ハンドメイド

Mondyon Nohant 紋屋ノアン

 

 私が勤める警察署の管内かんないめずらしい事件があった。拳銃強盗である。宝石店に拳銃をもった男が押し入り天井に向けていきなり発砲した。犯人は「動くな!」と言おうとしたが、「うご」あたりで、武器を鉄製だと判断した警備ロボットの磁気吸着機によってあっという間に拳銃を取り上げられ強盗は未遂みすいに終わった。この事件が何故なぜ珍しかったかと言うと、そもそも拳銃強盗なんて犯罪がこの十年間発生していないうえに、使われた拳銃が古典的拳銃、つまり弾薬をつかって弾を発射する火器で、しかもその拳銃が犯人の手製てせいだったからだ。銃身じゅうしん銃床じゅうしょうはもちろん、弾丸も薬きょうも、弾薬さえ手づくりだった。弾薬に使う硝石しょうせき古民家こみんか床下ゆかしたの土から造ったという。

 AIを搭載とうさいした安価で高性能な3Dプリンターが出回でまわっていて、古典的な拳銃を造るくらい技術的には簡単なのだが、武器を造ろうとした時点でプリンターに搭載されているAIが当局に通報する。

 犯人は工作機械を一切使わずに造ったのだという。「せっかく造ったので使ってみたかった」というのが動機だった。製作時間はどのくらいだったのか、どの程度の精度なのか、犯人は何処で製作技術を学んだのか……事件そっちのけでメディアが報道したのは手製拳銃とその製作者としての犯人のプロフィールだけだった。美術工芸品並みの仕上がりだったので、この拳銃の実物展示公開を希望する人の数は十万人を超えた。

 現在、新式銃器にも古典的銃器にも取りはずし不可能な発振器が埋め込まれていて、それらの所在を当局は常に把握している。また、登録者以外の人間が触っただけでロックがかかり機能しなくなるので銃器を犯罪に使うのは不可能に近い。ちなみに我々警察官などが携行けいこうする新式銃はプラズマ球を発射する仕組みのもので、せいぜい犯人を気絶させるくらいの威力いりょくしかない。

 昔から人は「手づくり」という言葉に特別な想いをもっている、と私の父は言う。

手編てあみのマフラーをもらったんだ。うれしくてさ。思わずプロポーズしてしまった」

 父は、母に求婚した理由が手編みのマフラーだったという話を遠い目をして語った。

 その話は母からも聞いている。

「本当は、ちょっとインチキしたんだけどね」

 その話は父には絶対内緒だと母に口止めされた。

「今は手づくり全盛ぜんせいだな。同じ手編みのマフラーでも、今は毛糸まで自分でつくるというじゃないか」

 それどころか、毛糸のマフラーを編むために羊を育てるところから始める人もいる。

 料理屋で魚料理を注文したが遅いので文句を言うと、今釣りに行っているのでもう少し待ってくれと店主が言った。そんな冗談があったが、今では冗談ともいえない。現在、店主が自分で釣った魚を料理して出す店は無数にある。

 ものづくりの世界だけではない。オリンピックの他にもう一つの世界的競技会がある。ナチュラルオリンピックと呼ばれるこの競技会は、トレーニングマシンを一切使わない手づくりトレーニングをした選手のみが参加できる競技会だ。参加者は生まれてから一度もトレーニングマシンを使わずロボットコーチの世話にもなっていないという証明書を委員会に提出しなければならない。百メートルを十秒台で走るナチュラルオリンピックの選手は、百メートルを八秒台で走るオリンピック選手より人気がある。

 手づくりブームの発端ほったんは十五年前の政策コンサルAIによる警告だった。

 AIやロボットに仕事を奪われるという不安は以前からあった。工場から人影が消え、自動受付・自動配送の通販つうはんが一般的になってモノを売る店がほとんど無くなり、人のほとんどが「専業消費者」になり始めた頃にはこの不安はピークに達した。職を失ったとき生活はどうなるのか。当局はその不安の解消を政策コンサルAIに頼んだ。

