第295話
「討伐だと? 何様のつもりだ! 《リューゲドゥンケルハイト》!」
「主人公様だっつってんでしょうが! そしてそんな攻撃、もうとっくに見切っているわ! 護れ《炎の壁》よ!」
片手を床につき、紅蓮の炎を出現させる。ハインリッヒが放つ漆黒の光が、炎の壁へと当たりはじけ飛ぶ。もちろんダメージはない。
『やるう~』
「当然よ。こんな面白みもない光るだけの攻撃、中二病爆発させた名前以外は怖くないわ!」
えーっと、虚構の闇とかそういう意味かしらね? ここまで猛威を振るっていた自分の攻撃をあっさりと防がれたハインリッヒは、動揺を隠せずに一歩後ずさる。というか脚兼腕が沢山あり過ぎて、一歩かわからないんですけど。
「今まで好き勝手やってくれたお礼、
左手に構えたのはエイミーの〈ブリーズホーク〉が変化した巨大な砲だ。その砲に溢れんばかりの魔力が満ち満ちて、《紅蓮の太陽砲》よりもさらに数段上のビームが走る。
「ぐおっ!? なんだこの威力は!?」
「あんたが馬鹿にした友情パワー的な青春のエナジーよ! たっぷり食らいなさい!」
放たれたビームは揺らめく程に大気を焦がして一直線。〈ハインリッヒエアガイツ〉の腕を数本吹き飛ばして、そのどてっ腹に風穴をあける。やっぱり火力こそが私の信じれるものよ。火力信仰バンザイ! ビームぶっ放すの気持ち良いですわ。
え? ビーム嫌いじゃなかったって? 自分が撃つのは良いのよ。ごめんあそばせ、悪役令嬢ではなく主人公を名乗ってもワガママ令嬢なことには変わりませんから。
「ハインリッヒ、あんたの
「敗因? 既に勝ったつもりか!」
「ええ、だってあんた“好き”を捨てているんですもの」
「“好き”……だと……?」
「そうよ。さっきからぶっ放している謎魔法は何? 本来のあんたならロケットパンチにビーム、それか装飾過多な剣で必殺技叫んでいたわ。それを味気ないビュンと飛ばす魔法もどきなんて、あんたの言葉を借りれば浪漫ってものがないのよ!」
本来のハインリッヒはこじらせロボオタだ。かつての決戦では、ロケットパンチに目からビームと、見た目も戦い方も前世のロボットアニメの影響をバリバリ感じたわ。
「“好き”を感じたのはせいぜい三体合体したところまでね。他人の合体は邪魔するし、魔導機が勝手に動きだしたのを『人形』扱いはあんまりじゃなくて? こじらせロボオタのあんたなら勝負そっちのけで喜んでいるはずよ」
「何が言いたいのだ貴様は!?」
「おわかり? ロボオタな“好き”があったあんたの野望はまだ理解できたわよ。人間味があったと言っても良いわ。けれど今のあんたはそれすらない。ただの欲望。肥大し過ぎたエゴ。自分の“好き”すら捨て去ったあんたは、もはや単なるやられ役の魔王!」
ハインリッヒはもはや人間じゃない。それは神の力を得ているという意味じゃなくて、こだわりという名のアイデンティティを捨て去った一種の自己放棄。そんな存在物語の上ではただのやられ役。もう怖くはないわ。
「ほざくなあああっ!」
激高したハインリッヒの無数の腕が迫る。でも――。
「ほうらまた、安直なセリフに安直な攻撃ですこと。《ゴッデス
リオの〈ブレイブホーク〉が変化した大剣を振るい、せまる触腕をばっさばっさと斬り捨てる。何度も言うけれど、がんばって授業を受けている私の剣術を舐めてもらっちゃ困るわ!
「でやあああっ!!!」
そのまま加速して接近し、一閃。袈裟懸けに斬りつけ、〈ハインリッヒエアガイツ〉の半身を奪う。舞い散るヘドロのような血液じみたもの。でもまだだ。まだハインリッヒは倒れていない。
「何故だ……!? 何故神の力を得た私が!? なんだこの力は!?」
「だから青春友情パワーだって言ってるでしょ!
