奪還戦
サラは酷く大まかな内容だけ離すと、ジークらに向かって礼儀正しくお辞儀した。
「……ご清聴ありがとうございました」
「なんだ、言うだけ言って終わりか?
俺に手伝えと言いたいのか? 」
「いいえ、伝えたかっただけです。
どのみち、誰が何をしようと、もうこの流れは誰にも止められません。
……例え、今、此処で貴方が私の命を奪ったとしても」
サラはジークの前で、無防備に両手を広げて見せた。
だが、ジークは何も手出しすることは無かった。
彼らにとっての平穏が続くのであれば、今はサラを排除する必要は無い。
今は。
「そう、今ではありません。
いつか、来るべき時に」
「平和の名の下に世界が団結した時……俺が最後の障壁という訳か。
ああ、もちろんだ。
世界がどうなろうと拒否する。
そう言うと思っていたと風な微笑みの表情を見せ、サラはジークに握手の手を差し伸べたが、ジークはその手を取ることは無かった。
紳士的にやるつもりは無いようだ。
「……それと、ルーグが失礼を致しました。
彼の言うところによると……自分ならば、隊長を力で服従させることが出来ると言っていたのですが」
「騙されたみたいだな」
「まぁ、しかし……いいでしょう、貴方相手に最後まで逃げずに戦った。
完敗という訳でも無いようですし、一生懸命になれる人は嫌いではありませんから。
……ルーグ、行きますよ。報酬分はしっかりと、他の事で払っていただきます」
「ちっ……クソ、チィ……! 」
血まみれだったルーグだったが、サラの声で意識を取り戻した。
瀕死ではあるが、一時的なショック状態で意識を失っていただけのようだ。
「まだ生きてたのか、しぶとい奴め」
「……まだだ、俺は死んでない。まだ、負けてない……次は……」
意識を朦朧とさせながら、目の焦点はまるで合っていない、それでもジークに対する殺意をむき出しで、ルーグは肩をサラに肩を支えられ、教会を後にしようとした。
盲目の元愛玩動物と、血まみれの負け犬、傷のなめ合いのような組み合わせだった。
去っていく彼らに、ジークは背後を見ずに、言葉だけ投げかけた。
「聖女様とやら。
何故、そこまで神に固執する?
お前の物語は、悲惨極まりない。 何処に神を崇める要素があるというんだ? 」
扉の前までたどり着いたサラは、その言葉に立ち止まった。
そして、ジークに思惑も、画策もない、優し気な、聖女の名に相応しい微笑みを浮かべた。
「実は……私は神様と会ったことがあるのです。
遠い、遠い、昔に。
……死神に」
その言葉を残し、二人は扉の向こうへと去っていった。
「そういえば……。
昔のリカールで、さ。
私達、戦争を広げたいからって、刑務所に捕まってる人とか、炭鉱に閉じ込められてた奴隷とか、色んな人を片っ端から解放して行ってたんだよね 」
「……ということは、ジークさんの戦争を広げるという作戦が巡り巡って……」
エリーとシルヴィア、二人の視線がジークに集まった。
「死神なんて奴見たことない。
いねぇよ、
もしいるとしたら、そいつは疫病神だ」
ジークは肩をすくめて笑った。
二人も笑った。
◇
そして、リカールに夜が訪れた。
人気も、灯りも消えた教会の中、ジークら三人はただただ静かな時を過ごしていた。
失意で言葉も出ないわけでもなく、気まずい沈黙が流れているわけでもない、未だ動き続けている教会の長時計の針だけが音を鳴らすこの時間は、三者三様に至福の時だった。
尤も、この中の一人はある時を待っていたのだが。
ジークは突然、立ち上がった。
「今日はいい月が昇る筈だ。
外に行こう」
月明かりがリカールを照らす。
かつてのリカールの夜景は、それはそれは美しかった。
だが、今の荒廃したリカールの夜景も、これはこれで、破壊の美学が感じられる。
その張本人は、今、それを眺めている。
「ここの校庭でね、ジーク君がね、皆の前で大演説をしたんだよ!
敵も、味方も、皆、ジーク君のお話に聞き入っちゃってて! 」
「あっ、実はそれなら私も知ってるんです。
その時、何処かの軍隊の諜報部が偶然ジークさんの演説のメモを取っていたらしくて……。
ただ、その演説のメモは重大な洗脳効果の恐れありということで、公開されることなく厳重に保管されていました。
ですが、騎士団の諜報部隊を使って……そのメモを奪取しました! 」
「馬鹿か」
下らない会話に嘲笑しつつも、ジークは上機嫌だった。
そのまま、王都へ。
焼け落ち、跡形もなくなった司令部付近の十字路を訪れたころ、ジークはふと呟いた。
「……寒いな」
すると、親切な誰かがジークの背中から外套がかけられた。
「どうぞ、忘れものだ」
「ああ、どうもありがとう。
……エミリー少佐、政治ごとには慣れたか?」
「はぁ……君ぐらいだよ、今でも私の事を階級で呼んでくれる者は。
慣れないさ、政治ごとにも、隣にいた
エミリー・アイロットは、ジークの目の前にやって来て、大人の女性らしい落ち着いた笑みを、それでいて乙女のような隠せない恥じらいのある笑みを浮かべた。
「陛下、陛下、陛下っ!
よくぞご無事で、私の世界でたった一人の陛下! 」
「あらあら、落ち着いて、アリスさん。
ふふっ、犬のように、息を切らしてしまって……」
「も、申し訳ございません!
ですが、陛下の身を案じると夜も眠れず……陛下を陥れようとした国々のことは調べ上げました。
なんなりと、この犬にご命令を! 」
その左側からは、シルヴィアの忠犬と化したアリスが一切偽りない誇りに満ちた表情で、自身の君主の下に跪いた。
「……ただいま」
「うん……お帰りっ」
更に右側から、エリーの元へ恐る恐ると近づいて来た小柄な
いや、それだけではない。
「ハハハァッ! 来てやったぞ、クソ野郎共! 」
「陛下、第三騎士団、此処に参陣致しました」
「大隊長殿、次の指示を乞います」
「少佐殿、もう一度、カラスの裁きを! 」
「隊長、おっぱじめるならもっと早めに言ってくれよ! 」
「適当な国の弾薬庫から、たんまりかっぱらってきましたぜ! 」
「少佐!」「少佐殿!」「大隊長殿!」「ジーク少佐!」
「大隊、戦闘用意!」「弾込めよし 安全装置よし 単発よし!」「隊列、縦隊!」
何十人、何百人、それ以上がリカールの月の下に集結した。
三人を取り囲む群衆の誰かが、リカールの国旗を投げた。
それをキャッチしたのは、副官、エリー・トストだった。
そして、旗をジークの元へと掲げ自らは跪く、世界の女王シルヴィア・ヴィン・トリスタンも、大隊長に跪いた。
「リカール大隊、副隊長エリー・トストよりジーク・アルト最高指揮官代行殿へ。
我らが大隊長、我々に何なりと命令を」
「……承知した。
これより、我が隊は奪還作戦を開始する。
人間から我々の
反抗するものは、全て殲滅せよ。
各員、全力を以って、奪還戦を開始せよ。
……全隊、状況開始」
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