第297話 私、普通の女の子に戻ります

「――エイミー・キャニング女史には、学院を卒業と同時にキャニング子爵家とは別に領地を与え、家をおこさせるということで。では次の報告に――」


 我が王国の内乱騒動に端を発した二度目の大戦は、平和を願う多くの人間の尽力、そして何より我が娘レイナが元凶たるハインリッヒを討滅することにより、無事終結した。


 そして、数か月が経った。


 大陸各国の復興は進み、グレアム陛下はフィルトガの王女と正式に結婚なされ、あの忌むべき大戦が二度と起こらぬよう各国の盟約締結を推し進めている。順調だ。世界は平和に向かって歩み続けている。もうこれ以上レイナが戦わなければいけない世界ではなくなりつつある。


「――以上になります」

「ご苦労、レンドーン公爵」


 我らが若き王グレアム陛下も、大戦と婚姻を経て風格が出てきた。現在は王の御前で内政や軍事など、多岐にわたる報告の最中。私をはじめ、トラウト公爵、アデル侯爵、ラステラ伯爵など、お馴染みの顔がそろいぶみだ。


「本日の報告は以上になります」

「うむ、そうか。……そうだ、余からも一つ話さねばならぬことがあった」


 む……なんだ? 陛下自らのご報告。陛下が笑いながら話出す時は、新婚生活に関する些細なエピソードの披露だが、此度は真剣な表情。何かここに揃う首脳陣にしか話せないこと……さる貴族の謀反の兆候とかか?


「まて、そう構えるな。話というのはバルシアから独立した諸王国のことだ」


 女帝レオーノヴァの崩御により、バルシア帝国は大きな混乱に見舞われている。旧政権下で支配下におかれていた諸王国は、これを好機とみて独立した。


「各国の目を気にするバルシアは、諸王国の独立を黙認しているはずです。もしや再び併呑の兆しでも?」

「そうではないアデル、今のところはな。話というのは、そんな新生諸王国の一つから我が国より王族を迎え入れたいという相談があったことだ」


 ほう、そんな話が。バルシア帝国の支配下にあった諸王国では、その厳しい弾圧に晒される中で旧王族が死亡もしくは逃亡などにより、本来の王族がいなくなってしまった国がある。


 そのような国家が選択肢の一つとしてとるのが、王族の迎え入れだ。伝統ある強国から王族を迎え入れることにより、国家としての箔をつけ、さらにその強国からの独立保証を受けられる。


「であればどなたが適任でしょうか? アルフォーク公ダグラス殿のご子息のいずれかなどいかがでしょう?」


 すかさずトラウト公爵が提案する。彼の意見は妥当なところだ。元来我が王国は大陸に野心を抱かず不介入であったが、今後の世界の安定を考えると、この申し入れを受け入れることに異存はない。


「その選択は妥当だと思います叔父上。しかし俺は――いや余は、

「ディラン殿下をですか!? ……失礼、理由をうかがってもよろしいでしょうか?」


 ラステラ伯爵が驚き立ち上がるが、陛下はすっと手をあげてお許しになった。


 正直、内心私も衝撃を受けている。ディラン殿下は陛下に対して二心なく、何より有能だ。学院を卒業した後は共に王国を支えて欲しいのだが……。


「そなた達が驚くのも無理はない。だが余は兄として、あれだけの才覚を示す弟の国というものを見てみたいのだ。あれほどの才覚を余の補佐や予備としておくのはもったいない。そうだろう?」


 反対の意見を述べる者はいない。それだけ皆ディラン殿下の才覚を理解しているのだ。


「ふむ、異論はないか。まあ安心しろ、すぐにという話ではない。あ奴が卒業してから決める話だ。しかし……国王ともなればよなあ? それもとびきりの才覚を持たないと釣り合わないだろう。なあ、レンドーン公爵?」

「え、はい、それはもう……。――!」


 そこまで言って気がついた。陛下が何を仰りたいのか。


「お言葉ですが陛下、我がトラウト一門はかねてより、一族を上げてレイナ嬢の嫁入りを懇願しております。ルークと共に我らが王国に魔術の殿堂を築き上げるでしょう」


 と、涼しい顔で発言するのはトラウト公爵。それに負けじと、アデル侯爵も熊のような巨躯で立ち上がり抗議の声をあげる。


「何を仰るトラウト閣下! “紅蓮の公爵令嬢”の異名がついたあの伝説的な決闘以来、我が愚息とレイナ嬢の婚姻はもはや必然! 二人並べば我が国最強の守護神となりましょうぞ!」