 政策コンサルAIは、先ずほとんどの仕事をAIやロボットがするようになった場合のシミュレーションを行い、それを映像化して人々に見せた。

 エネルギー資源の開発も食料や生活用品の生産も建築も全てロボットが行うので、食べ物にも着る物にも住むところにもコストがかからない。医療も同じだ。診断も簡単な治療も自宅でAIが無料で行うし、個々の症例しょうれい特化とっかした薬をAIが処方しほとんどの病気を治す。外科手術も極めて高性能の医療ロボットが行う。「私、失敗しないので」と、医療ロボットがシミュレーション映像の中で言っていた。医療ロボットは「私、給料も要らないので」とも言っている。医療費もタダ同然というわけだ。全く仕事をしなくても国が支給するベーシックインカムだけで、健康で文化的な生活を維持できるようになる。

「みんなが遊んで暮らせる世の中になるでしょう」とAIは先ず言った。「でも、本当にそれでいいのでしょうか」とAIはナレーションを続けた。

 AIは次に古い映像を人々に見せた。資源成金と云われた国が資源が枯渇こかつした後どうなったかというドキュメンタリーである。資源を輸出して得たありあまるほどの金をその国は国民にばらいた。税金は無し。教育も医療も無料。結婚する男女には国が住宅をプレゼントした。国が支給する様々な手当てあてだけで全く働かなくても毎日高級レストランで食事ができる。仕事をしなくても贅沢ぜいたくな生活ができるので、国民は労働の本当の意義をわすれた。若者は学校に行かず将来のために学ぶことをしない。建築や医療の現場では外国人しか働いていない。国の収入源である資源の採掘さいくつをするのもレストランで伝統料理をつくるのも外国人だ。耐久消費財から食料、雑貨まで全てのモノが輸入品。国民は自分では何もしないお殿様状態だった。ついに資源が枯渇し国は収入源を失った。国は観光産業にシフトしようとしたが、文化遺産や自然遺産といった観光資源を維持する知識も技術もない。民族舞踊みんぞくぶようを踊れるダンサーもいないし伝統料理を作るシェフもいない。そもそも人のために働いたことのない国民がオモテナシなどできるわけがない。外国に出稼ぎに行こうとした者もいたが、手に職もなくなまけ癖のついた人間を雇ってくれる国などなかった。人が仕事も学びもしなくなった結果、社会は荒廃こうはいし文化は消滅した。そんな残念な先例を政策コンサルAIは人々に見せ警告を発したのだ。

「それじゃどうすればいいのよ」と質問する人々に対し、AIは次のように答えた。

「人間が獲得した知識や技術は人間によって踏襲とうしゅうされなければいけません。先人の知恵を学び次代じだいにつなぐ義務を人に課すことが必要です。そのために、あらゆる仕事の十パーセント以上に人が関わり、その仕事は電子制御された機器を使用せずに行う。以上の法制化ほうせいかを提案します」

 どんな仕事でもその一割以上を人間にさせ、しかも人間は古典的な機械や道具を使ってモノを作ったりサービスを提供しなければならない。そんな法律をつくれとAIは提案したのだ。例えば、レストランでウェイターが十人必要な場合、九人まではロボットで代用できるが、少なくとも一人は人間でなくてはいけない。しかも彼は注文をPDT(ポータブルデータターミナル)ではなくメモと鉛筆でとらなければいけない。例えば、車の部品の十パーセントは、人が旋盤せんばんやフライス盤を手動で操作してつくらなければいけない。これには、企業、特に製造業は大反対した。製造の過程で十パーセントも人が関わったら製品の質も生産速度も十パーセント以上落ちるし、人件費によるコストパフォーマンスの低下はそれ以上だ。手づくり率十パーセントの車などこわくて乗れないし、だいいちCAMを使わずに車の部品をつくれるような腕のいい職人などいない。しかし、「せっかくモノを作っても誰が買うのでしょうか? 購買力の無い無職の消費者には買えませんし、税収がないために予算が組めない公共機関にも売れません。どうします?」とAIは説得し、企業は納得した。

 議会は「あらゆる事業への人間関与法」、通称「手づくり法」を可決した。

 政策コンサルAIの提案は正解だった。

 現在、農産物の九十パーセントは屋内で栽培されている。室温や照明はAIが管理し収穫もロボットが行う。天候の影響を受けず、病気や害虫に気をつかう必要もない。都市近郊きんこうで栽培できるので流通コストもかからない。ただ農園ビルの屋上には必ず古典的な畑や水田があって、そこではロボットではなく人間が働いている。農業に興味をもつ若者は意外に多く屋上農園は彼らには人気の職場だ。彼らが悪天候や害虫と闘いながら勘と経験で作った作物は工業生産された野菜や果物より美味しいと評判で、かなりの高額で取引されている。採算がとれないどころか企業の収益しゅうえきに充分貢献こうけんしていて、農園の経営者は人手不足に悩んでいるほどだ。

