最終話 劣等生
世界は変わってしまった。
だが、変わらないことも起きる。
霧が立ち込める早朝、とある広大な草原に、学生位のあどけなさが残る少年少女たちが居た。
遠足?
いや、それにしては、顔が険しい、疲労困憊のように見える。ならば、スポーツの合宿か、何かだろうか?
いいや、それも違う。
サッカーだろうが、バスケットボールだろうが、フィールドに砲弾が落ちてくることは無いからだ。
そう、此処は
世界は変わった。
少し前の平穏なんて夢だったと思えるぐらいに、世界中が戦場になっていた。
ほんの少し前までは子供達は護られる存在だったが……子供ばかり特別扱いされぬくぬくと過ごすなんておかしいという先進的な考えが広まり、学徒出陣なんて別に珍しくなくなった。
まだ若い彼らは、塹壕の中でライフル銃を必死に抱え込んでいる。
そう、彼らは恐怖している。だが、固い絆で結ばれた彼らは結束し、協力してこの理不尽を乗り越えて行こうと――しているようではないようだ。
「お、おい、劣等生……お前が偵察してこい! 」
「そんな、こんな霧の中じゃ……恐らく敵も我慢の限界が来ている筈です、もう少し様子を見ましょ――! 」
「うっせぇ!
俺は先輩、いや、上官だぞ! とっとと行けや! 」
上官とその取り巻きたちに塹壕から押し出された赤毛の少年、塹壕の中から少年に向けて銃口が向けられている。出戻り禁止な様だった。
だが、その時、塹壕から銃口以外のものが出て来た。
「私も、行く」
「君は……!? 」
出てきたのは少し髪がぼさついた感情の薄そうな黒髪の少女だった。
赤毛の少年は、何処に居るかも分からない敵兵たちに必死に彼女の元へと駆け寄った。
「危ないじゃないか、こんな目に合うのは僕だけでいいんだ! 」
「でも、君はあの時、私を助けてくれた」
「だからって……」
そう、それは戦争が始まる前の話。
この赤毛の少年と、黒髪の少女の劇的な物語はそこから始まったのだ。
だが、それを思い返す時間はない。
突如、銃声が木霊した。
「て、敵――!?
伏せて! 」
少年は少女に飛び掛かり、文字通り、自分が盾となった。
対岸沿いの敵が少年達の姿を見つけて、攻撃を仕掛けてきたに違いない。
塹壕の中の少年の友軍たちは歓喜の声を上げた。
「ヒャッハー、強行偵察成功だ!
お前ら、上手く戦果を出せば、昇進できるぞ!
そしたら、後方配備だ! 」
「ち、ちょっとまって、撃ち方待て!
射線に僕らが! 塹壕に隠れさせてください、彼女だけでも! 」
「余計な証言されたら困る、あいつらごと撃て!
やっちまっ、がぁ!? 」
「……!? 」
突如、先輩兼上官の頭部が撃ち抜かれた、塹壕の後ろ側から。
敵がいる筈の方向からも、聞きなれない訛りの断末魔が響いてきている。
少年は気づいた。当初考えていた敵ではない、この戦場に別の誰かが居る。
「一体、何が……? 」
「伏せるんだ、大丈夫だから」
少年は少女に覆いかぶさりながら、どうにか身体の震えを抑え、少女に優しく声をかけた。
濃霧の中、四方八方から、襲撃者の銃声か、反撃の銃声か、幾重の銃声と叫びが戦場に響き渡る。
やがて、その銃声は少なくなっていき、誰の声も気配も完全に消え去った。
暫く、鳥さえ鳴かないような静寂が続いた。
「……終わった……?
逃げよう、立てる? 」
少年が、この隙に逃げてしまおうと振り返り立ち上がった瞬間、額に銃口が突きつけられた。
「いいや、終わってない」
やや高めの身長で、黒髪の黒目、高くも低くもない声……箇条書きすれば、普通な容姿にしか思えないが、その普通のはずの眼光はおどおどしい程真黒で、平然な声調は戦場に相応しくなかった。
使い込まれ、血が滲んでいる軍服からは隠し切れない殺意がにじみ出ていた。
なにより、こんな
「あ、ああ……!」
「おちついて、大丈夫だから。
僕のことは良い・・・・・で、でも彼女は見逃せ……! 」
「ふむ、困ったな、俺は殲滅作戦を遂行中なんだ」
ひょうひょうと言い切る男、だが、そこに慢心も隙も無い。見たことが無いような強者。
何故、こんな男が力を持っているのか、少年は強い理不尽を感じた。
「いつもだ、いつも、いつも……いっつもだ!