「お待ちください皆様。魔術だ守護神だと少し物騒では? 我が息子ライナスはアスレス王家とも懇意。レイナ嬢と共に芸術をもって世界の安寧を描くでしょう」


 彼らだけじゃない。集まった諸侯が次々に「我が息子の妻に!」「ぜひ我が家に!」「もういっそこの私と!」と際限なく声をあげる。収集がつかない。


 もう滅茶苦茶だ。混乱する。こういうのをレイナは何と言っていたか――そうだ、あわあわ状態だ。私はいま猛烈にあわあわしている。


「諸君、そろそろ静まりたまえ」


 静かに王が言葉を述べた途端、シーンとする場内。良かった、この国にまだ知性は残っていた。


「言い出したのは余だが、人の色恋をここで決めてしまおうなどとあまりに無粋な話。かの者の道を決めるのはかの者自身。それくらいの自由ができる功績は残したはずだ。まあ、先ほども述べた通り、全ては卒業してからの話だ。それから“紅蓮の公爵令嬢”や我が弟を始めとした者たちが、どういう道を選ぶかは知らんがな」


 そも王侯貴族は、偉くなれば偉くなるほど自由恋愛という言葉とは無縁となる。だが陛下は、世界を救った若く才能ある世代に選ばせようと提案しているのだ。


 レイナ、君はいつまでも私とエリーゼの大切な娘だ。君がこれから先どのような選択肢を選ぶことになっても、私たち夫婦は応援しているよ。


 だからがんばれ。がんばって人生を楽しめ、レイナ――。



 ☆☆☆☆☆



「――イナ」


 春の日差しが心地よい今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか? 私は大絶賛春眠暁を覚えずですわ。


「――レイナ」


 あー、なんだか先ほどからとても良い声で名前を呼ばれているような……? 最初にボイスつきネーム選べる名前って、こういう時得よね~。


「レイナ・レンドーン!」

「ひゃいっ!?」


 見上げるとお冠なシリウス先生。周囲を見渡すと授業中の教室。皆気まずそうに目を逸らす中、ルークとリオだけが大爆笑している。


「レイナ、授業聞いていたか?」

「はい先生、全然聞いてなかったですわ!」

「正直でよろしい……とでも言うと思ったか! ちゃんと起きろ、そして聞け! 英雄でも単位の融通は効かんぞ」

「はい先生! 気をつけますわ!」

「返事はやたらいいな……。しっかりしてくれよ学年首席」


 シリウス先生は去り際「贔屓していると思われたくないだろ? 頼むぞ義妹いもうとよ」と私だけに聞こえる声で耳打ちし、教壇へと戻って行った。


 シュルツの所から帰った私はすぐにみんなと合流。勝利の喜びを共に分かち合った。アスレスやドルドゲルスの皆さんからも多大に感謝の言葉を述べられ、王国へと凱旋。祝勝パレードなんかを派手にぶちかましたのちに学院へと戻ってきた。


 ライザの姿は消えていた。今頃どこで何をしているのやら? まあ、少なくとも前向きに生きていると思いますわ。そそのかしたハインリッヒは消えたわけですし、これで万事解決問題なし!


「よし、今日はここまで。復習はしっかりするように」


 うーん、寝といてなんだけど、平和に学院生活をおくれるのって幸せね。えーっと、次の講義に時間が空くから、サリアとお料理研究会の打ち合わせをしようかしら? それとも前から頼まれていたルイとルビーの勉強を見てあげる?


「お嬢様、よろしいでしょうか」

「あらクラリス、珍しいわね教室に来るなんて。もしかしてシリウス先生に会いに? 呼んできてあげましょうか?」

「いえ、そうではありません。お嬢様にお客様です」


 お客様? 誰だろう?


「それとアリシアにもです」

「私もですか?」



 ☆☆☆☆☆



 クラリスに連れられてアリシアと一緒に学院の応接室に赴くと、見知った顔が出迎えてくれた。


「お久しぶりです“紅蓮の公爵令嬢”それに“漆黒の聖女”」

「あなたは……エプラーさん!」


 作家だかジャーナリストだかのバーナビー・エプラーさんだ。


「どうしてこちらに?」

「もちろん取材の為にお伺いしました。先の戦いの直後はいろいろとご多忙なようでお話を聞けませんでしたからね。学院にお戻りになったと聞いて、すぐにでも駆け付けたかったのですが、家に帰ると離婚の危機で……」

「それはまあ……大変でしたわね」


 生まれたばかりの息子さんほっぽって従軍したんですっけ? そりゃまあそうなるでしょ。世が世ならネットに愚痴られまくりですわ。


「あの、どうして私もなんですか?」

「覚えていらっしゃいませんか? アリシア・アップトンさん、あなたを題材とした本も出したいのです。最終決戦での活躍も聞き及んでいます。前言ったように、“紅蓮の公爵令嬢”様と同じくらい人気が出ると思いますよ」


 平民であるアリシアの知名度は、今のところ市井の間じゃ低い。その存在もわざわざ最前線まで来るエプラーさんみたいな物好きしか知らないしね。でも本が出たらきっと人気が出ると思う。


「私は……」

「どうしたのアリシア、嫌なの?」

「いえ、嫌というわけでは……」


 なんとも歯切れが悪いわね。何か引っかかるものがあるのかしら?


