第294話

「女神ごと消し飛ばしてくれる! 《リューゲドゥンケルハイト》!」

「《獄炎火球》十連!」


 漆黒の輝きを発する〈ハインリッヒエアガイツ〉に、私は《獄炎火球》を十連発叩き込む。気力は満ち満ちている。もう私は止まらないし止められない。超級魔法だって何発でも撃てる!


「ぬおっ!? ぬおおおっ!」


 一発目と二発目でハインリッヒの魔法を相殺。続く三発目から六発目で足元を崩し、残る四発は顔面にクリーンヒットよ!


「レイナ、ライザは救出しました!」


 声が聞こえた方を見れば、ディランがライザをお姫様抱っこしていた。ルークやライナスは汗をぬぐっている。きっと私の意図を察して救助してくれたのね。話が早くて助かるわ。


「ここは私が抑えますわ。ディランたちは早く避難を。この塔もどれくらいもつかわかりません」


 この捩じれた巨塔も激しい戦闘の余波で、あちこちガタが来ているみたい。崩壊の危険は大きいし、何より生身のみんなを護りながら戦うのは難しいわ。


「……わかりました。どうか必ず、ご無事で。祝勝会の料理は王国の――いえ世界の贅を集めさせます」

「ウヒヒ、楽しみにしておきますわ」


 せっかくですしタワーのようなパンケーキとか、チョコレートのプールみたいな令嬢感満載な贅沢をしてみたい。思えば自重し過ぎてそんな事したことなかった。


「レイナ様、私も共に!」

「いいえアリシア、あなたも皆と一緒に逃げなさい」

「でも――」

「でももつっぱったもないわ。行きなさい」

「レイナ様……」

「大丈夫、そんな顔をしないで。だって私は――」

「“紅蓮の公爵令嬢”だから。ですよね、レイナ様?」

「そうですわ。だからアリシアは逃げて。皆をお願いします」

「……わかりました! ご武運を!」


 階下へと続く通路には、いつの間にかわらわらとゾンビ兵が蠢いている。ヒルダに肩を貸し駆けていくアリシア。ルークが魔法で道を造り、ライナスとパトリックが護衛につく。エイミーやリオは何度も振り返って「どうか無事で」と表情で訴えてくる。


 みんな良いお友達だ。私にはもったいないくらいの。画面を挟んで接している時は想像もしなかった。私は今、ここにいる。マギキンの世界で生きている。


「ぐぬぬっ、おのれえっ!」

「あらハインリッヒ、まだ生きていましたの?」

「この程度の魔法で、この私が死ぬものかよ!」


 まったくしつこい男。喋りに余裕がなくなっているあたり、追い詰めているのは確か。でも言っていることは道理ね。力は満ち溢れているけれど、あいつを完全消滅させるには火力が足りない。


「シュルツ、なんとかしなさい」

『神様の力は借りないんじゃなかったの~?』

「ここにいる以上は猫の手だって借りるわよ」

『ま、ちゃんと準備しているわよ~。カモン!』


 おとぼけ女神はそう言って指を鳴らした。次の瞬間、私の上に大きな影ができた。


「これは……〈ゴッデスシュルツ号〉!?」


 お父様達が乗り込み、撃墜されたはずの航空艦〈ゴッデスシュルツ号〉だ。それが今、私たちの前に、完全な形で姿を現した。


『さあやるわよ~』

「やるって何を?」

『決まってるじゃな~い。合体よ~』

「できるの?」

『できるかどうかじゃないわ~、やるのよ~。それにこれの設計ヒントを天啓で与えたのは誰だと思って~?』

「腹黒女神、こうなることも予想していましたの?」

『備えあれば憂いなしってやつよお~』


 自分が消滅することに保険をかけて、自分が復活することも計算に入れていたと。案外抜け目のない女神様ですこと。


「合体などさせるものかよ!」


 簡単に見逃してくれないのか、合体を阻止しようとするハインリッヒの何本もの腕が迫る。こちらは完全に無防備だ。もし一撃を受ければそれで終わり。けれど――。


「なんだこいつら!? 何故!?」

「あれは……!」


 〈ブリザードファルコン〉が、〈ストームロビン〉が、〈ブライトスワロー〉が、〈ロックピーコック〉が、〈ミラージュレイヴン〉が、〈ブレイブホーク〉が、〈ブリーズホーク〉が、そして〈レーヴェルガー〉が迫る黒い腕を受け止める。


「どうして……? 無人のはずなのに?」

『あなたに友人たちの平和にかける想いが、あばたを護りたいという心が、つもり重なってあれらを動かしているのです。想いが込められてきた道具が、やがて心を持つ。それは時に神とも呼ばれる』