 製造業も同様だ。ロボットが大量生産した製品の方がはるかに高精度で高性能なのに何故かそれらは安物と呼ばれ(確かに安価である)経済的余裕のある人々は多少不細工でも製作者のサインが入った高額の手作り製品を欲しがるのだ。ただ手づくり法が施行されてから五年も経たないうちに手づくり製品の精度はロボットが作った製品の精度にかなり近づいた。モノづくりにるのは人間の本性らしい。

 命にかかわる仕事、例えば医療の現場でのAIやロボットへの依存度いぞんどは高い。ただし、人間の医師は様々な方法で医療に関与かんよする。例えば、医療ロボットがある手術を行った後、人間の外科医はそれと全く同じ手術を疑似ぎじ人体を使って行わなければならない。

 自動操縦の航空機も自動運転の自動車もライセンスをもった人間が操縦桿やハンドルの前に座らなければ動かないが、これは昔から変わらない。ただ、ライセンスを取る際、パイロットはパラグライダーの操縦から学び始めるし、自動車学校のカリキュラムには内燃機関で走るゴーカートの組み立てと運転訓練が含まれている。

 人には手作業を好む本能がある。機械文明の発達によって長い間おさえられていたその本能がよみがえったのではないかと、学者たちは語った。

 警察官は犯罪者を傷つける可能性が高い職業なので、基本的に人の仕事とされている。ロボット三原則の縛りによって人間を傷つけないようにプログラムされたロボットにはできない仕事なのだ。世界中の捜査支援ネットワークとつながったAIが事件のほとんどをあっという間に解決してしまうが、容疑者を特定する際の裏付うらづけ捜査をしたり犯人を逮捕しに出向でむくのは私たちヒューマンコップの役目だ。私が所属する捜査二課は、経済犯罪や詐欺さぎなど情報と関わる犯罪を担当する部署なので捜査への人間関与率は警察組織の中では比較的低いが、それでも課内のヒューマンコップの数は全捜査員の三分の二を超えている。

早急さっきゅうに容疑者の逮捕に向え」との命令が私に下った。

 弁護士と共に出頭して来るはずだった詐欺事件の容疑者が逃亡したらしい。逃亡先は既にAIが特定している。

「行くぞ」と私は相棒に声をかけた。

「了解しました。ヒトナナマルマル時、出動します。この出動の目的は容疑者の逮捕です」

 と相棒は事務的に言った。

「そんなこと、いちいち言わなくていいよ」

「お言葉ですが、出動時間の確認と記録は…」

「わかった。ヒトナナマルマル時の出動を俺は確認した」

「ありがとうございます」

 何時もこの調子だ。私の相棒は優秀だが融通ゆうずうかない。私の相棒は最新型のヒト型ロボットである。ヒト型と言っても見た目は大昔の映画に出て来るロボコップそのもの。身長二メートルの金属製のゴツい身体をしている。如何いかにも強そうだが、人を傷つけないようにプログラムされているので武器は使えないし犯人逮捕時の格闘も出来ない。ただし、人質や人間の捜査員などに危害きがいが及びそうな場合は犯人に対し「医学的救助」を行うことがある。即効性そっこうせいの強力な精神安定剤を「投与とうよ」し精神的に苦しんでいるであろう犯人を「救う」のだ。警察所に待機たいきした医師の指示により、彼は百メートル先にいる犯人の腕に正確に注射針を打ち込む。

「現場に到着するまでの間に本件の概要を説明します」

 容疑者逮捕に向かう道すがら私の相棒は事件の説明を始めた。

 容疑者の飲食店経営者は、工場生産の食材をロボットに調理させていたのに食材から調理まで百パーセント手づくりといつわって高額で客に提供していた。店で出していたワインも偽物にせものだったらしい。科学的に分析された醸造工程や成分データをもとに造られた全く同じ風味ふうみの偽ワインを本物と見分けるのは一流のソムリエでも不可能だ。