「いかがですか、アリシアさん?」

「……決めました。その件ですが、お断りします」

「理由をうかがっても?」

「はい。私は卒業し次第、レンドーン公爵家にお仕えすることになっています。そこでレイナ様の御付きをするのです。ちょうどそこにいらっしゃるクラリスさんの代わりとして。御付きとは影で支える仕事。私の望みはレイナ様をお支えすることであって、自らが物語の主人公になることじゃないんです」

「いいのよアリシア、貴女の方が目立つからと私が腹を立てることはないのだから、貴女が主人公になっても」

「ありがとうございますレイナ様。でもいいんです。主人公にならなくても幸せにはなれます。私は有名になりたいだとか、名前を残したいだとかという欲はないのです。むしろ目立たなくていい。平凡な、パン屋の娘で、大好きなレイナ様にお仕えするでいたいんです」


 少し納得がいった。マギキンと違って、この世界のアリシアは私が目立ちまくったことによってエンゼリア入学前は無名の存在だったわ。それがアリシアの幸せだったんだ。良い両親に恵まれて、魔法なんかの才能がなくても日々の暮らしに幸せを感じる。それが彼女の理想なんだ。


 ゲームだと主役――普通じゃない特別な女の子にしかなれないアリシアだけど、この世界では違う。無限の選択肢をとれる。アリシアは選んだ。だとすれば私は――。


「本当によろしいのですか? 平民の英雄譚を市民は望んでいます」

「ストーップよエプラーさん」

「レンドーン様?」

「アリシアは断った。それで終わりよ。英雄譚を書くなら、私のを好きなだけ書きなさいな」

「それは……こちらとしてもそれで不満はありませんが……」

「それともう一つ注文。アリシアの事は記事にしないこと。従軍していたあなたが黙っていればそう広まらないでしょ。そうねえ……、彼女が亡くなるくらい。ざっと百年はアリシアの取材記録は封印してちょうだい」


 本や記事が出なければ、アリシアの事は私やディランなんかの活躍の記事に埋もれる。そうすれば彼女が生きている間くらいは彼女の望むが手に入る。


「わかりました。このエリオット・エプラー、我らが信ずべき六大神に誓ってアリシア・アップトンさんの取材記録を封印しましょう」

「よろしくお願いしますわ。アリシアもこれでいいかしら?」

「はい! レイナ様、ありがとうございます!」


 アリシアが笑顔でお礼を言う。主役ヒロインの座を降りても、彼女の笑顔は百点満点の可愛らしさだった。



 ☆☆☆☆☆



 かくして、“漆黒の聖女”アリシア・アップトンの軌跡は、歴史の影に隠れることとなった。


 実在した平民の英雄“漆黒の聖女”アリシア・アップトン。“紅蓮の公爵令嬢”レイナ・レンドーンと机を並べて学び、肩を並べて戦い、終生信頼しあう強固な関係であったという。彼女は紛れもなくもう一人の歴史の主人公だったのだ。だが彼女は平穏をとった。ただそれだけの話だ。


 そして盟約の月日である百年が経過した今、彼女の功績の正当なる評価を、本著を手に取った諸兄諸姉に問うものである。


 エリオット・エプラー著、「影に隠れし漆黒の聖女の謎」より抜粋――。



 ☆☆☆☆☆



「何見てんだ、ルノワ? ああ、この前助けたお気に入りの女の子か。この世界の一件も無事に解決したようだし、良かったな」

「ああそうだ。しかしこの人の子を助けた時に一つしくじってな」

「しくじった?」

「ああ。私は不老不死の魔導サイボーグにして、あの世界に永遠に憎悪と混乱をまき散らそうと思ったのだが……」

「邪悪か」

「邪神だからな。しくじった結果、寿命は変わらず普通の人の子の寿命になってしまった。まあ良い、こやつが死んだらさらに感情をため込んだ魔石が手元に戻るという算段だ。子に受け継がせてさらに強化させてもいい。フゥーハッハッハ!」

「邪悪だ……」

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