第296話 積み重ねてきた信頼こそが友情
「――なさい!」
ん? 私の事を呼ぶのは誰? お母さん? あれ、クラリスだっけ? 実家に帰った記憶はないのだけれど……。う~ん、……あと五分……。
「――きなさい!」
あれ? もう何度もこういう事があったような……。でもなんだかとっても眠いわ。際限なく眠い。もう少しだけ、素敵な夢の中で……。
「いいかげん起きなさい! 仕事が進まないじゃな~い!」
「うわっ!? ごめんなさいお母さん!」
「何度間違ってんのよ恥ずかしいわね~! 私は女神! め! が! み!」
「ってシュルツじゃないの!」
起きると目の前には風の女神シュルツことおとぼけ女神……あ、逆だ。おとぼけ女神こと風の女神シュルツその人が、両手を振り上げて必死に女神アピールしていた。言っておくけどそのポーズ、余計に女神感なくしているわよ?
……じゃない! それどころじゃないわ。ここはお馴染み不思議死後空間。このパターンはもしかして……!?
「もしかして、私って死んだの……?」
え? また? うっそー。あれだけ大見えきって? なんか必殺技とか叫んじゃったりして? ダサ。今世紀最大級のダサさに恥ずかしさが有頂天じゃん。
「いえ、死んでないけど」
「なーんだ、安心。……じゃあなんでここにいんのよ!?」
「そこはほらあ~、招待? みたいな~。 心配しなくても大丈夫よお~。今回は死なずに玄関から入ってきたから」
「玄関?」
「それでね~」
「玄関?」
この謎空間に玄関って何? そうなるとここは居間か客間か。いいえ、仕事場? 自宅は1LDKの一人暮らし向けアパートとか? 生活力皆無っぽいし、コンビニのお弁当食べながらMYUTUBEで猫の動画見てそう。
「もお、聞いてる~?」
「え、あ、ごめんなさ――じゃなくて! ハイリッヒは!? あいつはどうなったの!?」
なにせ前回は私の命をかけて相打ちに持ち込んだと思ったのに、地縛霊化して生きていた男よ。世間話の前にちゃんと倒せたかを教えてほしいわ。
「ハインリッヒ・フォーダーフェルトの魂は、完全に消滅しました」
「本当? ほんとに本当?」
「はい。レイナ・レンドーン、汝の見せた命の輝き、想いの強さがかの者を討ち破ったのです」
「ハインリッヒも転生とかするの?」
「いいえ。かの者の魂は自ら行った過ちにより消滅しました。転生するということはありえません」
なるほど。自業自得ですわね。罪を犯すと畜生道に堕ちると言うけれど、あそこまでド派手にやらかすとそれもなしか。天網恢恢。因果応報。同情の余地なしだわ。
「で、みんなは? 今どうしているの?」
「みんな無事よ~。あれからすぐに捩じれた巨塔は崩壊したけれど、あなたのお友達たちはそれより前に脱出に成功したわ~。ハインリッヒの消滅と共にゾンビ兵の動きは止まって洗脳されていた人々も元に戻ったし問題な~し!」
シュルツが手を振るい、空中に作り出したビジョンにみんなの姿が映る。塔から脱出したディランたち。お父様、お母様。それにクラリス。激戦を繰り広げていたルイにルビー。他のみんなもちゃんと無事みたいだ。
「はあ~、良かった! これで一安心ね!」
「うんうん。良かったわ~」
「で、話は戻るんだけれど、なんで私はここにいんの?」
私は死んでない。ハインリッヒも無事に倒した。となると私がここにいる理由はない。ミジンコほどもない。
「だから言ったでしょお~、招待したって。ひと段落したし、世間話でもどうかなあ~って」
「えー」
「えーって言わないでよもお~! それにお礼も言おうと思ってね~」
「お礼?」
「そうお礼。コホン。……ありがとうレイナ。あなたのおかげで私は――いえ世界は救われました。改めてお礼を言います。本当にありがとう」
そう言ったシュルツの口調は、おとぼけモードの威厳のない口調でもなく、女神モードの真面目口調でもなかった。けれどそれが心の底からのお礼だという事は、なぜかすんなり理解できた。
「ふーん、あんたにそんな殊勝な精神があったとは驚きだわ」
「なによお~! こっちが真面目に喋っていたら~!」
「ウヒヒ、そっちの方があんたらしいわよ」
「あはは、それもそうねえ~」
いや、開き直るな。
「そうだ! ライザって北海道出身の転生者な上に、死に戻り――因果改変とかいう謎スキル持ちだったじゃない!」
「あー、あれは……。そんな因果改変とか持つ奴を、補足しろっていう方が無理って言うかあ~」
そう言えば前にもこいつ、「世界とは金魚が沢山入った金魚鉢みたいなもの」って言っていたわね。そういう金魚鉢を無数に管理しているし、鉢が割れたり大量死していたらさすがに異変に気がつくけれど、一匹一匹の管理なんて無理みたいな。
「私が聞きたいのはなんでライザがあんなチートスキル持っているかってことなのよ。あんたか他の女神様が与えたの?」
「いやいや、それは違うわ~。魂が世界を超えるとね、稀に記憶を引き継ぐことがあるの~。それが転生。そしてそういう特異な魂には特異な能力がある。それがそういった能力なの~。レイナのは私が意図的にしたことだけどねえ~」
「なるほどねー。つまりたまたま転生者がいてたまたま厄介な能力を持っていたと」
「そうそう」
この必死な説明ぶり、嘘は言っていないようね。まあ最後はライザの能力に救われましたし、信じてあげましょうか。
「どうも最近転移者や転生者が多いのよね~。どっかの世界で大量に勇者召喚でもして
滅茶苦茶か。というかなにその水道トラブルみたいな扱い。勇者のバーゲンセールかな?
