ハンドメイド
Mondyon Nohant 紋屋ノアン
私が勤める警察署の
AIを
犯人は工作機械を一切使わずに造ったのだという。「せっかく造ったので使ってみたかった」というのが動機だった。製作時間はどのくらいだったのか、どの程度の精度なのか、犯人は何処で製作技術を学んだのか……事件そっちのけでメディアが報道したのは手製拳銃とその製作者としての犯人のプロフィールだけだった。美術工芸品並みの仕上がりだったので、この拳銃の実物展示公開を希望する人の数は十万人を超えた。
現在、新式銃器にも古典的銃器にも取り
昔から人は「手づくり」という言葉に特別な想いをもっている、と私の父は言う。
「
父は、母に求婚した理由が手編みのマフラーだったという話を遠い目をして語った。
その話は母からも聞いている。
「本当は、ちょっとインチキしたんだけどね」
その話は父には絶対内緒だと母に口止めされた。
「今は手づくり
それどころか、毛糸のマフラーを編むために羊を育てるところから始める人もいる。
料理屋で魚料理を注文したが遅いので文句を言うと、今釣りに行っているのでもう少し待ってくれと店主が言った。そんな冗談があったが、今では冗談ともいえない。現在、店主が自分で釣った魚を料理して出す店は無数にある。
ものづくりの世界だけではない。オリンピックの他にもう一つの世界的競技会がある。ナチュラルオリンピックと呼ばれるこの競技会は、トレーニングマシンを一切使わない手づくりトレーニングをした選手のみが参加できる競技会だ。参加者は生まれてから一度もトレーニングマシンを使わずロボットコーチの世話にもなっていないという証明書を委員会に提出しなければならない。百メートルを十秒台で走るナチュラルオリンピックの選手は、百メートルを八秒台で走るオリンピック選手より人気がある。
手づくりブームの
AIやロボットに仕事を奪われるという不安は以前からあった。工場から人影が消え、自動受付・自動配送の
政策コンサルAIは、先ずほとんどの仕事をAIやロボットがするようになった場合のシミュレーションを行い、それを映像化して人々に見せた。
エネルギー資源の開発も食料や生活用品の生産も建築も全てロボットが行うので、食べ物にも着る物にも住む
「みんなが遊んで暮らせる世の中になるでしょう」とAIは先ず言った。「でも、本当にそれでいいのでしょうか」とAIはナレーションを続けた。
AIは次に古い映像を人々に見せた。資源成金と云われた国が資源が
「それじゃどうすればいいのよ」と質問する人々に対し、AIは次のように答えた。
「人間が獲得した知識や技術は人間によって
どんな仕事でもその一割以上を人間にさせ、しかも人間は古典的な機械や道具を使ってモノを作ったりサービスを提供しなければならない。そんな法律をつくれとAIは提案したのだ。例えば、レストランでウェイターが十人必要な場合、九人まではロボットで代用できるが、少なくとも一人は人間でなくてはいけない。しかも彼は注文をPDT(ポータブルデータターミナル)ではなくメモと鉛筆でとらなければいけない。例えば、車の部品の十パーセントは、人が
議会は「あらゆる事業への人間関与法」、通称「手づくり法」を可決した。
政策コンサルAIの提案は正解だった。
現在、農産物の九十パーセントは屋内で栽培されている。室温や照明はAIが管理し収穫もロボットが行う。天候の影響を受けず、病気や害虫に気を
製造業も同様だ。ロボットが大量生産した製品の方がはるかに高精度で高性能なのに何故かそれらは安物と呼ばれ(確かに安価である)経済的余裕のある人々は多少不細工でも製作者のサインが入った高額の手作り製品を欲しがるのだ。ただ手づくり法が施行されてから五年も経たないうちに手づくり製品の精度はロボットが作った製品の精度にかなり近づいた。モノづくりに
命にかかわる仕事、例えば医療の現場でのAIやロボットへの
自動操縦の航空機も自動運転の自動車もライセンスをもった人間が操縦桿やハンドルの前に座らなければ動かないが、これは昔から変わらない。ただ、ライセンスを取る際、パイロットはパラグライダーの操縦から学び始めるし、自動車学校のカリキュラムには内燃機関で走るゴーカートの組み立てと運転訓練が含まれている。
人には手作業を好む本能がある。機械文明の発達によって長い間
警察官は犯罪者を傷つける可能性が高い職業なので、基本的に人の仕事とされている。ロボット三原則の縛りによって人間を傷つけないようにプログラムされたロボットにはできない仕事なのだ。世界中の捜査支援ネットワークと
「
弁護士と共に出頭して来るはずだった詐欺事件の容疑者が逃亡したらしい。逃亡先は既にAIが特定している。
「行くぞ」と私は相棒に声をかけた。
「了解しました。ヒトナナマルマル時、出動します。この出動の目的は容疑者の逮捕です」
と相棒は事務的に言った。
「そんなこと、いちいち言わなくていいよ」
「お言葉ですが、出動時間の確認と記録は…」
「わかった。ヒトナナマルマル時の出動を俺は確認した」
「ありがとうございます」
何時もこの調子だ。私の相棒は優秀だが
「現場に到着するまでの間に本件の概要を説明します」
容疑者逮捕に向かう道すがら私の相棒は事件の説明を始めた。
容疑者の飲食店経営者は、工場生産の食材をロボットに調理させていたのに食材から調理まで百パーセント手づくりと
容疑は
店の名前を聞いて私は驚いた。よく知っている店だ。毎年の結婚記念日に妻と二人でその店に食べに行く。美味しいと評判で、一年前の予約が必要なほど人気のある店だった。妻はこの店の料理を気に入っていて毎年の結婚記念日を楽しみにしていたのに、この店を選んだ私の
「おかしいと思ったんだ。あの店の料理は
調理ロボットは
「食事の経験がありませんので、私には理解できません」と私の相棒は事務的に言った。
「今度、お前に味覚センサーをつけてもらうよ」
「今後の捜査の役に立つ可能性がゼロコンマゼロゼロイチパーセントほどありますので、是非お願いします」と相棒はやはり事務的に言った。
容疑者の
「容疑者が逃亡する確率はゼロコンマイチパーセント以下です」
容疑者が
私と相棒は一緒に会場に入った。アリーナには一万人もの観客がいて、モニターに映し出されたコンペティションの様子を見守っていた。私の相棒はその人混みの中から数秒で容疑者を発見した。彼を確保しに向かおうとした私の腕を相棒が
ファイナリストの二人がステージに上がった。一人は容疑者の息子だ。優しそうな顔をした青年である。もう一人はフランス人の青年で天才的料理人としてグルメの間では
大会の実施委員長が
「優勝者には、あらゆる美食のデータベースを
私は母から
「実は、手編み風マフラー製作アプリを自動編み機にインストールして作ったのよ」
(了)
ハンドメイド Mondyon Nohant 紋屋ノアン @mtake
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