もはや形を失った、ドロドロのヘドロの塊みたいな〈ハインリッヒエアガイツ〉を思いっきり蹴っ飛ばす。
「だってそうでしょ? いろいろなイベントを経て友情や恋愛を経験した人間に、一人でシコシコやっていた人間が勝てるもんですか。経験値の差よ」
『うわーお、辛辣ぅ~』
「事実でしょ。そんな経験値稼ぎをめんどくさがって、降って湧いた力で最強を気どっても脆いものだわ」
ま、前世の私のとってもお耳の痛い話ですけどね。けれど前世の私はハインリッヒと違って、少なくとも必死に生きていた。周りの人間を見下して、自分が理解されない評価されないのは周囲が愚かなせいだと拗ねたりしなかった。
「はあ、はあ……、ならばレイナ、貴様は……! この世界を楽しみ、青春を過ごしたとでもいうのか……!? 魔導機の溢れるこの世界に、あれほどまで文句を垂れていた貴様が……!」
「ええそうよ。このハチャメチャな世界でも私は青春を謳歌したわ。イケメン四人に迫られて、誰が私を非リアと罵れるもんですか!」
「このビッチが!」
「あーら、私はいたずらに身体を重ねているのではなく、恋愛をしているのよ? 男女の心のあれこれを肉体関係でしか判断できませんの? それ恋心ではなくて性欲でしてよ。それとも彼氏がいたらビッチ? あんたそれ自分の母親に向かって言ってみなさいな!」
あーやだやだ。恋愛なんて特別なことじゃなくてみんな当たり前にしている事なのに、自分がまともな恋愛を経験したことないからって特別視して罵声を浴びせる。どうやら三十人も奥さんがいても、愛情を育てるということはしなかったみたいね。だからヒルダも反抗期真っ盛り。
「終わらせてやる! 貴様も! 女神も! この世界も! いいや、またがる平行世界の全てを終わらせ、ゼロから私の理想郷を築き上げる!」
「終わらせなんかさせませんわよハインリッヒ! シュルツ!」
私は振り返り、後部操縦席に座るシュルツへと呼びかける。祈るように両手を組み、瞳を閉じていた彼女はカッと目を見開き、おだやかな春の風のように言葉を紡ぐ。
『ハインリッヒ・フォーダーフェルト――いえ、前田ヘンリー慶太。多次元を巻き込む暴虐の嵐を巻き起こした汝を、神々は許しません。いえ、神々の前にこの世界の全てが許さないでしょう。彷徨える堕ちた魂を、いま救済いたします』
もはや問答は済んだわ。こっからハインリッヒにも悲しい過去……みたいなのされてもあれだし、私は一切興味ないし聞く気はない。
「救済だと? やはり傲慢だな神め。忘れたか? 今の私は貴様と同格。そう易々と滅されるものかよ!」
ハインリッヒは叫び、その無数の手を掲げ巨大なエネルギー球をつくりだしている。あいつの心そのものの様な、ドス黒いエネルギー球だ。
「もう間に合わんぞ! この塔に残る全ての魔力エネルギーを注ぎ込んだ。この一撃で貴様らごと歯向かう虫けらどもを一掃してやる! あの時の様に時間停止も無駄だ、この私をもはや誰も止められはしない!」
「あんたを消し飛ばすのに時間停止なんて必要ないわ! 必要なのはそう、私の“好き”って感情よ。この世界を愛する、特大の“好き”って感情!」
ハインリッヒの一撃が、今まさに放たれようとしている。私は全神経を集中させて魔力を高める。
――魔力だけじゃない。家族に対する想い。ここまで支えてくれたエイミーとリオに対する想い。良い友人になってくれたアリシアに対する想い。そして、ディラン、ルーク、ライナス、パトリックに対する想い。みんなみんなに対する想いよ。
思い出すのは前世の記憶。私がマギキンを購入して、初めてプレイした時の記憶だ。あの時あの瞬間出会ったんだ。この素晴らしい世界に――。
「全て終われよ! 《
ハインリッヒのドス暗い感情が迫る。あれが世界を貫けば、きっと世界は終わってしまう。私はこの素晴らしい世界を終わらせたくない。むしろ今から始めるのよ!
『レイナ・レンドーン、汝に女神の祝福を――いいえ、やっちゃえレイナ!』
「もちろんよ! 私は私の“好き”を貫き通す!」
全ての魔力と全ての想いを結集する。思い描くのはドリルだ。この暗黒を貫いて、自分の“好き”を押し通すため、私の髪型の様な立派なドリルだ。
「気迫直感直撃魂そして愛! お嬢様のドリルに貫けぬものなし! 《
〈ゴッデスブレイズホーク〉そのものが、私自身が、巨大なドリルそのものとなって闇の奔流に
「受けなさいハインリッヒ、そして思い知りなさい! これが“紅蓮の公爵令嬢”レイナ・レンドーンの、“好き”を貫き通す力だああああああっ!!!」
紅蓮の公爵令嬢 第295話
『私はそれを恋と呼ぶ』
突き抜けるような衝動、抑えきれない情熱、身体の内側から燃え盛る様な興奮。そして何より、”好き”だということを貫き通す無限の力。他の人がそれをどう呼ぶか知らないけれど、私はそれを恋と呼ぶ。
世界はみんなだ。みんなが世界だ。そしてそれを愛する私自身も世界の一部だ。そんな世界が欲望の暗闇に覆われるのなんて我慢できないできっこない。
この世界に転生した時よりもずっとこの世界を好きになった。沢山の愛を知った。そして恋心を抱き抱かれた。人を想う力――愛が世界を創り上げるんだ。それはきっと時に魔法とも呼ばれ、必然の奇跡を起こす。
そして世界を覆わんとした漆黒の欲望は、愛の紅蓮の炎に照らされた――。
☆☆☆☆☆
幾十年の月日を経てなお、あの戦争の最終局面のことはよくわかっていない。一つだけ正確に言えるのは、“紅蓮の公爵令嬢”レイナ・レンドーンが、魔王ハインリッヒ・フォーダーフェルトを討滅したということだけだ。
グッドウィン王国の内戦、アスレス王都アラメの炎上、それに続くアスレス王国での反乱、バルシア帝国のドルドゲルス王国侵攻など、巻き起こった争乱の影で蠢いていた野望はここに一応の終局を迎えたのである。
エリオット・エプラー著「あの争乱の裏にいた魔物、その正体」より抜粋――。
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