「私たち女神は、それぞれ救済の形を持っているわ~。水の女神エリアは恵みの水を与えて、火の女神フリトは際限の無い闘争を起こすことで、地の女神ティタは利を生み出すことで、光の女神ルミナは自分を崇拝させることで、闇の女神ルノワは虐げられし者を支援することで世界を救済するのよお~」
「へぇーじゃああんたは?」
「私は風の女神。基本的に風の向くまま。悪い風が吹きそうなら、ちょこちょこ調整して良い風を吹かす。それが私の救済ね~」
放任主義かとツッコミたくなるけれど、このおとぼけ女神が適当なように見えて私と同じく四苦八苦していたのを私は知っている。なんだかんだそこら辺の信頼関係は築いているのよ。
「でも何はともあれ、世界番号E-19830205――レイナの言うところのマギキン世界はこれで一先ずの安寧を得たわ~」
「一先ず……。まあ一先ずでしょうね。良からぬ考えを持つ輩はいると思うわ」
ハインリッヒみたいな転生者だけじゃない。ブルーノやレオーノヴァみたいな現地人も大暴れした。敵を倒して世界に平和が訪れましたちゃんちゃんというのは、物語だけの話よね。
「でも、あなたがいる限り好きにはさせない。そうでしょ、レイナ?」
「あったり前よ! この“紅蓮の公爵令嬢”レイナ・レンドーンがいる限り、私の大好きな世界で好き勝手させませんわ! オーホッホッホッ!」
シュルツに言われるからじゃない。私は私の意志で、心の底から私の大好きなあの世界を護りたい。だから高らかに笑う。これは世界を脅かす者に対する宣戦布告と勝利宣言よ。
「さてと、みんな心配しているでしょうし、帰りましょうかね」
「わかったわ~。ところで帰ったらどうするの? またデッドエンド回避でアリシア・アップトンの恋愛調査?」
「いいえ、もうそれはいいわ。アリシアにはアリシアの人生がある。人の恋路をどうこうしようなんて、おこがましい行いなのよ」
ファンディスクの追加キャラだって、世界の歪みで女体化したっぽいヘルフリートならぬヒルダを筆頭に、私の従弟のルイに、サリアの兄シルヴェスターさんと、どう考えたって私の生き死にと関係なさそうだ。
アリシアが私の知らないところでシルヴェスターさんと仲良かったみたいに、アリシアはアリシアの人生を歩んでいるのよ。それをどうこう口出しする必要はないわ。案外全然関係ない人といつの間にか結ばれているのかもしれない。
「じゃあどうするの~?」
「決まっているわ。人生を楽しむのよ!」
まだエンゼリアでの学園生活は残っている。そしてその後の人生もたっぷりとあるわ。それを楽しまずにどうするのよ。それに……ウヒヒ、ディラン達四人とのロマンスの予感がしますしね。
「じゃあねシュルツ、あんたの神殿、立派な奴をレンドーン公爵領に築いてあげるわ。たまにイケメンの何かをお供えしてあげるわよ」
「やった~! 話わかるう~!」
「というわけで失礼して、神級魔法《紅蓮――」
「――ちょっと待ったあああっ!!!」
真っ青な顔で止めに入るシュルツ。一体何の用かしら?
「壁に穴を開けるなって言ったでしょお~! ちゃんと送り返してあげるわよ!」
「あ、そう。それならよろしく頼むわ」
シュルツが何やら呪文を唱え私の足元に魔法陣が出現すると、パーッと足先から私の身体が光始めた。
「はいそれじゃあ。コホン。レイナ、私にとって人の子の命は一瞬。けれどあなたとの出会いに感謝するわあ~」
「ど、どうしたのよ急に?」
「素直な気持ちよお~」
「恥ずかしい奴ね。けれどまあ私もあんたのことを……うーん、戦友だと思っているわ」
一緒にハインリッヒぶちのめして世界を救った仲だしね。
「戦友……それいいわね。じゃあね、人の子の戦友レイナ。良き人生を」
「わかったわ女神の戦友シュルツ。あんたも過労死には気をつけなさい。社畜先輩からの忠告よ」
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