作られたモノ

りさとりり

第1話

 人の手によって生まれた僕たちには、強制的にこの命を捧げる日がやってくる。

 ある夏の夜。それが僕たちの命日だ。

 きっと僕たちが消え去った後もまた新たに作り出されては消えてゆく。




「ふざけんなよ。なんで俺たちが死ななきゃいけないんだ」


 彼の名はハチ。悪いやつではないんだけど少々気難しい。

 彼を含めて、僕たちのグループは五人で固まっている。


「それは僕も思うけど。でもさ、命をくれたのは人間たちなんだし仕方ないんじゃないかな」


「なんだそれ。お前、死ねって言われたら、わかりましたって死ぬのかよ。うーわ。あり得ないわー」


 もちろんそういう意味で言ったわけではないが、興奮気味なハチにはこれ以上何を言っても逆効果だ。ただ、僕だけではこうなったハチを止められそうにない。

 僕は少し離れた位置でこの光景を眺める三人に目配せで助けを求めた。


「その辺で終わりにしなさいよ。そんなことヤエに言ったってどうにもならないでしょ」


「はあ」と呆れたようにこちらにむかって助け舟を出したのはキクだ。これもいつも通りだったりする。

 キクはその可憐な美貌からは想像もつかないほどズケズケと物を言う子で、その性格や分け隔てなく接するところに惹かれる者も少なくない。


「なんだよ。またかよ、邪魔すんなよなー。じゃあキクでもいいや。お前はどう思ってんだよ。話聞いてたんだろ?」


「ええ。聞いてたわよ。正直私はどうでもいいわ。だって私たちがどうこう言ったって何も変わらないじゃない」


 本当にその通りだと思う。実際僕たちに出来ることなんて、ただその日を待つだけなんだ……





『鈴木さん、やっぱ今年は出来そうにないんですかね』


 扉の奥から人の話し声が聞こえる。


「おい。人間が何か話してるぞ」


 さっきまでのやり取りはもう忘れたように、人間たちの会話にハチが食いつく。


『ああ。ウイルスの感染が強いらしくてな。今年の夏は中止にするらしい。お前ら本当にすまないな。今年の夏に向けてあれだけ頑張ってくれたのに……』


 いい歳をした声主が申し訳なさそうにしている。

 そう。この人たちが僕たちを作り、今ではこの古屋に閉じ込めている。


 隣ではハチが目をバキバキにして盗み聞きに集中していた。そんなに食い入るようにしなくても十分聞こえるのに。


『何言ってんだよ! そんなの爺ちゃんのせいじゃないだろ』


『そうですよ。こいつの言う通りですって。今年は無理でも来年は出来るわけですから、来年に向けて頑張っていきましょうよ!」


『若いもんがこれだけ元気でやる気があると、いつでもあとを任せられるな……』


 なるほど。今年は開催されないんだ。つまり僕たちの命日が一年延びたってことなんだ……。


 湧き上がる喜びとともに涙が溢れる。

 あれ。僕泣いてる?

