平和への道のり

 ナイフを奪ったジークはそのまま、対抗する術がないルーグの胸元へとそれを刺しこんだ。

 それだけではなく、人肉を容易く切ってしまう鋭い刃を刺し込みながらぐりぐりと刃を回した。

 肉だけではなく、より多くの血を吐き出させ、その内部の臓器をぐちゃぐちゃにしようというのだ。

 敵に最大限の損害を……戦争の基本であるこの理論に基づけば、ジークの容赦ない行為は正しい。だが、相手はかつての戦友で、そのことに苦痛の表情を見せるどころか、ジークが見せていたの完全に狂ったもの特有の愉悦の表情だった。


 やがて、ルーグの顔から血の気が引いて来ると、ジークは無造作な蹴りでルーグを後ろに蹴り倒した。

 ジークはそのまま詰め寄って、止めを刺そうとしたのだが、歩き出した時にふらついてしまい、思わず苦笑しながら、近くの長席へと腰かけた。

 そして、血みどろが広がっていくルーグの姿を見下した。


「……強かったとは言わない、癪だから。

 弱かったとも言わないが。


 楽しかった、それだけだ」


「……」


「なんだ、死ぬのか。お前も」


 エリーと、シルヴィアもジークの元へとやってきた。

 そのことにあまり関心を示さず、ジークは座ったまま、血だまりの中に沈んでいくかつての戦友を眺めていた。


 その時、何者かの足音が教会へと近づいて来た。

 トッ、トッ、トッ、そうな何処か頼りなく聞こえてしまう足音は明らかに軍人のものではなかった。

 やがて、扉が堂々と開かれた。

 その姿に見覚えがあったのは、シルヴィアだけだった。


「聖女サラ……彼女が関わっていた……? 」


「誰だ、そいつ」


「ご存じないのですか?

 彼女はサラ、完全なる世界平和を提唱し、世界各地で施しを行う聖女を名乗りながらも、何処にも属さないフリーの聖職者かわりものです。

 最初こそは、奇怪な目で見られていましたが、貧困層にも手を差し伸べる献身的な活動で、今では大勢の信徒がいるとか。

 国際社会でも警戒感をあらわにしたり、逆に彼女の名声を利用しようとした国々もあったようですが……私も何度か、お会いしたことがあります」


「成程、セカンド・オプションか」


 ジークはシルヴィアの話から、サラの立場を理解した。

 そんな噂話をされ、ジロジロとみられながらも、サラは杖をつきながら、教会の窓を一つずつ開けていく。

 どうやら、ガソリンで満ちたこの教会の換気を試みているらしい。


 サラは全ての窓を開け終わると、ゆっくりとジークらの元へとやってきた。

 そして、ジークの前に跪いた。


「ジーク・アルト様、ですね。

 まずは、無礼をお詫びします。

 申し訳ありませんでした、手違いがあったようです。


 それについては、後程、弁解させて頂きます。

 わたくしは、貴方に伝えたいことがありま――」


「宗教勧誘ならお断りだ」


 ジークはサラの眉間に銃口を突きつけた。目が見えずとも、これなら例えが目が見えずとも感覚で分かる筈……だが、サラは目元を覆っている布を捲った。

 その素顔を見て、シルヴィアは口元を覆った。

 目は明らかに人為的に潰され、額には"リカール産"と焼き印が押されてるショッキングな素顔だったからだ。

 ジークはそれを見ても動じなかったが、思い当たる節があったようだ。


「聖女と聞いたから、女神様か何かかと思ったら……なんてことない、只の売女……性奴隷じゃないか」


 ジークが一度言い直したのは、此処に居るに対する配慮かもしれない。


「貴族が収めていた国だ。

 一介の軍人の中でも噂はあった。

 特権をフルに使って、人権を奪う。

 そういう貴族の牧場があるっていうのはな」


「ええ……そうです。

 罪のない村々を襲い、目ぼしい物は攫い、それ以外は始末する。

 生かされたものは……檻の中で愛されることのない愛玩動物に成り果てる。

 その愛玩動物ペット狩りには、リカールの軍人たちが動員されたようです」

 

 聖職者らしく、懺悔を待つかのような眼差しで、サラはジークを見つめる。

 二人の間に、静寂が流れた。


「……そんな褒美があるようなボーナスステージが懲罰部隊に与えられるとでも? 」


「ええ、そうでしょうね」


「で、話はそれだけか? 」


「いいえ、まさか。

 でも、私達が人間から拒絶された獣達ということは分かって頂けましたね。

 そのうえで、私が見据えるこれからの未来について、貴方にお話ししたいのです」


 ジークは沈黙を貫き、サラはそれを肯定と受け取った。


「貴方が起こした戦争、リカールを発端とした全世界を巻き込んだ戦争。

 私と幾らかの者達はその最中に逃げ出すことが出来ました。

 道中で同じような境遇を持つ人に手を差し伸べながら、もう何も要らないから、誰にも見つからないような、関わられないような静かな平穏の地を目指しました。


 ……ですが、ありませんでした。

 幾つかの静かな場所を見つけました。

 ですが、何故か、全てを捨て平穏だけを求め団結していた私達であったのに、いつしか誰かが欲を持ち始め、いがみあい、何度も崩壊しました。

 たどり着くまでは、戦火から逃げ続けている苦しい間は間違いなく団結していたのに。

 

 でも、何も目的を持たず、離れ離れにもなった貴方達は未だ群れを形成している。

 

 そして、ある日、私は気づいた」


 サラは言葉を区切ると、教会奥の神を模したモニュメントに向かい、十字を切り祈りをささげた。

 そして、言葉を紡いだ。


「安寧や平穏の中で生まれ、すくすくと成長する希望こそが人間の汚い欲を刺激してしまう。欲望は時に他人を蹴落とすことの躊躇すらも消し飛ばしてしまう。


 でも、戦争に巻き込まれ、生き残るために必死な時には、生き残るために皆が助け合っていた。

 人々は決して、愚かなモノではない、私はそう信じています。

 

 ですから、皆が助け合わなければならないと生きることが出来ない。そういう世界になれば、世界にきっと平和が訪れる。


 その為の手段は、戦争以外にありません。

 人類の9割、9割程が死滅するような……大戦争をする、今日はその為にここまで来ました」

 


 

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