誰からも馬鹿にされて……どうして、僕の人生はこんなに苦しいんだ!? 」
「……? 」
「大人たちが悪いんだ!
戦争がしたいって言いだしたのは、大人の癖に!
綺麗ごとばかりを言って、本当のことを言わない!
お前みたいな大人が、大人が悪いんだ! 」
赤毛の少年の魂の叫びに、黒髪の軍服男は目を丸くした。
そして、軽く噴き出した。
「俺が……俺が大人……?
ああ、いや、そうだな。
そうか、俺は大人になってたのか」
「な、何が可笑しい! 」
「何もかもが可笑しくてな。
確かにごもっともだ。俺が悪い。
だったら、お詫びに見せてやろう。
綺麗ごとじゃなくて、本当に綺麗な場所を」
「な、放せ! 」
男は少年・少女を軽々と担ぎ上げると、先程まで二人が居た塹壕へと投げ込んだ。
二人とも土に叩きつけられる痛みを覚悟していたが、何かがクッションになったため、そこまで痛みは無かった。
「クソ……何が目的なん、だ……? 」
一拍おいて、少年は自身の回りの状況に気が付いた、
死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、
死体、死体、死体、死体、死体、死体、死にぞこない、あと、死体。
視界一杯にその光景が広がり、少年は思わず息を呑んだ。
「大丈夫、大丈夫? 私の声……聞こえてる……!? 」
少女が放心状態の少年に必死に呼びかける。
だが、その声は少年には届かない。
少年は目の前の光景に釘付けになっていた。
実はこれは何度も見た光景だ。
夢の中で。
何故、自分は嫌われる? 嗤われる? ああ、あんな奴らが、嫌いなアイツが全員死んだらどんなに良いだろうと何度も、何度も、夢見た光景。それが目の前に広がっていた。
「……綺麗だ」
少年は呟いた。
言葉とは裏腹に、その目はどす黒かった。
◇
「精々、頑張れよ。劣等生」
軍服姿の男、ジークは塹壕を振り返ることなく霧の中へと歩き続けた。
こうなってしまえば、誰にも居場所は分からない。
と、思いきや、消えていった人影を、追いかける人物の姿があった。
「任務ほっぽり出して、なーにしてたの? 」
「定義上は作戦遂行が不可能に成程まで人員が減ることを殲滅というんだ。
だから、俺は任務を達成した。
まぁ……気まぐれだ、只の」
「うん、知ってた」
エリー・トストは悪戯っぽい笑みを浮かべ、ジークの横へと並ぶ。
世界は変わったが、この二人の関係はあまり変わっていない。
「もしかして、私達の出会いを思い出しちゃった? 」
「……そういえば、次は中央大陸か、西南諸島か……。
シルヴィアはなんて言ってた? 」
「話題逸らすの下手だね……」
ふふふ、とエリーは可笑しそうに微笑んでいたが、突如、ジークの背中へと抱き着いた。
「私は二度と忘れないけどね」
「面倒な奴だ。
……霧が晴れるぞ」
霧の向こうに、二人に手を振る人影が見えて来て、エリーは名残惜しそうに身を剥がした。
金髪を後ろに束ねた、気品がありつつも、何処か活発そうなイメージを受ける少女だ。
とある国の女王は、突然姿を消し、二度と表舞台に姿を見せることは無かった。自国民も例外では無かった。
それでも、一部の熱心な愛国者たちは女王が望む世界の為、忠誠を誓い続けているらしい。この女王は、世界と二人を天秤にかけ、迷わず二人を取っただけの結果なのだが。
女王を止めた只の
三人はまだ生きている。
世界に平穏があった時代から、彼らに平穏は無く、いつも死が迫っている前線に立たされていて、戦場という空気に慣れていたから。
案外、この楽園も、大隊も、ひょんなことで、終わってしまうのかもしれないが……劣等生なのだから、完璧なことは分からない。
「それも、理想の終わり方か」
「ん?
なに?」
「いや、別に。
……向こうから、銃声がしたな」
「行っとく? 」
「もちろん」
ジークは二人に合図する為、手を振りかざした。
「前線へ」
前線へと飛ばされた劣等生が戻って来た ~弱者は不要と言われたので強くなって復讐しに戻ってきました。 @flanked1911
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