女のがんばりと世界への愛が導いたものだったのです。


 え? 彼女は敬虔な信徒で神の使徒?


 確かにそう言われていますね。けれど私や私の後任からしてみれば、彼女は女神様を崇拝しているというよりも、女神様と友人のような関係を築いていたのだと思います。


 そう言えば最近色々な役職についたようですね。「エース魔導機乗り聖戦士勲一等」を受賞するよりも、彼女にとっては美味しい料理の普及に貢献できるそのような役職の方が、若い時からの望みだったのではないでしょうか。



 晩年のクラリス・シモンズ女史へのインタビューより――。


 ※クラリス・シモンズ女史は、レイナ・レンドーンにとっての最初の良き理解者の一人であり、かけがえのない姉のような存在だったことが確認されている。


 孤児出身だった彼女はシリウス・シモンズとの婚姻前、レンドーン家の傍系に養子縁組しており、一時的にクラリス・レンドーンを名乗ったことが最新の研究により判明している。


 著者不明で長らく学会においては偽書扱いだった「本当のレイナ」であるが、近年の研究成果によりこのクラリス女史の著作であるという推定が濃厚となっている。


 いずれにせよこれだけは言える。”紅蓮の公爵令嬢”レイナ・レンドーンの物語に、永遠の祝福を!



―――――――――――――――――――――――――

後書き

ξ゜∇゜)ξ<全100万字を超える長いお話を、最後まで読んでいただきありがとうございます!これにて最終完結です。感想や評価、レビューをいただけると嬉しいです

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紅蓮の公爵令嬢 青木のう @itoutigou

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