第10話 女装男子とイケメン男子

「それじゃあ今日はミニサッカーをやるぞオラァ!」


 1年男子を受け持つ体育教師の真木内柱羅まきうちはしらが咆哮を上げると、体育座りをしていた1年AとBの男子生徒たちのほとんどはおののいて固まった。

 背が高く筋肉質でボサボサの黒髪に無精髭を蓄え無頼漢といった風貌は、職業どころか生まれてくる時代すら間違えたといった印象だ。


「うっせーよ」


 そんな威圧感たっぷりの彼に物落ちすることなく一人の生徒が声を上げた。


「な、なんだとお!」

「だから部員集まんねえんだろうが」


 その生徒は、男子にしては長い金髪をいじりながら、けだるそうに柱羅を睨んだ。

 

 

「う、生まれつきだからしょうがないだろお! うおおおおおおおお!!」

 

 腕で顔を覆った。どうやら身体に極振りするあまりメンタルが弱くなってしまったようだ。


「ま、まあとにかく、適当に6チームに別けるぞオラァ!」


 そういって名簿順に5人ずつ、6つのチームに分かれ再び整列する。

 蓬はAチーム。さっきの金髪と同じチームになった。


「おっしゃ別れたな! じゃあ、始めるぞ!得点王には景品もあるからな!」

 

 景品という言葉にドッと男子生徒たちが沸き立つ。学食の券やら自販機の飲み物やら憶測が飛び交い議論が過熱するが、柱羅に「さっさと用意しやがれってんだ!」と焚き付けられ生徒たちはいそいそと準備を始めた。


 金髪はその様子を少し離れてけだるげに眺めていた。

 

「景品ねえ」

「?」


 彼の呟きに近くにいた蓬が振り向く。きょとんとした目と眠たそうな目がかち合う。

 彼は一瞬訝しむように蓬に対して眉間を寄せるが、あくびを一つすると、

 

「……たしか同じチームだっけ」


 寝癖のように跳ねた髪を掻きながら訊ねる。

 対して蓬は激しく首を縦に振る。

蓬は感激していた。初めて男子に話かけられた。

 

「名前……タマ……なんだっけ?」

「たまかづら、です」

「言いにきーな。タマでいい?」


 あだ名まで!

 蓬はコクコクと首を縦に振る。前髪が何度も額に当たった。

 

「って、俺まだ名乗ってなかったか」

帚木葵ハハキギアオイくん、だよね?」


 葵と呼ばれた男は目を丸くする。言い当てられたからだ。


「そうだけど……覚えてたんだ?」

「まあ、みんなってわけじゃないけど。君のことは」

「なんでまた?」


 訊かれて蓬はポニーテールを手で梳きながら応える。


「見た目、かっこよかったから。かな?」


 背が高く身体はしなやかに細い。蓬と同い年とは思えない完成した整った顔立ちにムラ無く染められた金の髪。典型的なイケメン。

それは四十人弱のクラスメイトの中でもやはり群を抜いており、蓬と対極の意味でよく目立っていた。

だから要約すると蓬の言ったことは正しいが、しかし語弊を生んでしまう。

 

「やっぱ、そういう?」 

 

 葵は顔をしかめて一歩退く。蓬はなんのことかわからなくてきょとんと首を傾げた後、無意識に発揮された言葉の綾、というか絡まりに気づいて赤くなる。


 外見が女子的な男子がいたら中身もそうであると憶測するのが道理だろう。

 外見が女子的な男子に突然容姿を褒められたら、それは確証に変わるだろう。


「まあ、そういう人もいるもんな。あんま詳しくないけど。別に俺は気にしないから。ただ、俺をそういう目で見られるとちょっと――」

「ち、違うから!」


 踵を返し用具倉庫に向かいながら滔々と話す葵の裾を、蓬はとっさに掴む。

 葵が振り向く。蓬は上目遣いでじっと見つめる。 

 沈黙が流れる。

 傍から見ていれば少健全な女漫画のワンシーンに見えなくはないだろうが残念ながら男×男では成り立たない。たとえ少女漫画として成り立ったとしても健全では決してないだろう。

 

「その、好きな人いるから!」

「男の?」

「女の子の!」


 必死に訂正する蓬に葵は「へえ」と短く返事をする。

 反射的に言ってしまった言葉を反芻して蓬は熱くなった顔を手で覆う。

 ヒロインの居ぬ間にラブコメしているがやはり男×男では以下略なのであった。

 

「もしかして、からかってる?」 

 

 蓬は覆った手の指の間から葵を見る。


「はやく準備しようぜ。サッカー好きなんだよね俺」


 彼は蓬の問いに答えず歯を剥き出しにしてニカッ笑った。



 彼の言葉に偽りはなく。

 

「うわあ」


 シザース、ルーレット、etc etc…

 中学でDFをやっていた蓬は、敵陣で無双する葵の様子をハーフライン越しに呆然と眺めていた。

 蓬は特別サッカーに詳しいというわけではない。欧州リーグはおろかJリーグも怪しいくらいだ。

 ただ、小学生の頃放課後に友達とリフティングの数で競ったらいつも1番で、だから中学の時にはサッカー部を選んだ。


 そのくらいの動機。そのくらいの意識。


 そんな蓬ですら、葵の実力は推し量れた。

 

 手で奪いに来るキーパーをつま先で浮かせ躱しそのままゴールに押し込む。 

 これでハットトリック。

 

 サッカー部の仲間たちが空いた時間で冗談半分でやっていたシーンを実践で再現していく。


「めっちゃうまいね」


 他のチームメイトにバシバシ背中を叩かれながらも淡々と自陣に戻ってくる葵に、蓬は思わず片手を手を掲げた。

 

「どうだろうな」


 彼はこめかみに薄っすら汗を浮かべながらもどこかつまらなそうに蓬と手のひらを合わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もしボクが、世界で一番かわいい男子高校生になれたなら、君は振り向いてくれるだろうか。 @ika366

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