 容疑は詐欺罪さぎざい不正競争防止法ふせいきょうそうぼうしほう、そして手づくり法違反である。

 店の名前を聞いて私は驚いた。よく知っている店だ。毎年の結婚記念日に妻と二人でその店に食べに行く。美味しいと評判で、一年前の予約が必要なほど人気のある店だった。妻はこの店の料理を気に入っていて毎年の結婚記念日を楽しみにしていたのに、この店を選んだ私の面子めんつは丸つぶれである。この店を大切な取引先の接待せったいに使っていた企業とかこの店の料理を絶賛ぜっさんしていたグルメたちの面子めんつも丸つぶれだ。

「おかしいと思ったんだ。あの店の料理は美味うますぎた」

 調理ロボットは蓄積ちくせきされた膨大ぼうだい美食びしょくのデータをもとに料理をつくる。客観的に判断すれば人間の料理人が調理ロボットにかなうはずがないのだが、なぜ人は人の手でつくられた食べものの方を美味しいと思うのだろう。

「食事の経験がありませんので、私には理解できません」と私の相棒は事務的に言った。

「今度、お前に味覚センサーをつけてもらうよ」

「今後の捜査の役に立つ可能性がゼロコンマゼロゼロイチパーセントほどありますので、是非お願いします」と相棒はやはり事務的に言った。

 容疑者の潜伏先せんぷくさきに到着した。大きなイベントホールだ。一週間ほど前から国際ハンドメイドクッキングコンペティションが開催されていて、今日はその決勝戦が行われているらしい。容疑者に気付かれないように人混ひとごみに交じって近づく……が常套じょうとう手段しゅだんだが、それは出来ない。身長二メートルの相棒が目立ちすぎるからだ。別行動を取ろうとすると相棒は「その必要はありません」と言った。

「容疑者が逃亡する確率はゼロコンマイチパーセント以下です」

 容疑者が此処ここに来たのは国際ハンドメイドクッキングコンペティションの決勝にいどむ彼の息子の姿を見届みとどけるためだと、本署からの容疑者情報を受信した相棒は言った。

 私と相棒は一緒に会場に入った。アリーナには一万人もの観客がいて、モニターに映し出されたコンペティションの様子を見守っていた。私の相棒はその人混みの中から数秒で容疑者を発見した。彼を確保しに向かおうとした私の腕を相棒がつかんだ。相棒は時々、加減かげんというものを忘れる。相棒に掴まれた腕がかなり痛かった。「決勝の結果が出るまで待ちましょう」と相棒は言った。相棒の頭には膨大な量の警察業務のノウハウや参考資料が入力されている。参考資料には昔の刑事ドラマも含まれる。昔の刑事ドラマによくある人情場面を参考にした発言だろうが、私は時々彼が人情をもっているんじゃないかと思うことがある。

 丁度ちょうど、国際ハンドメイドクッキングコンペティションの決勝戦が終わった。このコンテストは権威ある世界的料理競技会のひとつで、若手料理人の登龍門とうりゅうもんといわれている。料理の見た目と美味しさを競う点では昔からのクッキングコンペティションと変わらないが、エジソンが火力発電所を完成した1881年以前に使われていたタイプの調理器具しか使ってはいけないという制限がある。以前、電動クッキングマシンをつかって事前に玉ねぎに切れ目を入れていたとして失格になった出場者がいた。ただ、多くのコンテストと同様、このクッキングコンペティションの審査はAIが行う。公平こうへいするためだ。

 ファイナリストの二人がステージに上がった。一人は容疑者の息子だ。優しそうな顔をした青年である。もう一人はフランス人の青年で天才的料理人としてグルメの間ではすでに話題となっている。

 大会の実施委員長が登壇とうだんし、優勝者の名を読み上げた。優勝者の首に金メダルがかけられた瞬間、私たちの近くいた容疑者はステージにかけあがり我が子を抱きしめた。しばらくすると彼はステージから降り、涙を流しながら私たちの前に来てそろえた両手を差し出した。私たちが彼を連行れんこうする間、表彰式の司会者が賞品の説明をしていた。

「優勝者には、あらゆる美食のデータベースを搭載とうさいした超一流ロボットシェフのもとで修業する権利が与えられます」

 私は母から口止くちどめされている手編みマフラーの話を思い出した。

「実は、手編み風マフラー製作アプリを自動編み機にインストールして作ったのよ」

                                  (了)

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