制御不能
シルヴィアが表舞台に立たなくなってきことが、人々の噂になってきた頃。
7カ国は共同声明を出し、それらの声明はラジオ・新聞等のありとあらゆる媒体で世界中に届けられ、多くの言語に翻訳された。
その内容は、シルヴィアがテロ行為に加担していたという事実だ。
トリスタンはこの公表に対し、何の対抗措置も取らなかった。
一時期、活発化した大隊も消息を消し、偶に起きていた不自然な戦争も起きなくなった。
半ば、事実を突きつけられ、黙り込んだ子供のようにすら見えた。
これを受け、シルビアを無力化したと判断した7つの国は、このタイミングを逃すまいと統一政府の設立を宣言した。
世界に正義と真実を示した我々こそが、世界を導くのに相応しい、と。
当初は7カ国だけだったが、この時代の変化に遅れるわけには行かないと、他の国も一斉に参加を表明した。
それは華々しい門出に見えた。
だが、しかし……。
◇
7カ国の技術の粋を集められて建てられた統一政府本部。
豪華で煌びやかな宮廷建築は使わず、新時代の幕開けを期待させる白と黒を基調とし、多くの会議室を備えた実用的で落ち着いた建物、誇らしげに建物の前には多くの国旗がはためいていた。
だが、その周りにいる人々は、とても先進的には見えなかった。
「女王陛下を返せ! 」
「上流階級の特権政治を赦すな! ]
「統一政府に尻尾を振る、弱腰政権にNOを! 」
「人道を無視した武力支配に反対の声を! 」
怒号、金切り声、泣き声、ホイッスル、叫び声、爆発音、プラカード、発煙弾、ゴム弾、火炎瓶、金属バット……大勢の人々が主義主張を高らかに叫び合い、意見が違う者には容赦ない罵声や暴力を浴びせる。
彼らの姿は先進的とは程遠い、あまりにも原始的だ。
現実的な話をすると、連日のように本部前に詰め掛けている数百人もの大勢の人々は様々な形で統一政府に反感を持つデモ隊で、それを食い止める為に投入された治安維持部隊との小競り合いは日に日に激化しており、数人、十数名、数十名と少しずつ死者は多くなっていた。
そして、その度に反感は広がる。
「何故、もっと穏便な形での処置が出来ないのかね!? 」
「我々だって、それを望んでいます!
ですが、彼らは平然と火炎瓶を投げ込んできます。我々を殺そうとしているのです! それなのに、我々が身を護る為に致し方ない最低限の抵抗すれば……それは
マスコミによって、無慈悲な虐殺へと書き換えられるのです……」
「もっと警備の手を緩めれば、デモ隊だって落ち着きを取り戻すのでは――」
「火炎瓶が
……我々には家族が居る。家族を養うために、此処を護るという仕事を着実に行います。
ですが、人々を落ち着かせるのは、あなた方の仕事なのでは? 」
「ぐぬ……」
新生統一政府では、誰もが頭を抱えていた。
人々の不満多くは、シルヴィアに関することだった。、
統一政府の発表した内容は、極めて確かな証拠を元に、誰でも理解できるように学者が監修して、よくまとめられたものだった。
だが、それだというのに人々はその事実を受け入れず、大激高した。
すぐに世界中で女王を返せの大合唱が始まり、一気に治安が悪化した。
政府側は予想外の反応に困惑しつつも、何とかしようと、更に子供でもわかるような内容で再度声明を出した。
しかし、幼稚な言葉ばかりを並べて馬鹿にしているのかと人々は激怒した。
ならばと、極めて専門的な用語を使った声明を出せば、わざと困難な言葉を使って人々を愚弄している、と人々を更に激怒させた。
『何もかも駄目な愚かな政治家たち』
『統一政府……ふがふが声のブサイクジジイたちの集会所』
『呆然、呆れ、怒り……統一政府、あまりに無能すぎる』
更に、マスコミはこの流れに飛びついた。
消えたシルヴィアを悲劇の女王と高らかに謳い、統一政府を悪の組織とレッテル張りをしたのだ。そこからは発展途上のマスコミ各社のチキンレースだ。強い言葉で罵った誌が最も人々の共感と興味を引き、売り上げが伸びる。
町中の広告看板には、罵倒・嘲笑の文字が並び、それは知らず知らずの内に人々の心を冷たくしていった。
印刷技術の向上による情報伝達の迅速化……この世界の技術力は驚異の成長曲線を見せていたが、人々の心はそれを甘受できる程大きくはなっていなかった。
そして、シルヴィアの名の下に治められていた世界各地の紛争が再燃焼、それに呼応するように世界各地で小規模の紛争が頻発し、更には経済の停滞迄も引き起こした。
統一政府は名声を高める為に、それらの紛争の調停を申し出たが……誰も聞く耳を持たなかった。他にも、恩を売る為に様々な国に金をばら撒いたり、報道官によるプロパカンダも行った。
だが、それらの努力は不発に終わった。
もっといい方法がある筈だ、人々の不満は収まらず、破壊略奪行為で何百人が命を落とす。
真面目な人間は愛想をつかし、統一政府内も腐敗が始まり、残ったあくどい人々は資金の横領に手を染める。
中小規模の戦争が中々終わらない、じわじわと山火事のように広がり、手に負えなくなった。
これでは、トリスタンを出し抜く云々の話ではない。
だが、当のトリスタンはなんのアクションもとらず、人々の恐怖はさらに加速した。
統一政府は思い知った。
存在一つで戦争を止められる女王がどれ程イレギュラーな存在だったのか。
そして、存在一つで、戦争を大爆発させ、真黒焦げの焦土にしてしまう少佐の存在がどれ程異常だったのか、ということも。
さらに言えば、人間は必ずしも理性的で、賢い生き物とは言えないと。
最悪なことに、第二の選択肢である聖女サラも忽然と姿を消していた。
もう、こうなると誰も指揮棒なんて取りたくなくなっていた。
「何故、子供たちすらも助けられないの!? 」
「貧困している人々に支援を寄こせ! 」
「政治家たちに罰を! 」
「シルヴィア陛下を返せ! 」
「金持ちから金を徴収しろ! 」
「何もできないなら死んでしまえ、この役立たずども! 」
怒り、恐怖、悲しみ……人々は発狂するように、誰もが平和に暮らせて、豊かに暮らせて、貧富の差が無く、飢えに苦しむことなく、健全な暮らしを送ることが出来、誰にも見下されることが無く、幸せが保障される……そんなごく自然な当たり前を要求し、暴れ、吠え続けた。
時代が進むよりも、何倍ものスピードで技術が進み過ぎたことで人々は、大きな勘違いをしていた。
生きられるというのは、当然なことなんだと。
結果、世界は崩れ始めた。
長い年月をかけ整えられた
それらは獣達によって、格好の住処だった。
満を持して、高らかに、リカールの突撃喇叭が鳴り、森の中から獣たちが飛び出した。
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