付喪神つくもがみ……」

『そう。あれはあなた達と共に戦ってきた魔導機たちに生まれた心。必然が生んだ奇跡。さあ、今の内ですレイナ・レンドーン!』

「わかったわ。合体開始!」


 虹色の風が巻き起こる。その中で〈ゴッデスシュルツ号〉が展開し、中心部に〈ブレイブホーク〉が格納されていく。


「ええいっ! 邪魔だ、この人形どもめ!」


 眼下ではボロボロの魔導機が、懸命にハインリッヒを押しとどめている。もう何度目かわからない。みんなの想いが、願いが、愛が、私たちの逆転勝利に向けての道を創る。


「よし、直感鉄壁ド根性でいくわよシュルツ!」

『合点承知の助~』


 こうなったらもう偉大は超えた。相手が神を僭称するのなら、こっちはちょっと見た目と性格と口調と態度が怪しいけれど、本家本元の女神が乗っている。だから――。


「『超女神合体! 〈ゴッデスブレイズホーク〉!!!』」


 ボディは紅に染まり、〈グレートブレイズホーク〉を超えた巨神が誕生した。見た目を言うなら紅き騎士。〈ブレイズホーク〉をそのまま巨大にし、そのうえで風格を兼ね備えたようなそんな騎士。力が溢れるなんてものじゃないわ、これが女神の力……!


「ちょっとシュルツ、この子手ぶらなんですけど。何か武器とかないわけ?」

『それならご安心よ~、ほら』


 シュルツがそう言うと、視界の先で〈ブレイブホーク〉と〈ブリーズホーク〉が光り輝いた。光球となって飛来したそれらは、〈ブレイブホーク〉は剣となって右手に、〈ブリーズホーク〉は砲となって左手に装着された。


「これは、エイミーとリオの想い……」

『その通りですレイナ。あなたと友誼を築き上げた二人の想いが、あなた自身を支えるのです』


 エイミー、リオ。マギキンでの二人はただの取り巻きだった。けれどこの世界の二人は私の大切な親友だ。辛い時も、苦しい時も支えてくれた大切なお友達。


 思えば私が初めて魔導機に乗った時も二人の助けがあった。その二人が今また、リオの闘志が魔を斬り伏せる剣に、エイミーの情熱が闇を駆ける砲となって、この最終局面で私を支えてくれている。


「なぜだ……なぜそこまで私の邪魔をする……! 貴様がを名乗るからか!?」


 ハインリッヒは間に入っていた魔導機たちを散々に破壊しつくして、無数の腕をわしゃわしゃとさせながら私に問いかける。


「いいえ、違うわ。

「なんだと!? ならレイナ、貴様は何者だというのだ!」

「私が何者か……? それは、よ!」

「主人公……だと……?」



 紅蓮の公爵令嬢 第294話


  『この私こそが主人公』



「気でも狂ったか!」

「いいえ、そんなこと断じてありませんわ。だって考えてもみなさい。私って転生してこの方、大概数奇な運命をたどってその運命を撃ち破って来ているのよ? それに素敵な彼氏候補が四人もいるし、お友達だって沢山。おまけに“紅蓮の公爵令嬢”なんて異名もついてライバルたちが立ちふさがるなんて、これが主人公じゃなくてなんなんですの?」


 はっきり言ってイベント過多だ。ブラックストーリーも大概にしてほしい。私だって何かするたびにすげーすげー言われる私SUGEE系が良かった。そもそも当初の希望はスローライフでしたし。


 マヨネーズ作ったら王様に褒められるみたいなクソゆるい世界観が良かった。思い出してみて、私ってルークとのお料理対決で毎日のように何品作った? レシピも有限なのよ?


 前世知識で便利アイテム作って、大儲けできるようなクソゆるい世界観が良かった。いや、普通前世の身近な物の造りとか覚えてなくない? というか私、魔導機の仕組みも未だにちゃんと理解してないわよ?


 戦いとか無縁で、婚約破棄かまされたので自由に生きますみたいなクソゆるい世界観が良かった。あんなロイヤルニートやってます、でもなぜかモテますくらいドーンと構えていたかった。立場には責任が伴うのよ?


 私はそんなもんじゃない壁を大概乗り越えてきている。だから自信をもって言える。私は主人公ヒロインだ。


「積み重ねてきた思い出が、つむいできた物語が、この私を主人公だと言っている! 覚悟しなさいハインリッヒ! あんたはこの私の物語の単なるやられ役! 今から始まるのは英雄譚。この“紅蓮の公爵令嬢”レイナ・レンドーンが、必ずあんたを討伐してみせますわ! オーホッホッホッ!」


 〈ゴッデスブレイズホーク〉の背中に燃える炎のマントがきらめく。リオの意志たる剣は光り輝き、エイミーの想いたる砲は敵を狙う。さあ、アゲアゲでいきましょうか!

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