 無意識に気づかないようにしていたけど、やっぱり不安だったんだ。


 横を向くと、キクとボタンも泣き出していた。きっと二人もそうだったのだろう。その傍らに佇むヤナギくんはさすがに泣いてはいなかった。


「おいおい。なに泣いてんだよお前ら。たった一年延びたってだけだろ」


 ハチはいつも通りか……。まあなんというか君らしいな。


 本来の命日が来年に変わっただけでも、心の余裕は大きくなるようでピリピリとした空気はどこかへ消えていた。


『でもどうします? 不用品が出ないよう管理はしますが、中にはダメになるやつが出てくるかも』


『うーん。しっかり管理しておけば大丈夫だろう。でも扱うのが危険なものには変わらないからな。最悪の場合は……』







 衝撃的な言葉を聞き、小屋の中は静まり返っていた。

 もちろん、誰一人として喜んでいるものはいない。

 あの一瞬の喜びが消えてなくなるほどに、最後の言葉は衝撃的だった。


「キクちゃん……。わたし、死にたくないよ……」


 我慢強い子で、悲しいことではあまり泣くことがない。でも今回に限っては、そんなボタンが泣くのは無理もなかった。

 なにせ一番騒がしかったやつが、あの会話を聞いて以降大人しくなったぐらいだ。


「ねえ。私たちこれからどうなるのかな」


 キクはこの中では割と冷静だった。いや、冷静であることを装えていると言った方が近い。


「あの話の通りならきっと……」


「やめて!!」


 遮るように割って入ったキクの大きな声に驚く。


「ごめん。私から聞いたのに……。でもそれは言わなくてもわかってるから……」


「ごめん……」


 またも静まる。誰が悪いわけでもないのに、空気だけがただ重く悪い方へと向かう。


「俺は正直どうすればいいのかわからないが、みんなのことを大切な仲間だと思っている」


 この嫌な沈黙を破ったのはヤナギくんだった。


「俺は話すのが苦手で、なにを考えてるのかわからないと怖がられることが多かった。

 そんな俺に声をかけてくれたのはヤエだった。

 それからはハチにキク、ボタンまで俺と関わってくれるようになった」


 普段は無口な彼がゆっくりと、必死に話す姿に、みな驚きを隠せずにいた。目を離すものは誰一人としていなかった。








 あれから僕たちは、各々の考えを整理する時間を取ることにした。急展開すぎて処理が追いつかなかったからだ。


 僕たちを生み出した人が言うには、僕たちは命日とは関係のないところで死ぬ可能性があるらしい。

 そんなこと考えたこともなかった……。


 命日が一年先延ばしになっただけで喜んでいた自分が恥ずかしくなる。


 ただ、昼間のことを思い返すとその記憶に続くようにヤナギくんのことも思い返される。


「だから俺は誰ひとり欠けてほしくない」


 僕の頭の中にはヤナギくんのこの言葉がずっと残っていた。

 まさか、ヤナギくんがそんな風に思っていたなんて全く気づかなかった……。


「なあ、ヤエ。ちょっといいか」


 真面目な顔をしたハチが静かにそこにいた。

 普段の彼とはあまりにもかけ離れていたので一瞬戸惑ったが慌てて返事をする。


「お前はさ、ヤナギがあんなこと思ってたの知ってたのか?」


「いや。僕も初めて知ったよ」


「そっか。お前が知らないんじゃ誰も知るわけないな。俺もさ、あいつと考えてることは同じだったんだよな……」

 

 そのままハチは話し続ける。


「いつか。言葉にしてればみんなでここから出て自由になれる日が来るんじゃないかって。

 でも現実はそんなに甘くなかった。俺たちには寿命があった。しかもいつ死ぬかもわからない」


「なんとなく、だけど。そんな気はしてたよ」


 そう。本当になんとなくではあったけどそう感じていた。グループで一番、みんなのことを思って行動していたのはハチだ。


「ああ。今まで悪かったな。諦めたように過ごすお前たちの態度が許せなかった。でも俺の方が間違ってたんだな……。ヤナギの言葉を聞いてそう思ったよ」


「いや、君は間違ってないと思うよ。たしかに攻撃的すぎたかもしれないけど、それでもみんなのために行動してたことが間違いだなんて誰も思わないよ」


 これも今だから言えることだ。命日が延びたことだけを知ったならこんなこと言えない。そもそもこうやって腹を割って話し合うこともなかっただろう。


「僕さ、思うんだ。人間たちが僕たちに使命を与えて生み出したならその使命を全うするのも悪くはないのかなって」


 少し前までの彼なら確実に噛みついてきた。でも今は真剣に僕の話を聞いてくれている。


「もちろん消えるのは嫌だけどさ、目的も果たせずに何も出来ないまま終わるのはないかなって。それにみんな一緒なら怖くもないだろ? バラバラなままだと誰かが欠けるかもしれない。それが一番良くないと思うんだ」


「ほんとお前らしいな。だから俺たちの中心にいるのはいつもお前なんだろうな。俺も今ならお前の言ってることがわかる気がするよ」


 そう言ってハチは今までで一番の笑顔を浮かべた。



 翌朝僕たちはそれぞれの思いを話し合う場を設けた。だが話し合いをする間もなく事態は収束する。


「本当に申し訳ないんだけど、昨日二人が話してるの聞こえてたんだよね」


「わ、わたしも……」


 キクに続くように、ボタンまでもが昨日の話を聞いていたことを告げる。

 ハチの豹変ぶりに驚くだろうと踏んでいた僕は、逆に二人に驚かれたうえに恥ずかしい思いをする形となった。

 まさかと思い、ヤナギくんの方を見てみると彼はただ無言で顔を縦に振った。


「あのハチがねー。まさかだよね。昨日はいろいろと大変だったけど落ち着いてみると面白いわ」


「キクちゃん。そんな風に言っちゃダメだよ。その、ハチくんも大変だったんだから」


「やかましいわ! てか三人とも聞いてたんだったらあの時に反応しろよ。いやその前に聞いてんじゃねーよ」


 昨日の出来事によって、いい意味で僕たちの関係は変わることになった。



 本来の命日。

 やはり僕たちはこの小屋から出ることはなかった。


 ここからが僕たちの耐える戦いだ。

 でも僕たちは昔よりも毎日を楽しく過ごせている。今の僕らの団結力があればあと一年、その日まで生き抜くことも難しくない。








 それから一年はあっという間に過ぎ、気づけば僕らは誰ひとりとして欠けることなく最後の日を迎えていた。


『すまないな。作った俺が最後まで責任を持って、一番近くでお前たちの晴れ舞台を見たかったのに。それすら出来ないなんてな……』


 僕たちを作ってくれた鈴木さんは、どうやら体調が悪く、去年の夏を最後に引退を考えていたらしい。


「ハチは人間が嫌いって言ってたけど、この人は一生懸命に僕たちを作ってくれたんだと思う。みんなと出会えたのもこの人のおかげだって、僕は感謝しているよ」


「わかってるよ。俺だって……」


 人間を嫌っていた彼も、この一年でその考えを改めていた。


「ハチがデレた」


「おいヤナギ!! お前普段無口なのにこんなときだけ……」


「ハチってば照れてんのーー?」


「そう、なの?」


 最後の最後まで僕らはこんなやり取りを楽しんだ。この一年は本当に楽しかった。僕らの別れに涙は要らない。


「それじゃあ、みんな。行こうか!!」


 僕らは心を一つに、この広い世界へと飛び出し空高くに命の花を咲かせた。



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