刃には歯を
ナイフを逆手に持った二人は、互いに向かって通路を駆けだした。
そして、いざ、そのまま勢いで交錯する――と思いきや、ルーグは1ステップずらして勢いを落とした。
タイミングをずらし、相手の懐にナイフを突き刺そうというのだ。
だが、ジークも、通路横のひじ掛けに飛び乗り、その狭い足場に足元をすくわれることなく、予期せぬ方向からルーグへと一気に迫った。
ルーグの首元に迫りかかった刃だが、それはギリギリでルーグの繰り出したナイフによって止められた。
そのまま、二つの密接しあった刃がプルプルと小刻みに震える。単純な力比べでは同じほどのようだ。
「……はっ、お互い、小賢しい手を使う」
「何が可笑しい? 」
「隊長だって笑ってるじゃないかよ。
懐かしいな、おかしいことばっかりだった。騙し討ち、待ち伏せ、ゆすり、裏切り……俺達の戦場には正々堂々の勝負なんてなかった。
だけどな、こういうのでいいんだよなッ! 」
再び、ナイフが振り下ろされる。
横に薙ぎ払ったり、突き刺したり、それをステップで避けたり、そういったことを目には留まらぬ速さで、それでいて最小限の動作での激しい攻防戦を二人は繰り返していく。
時折、鮮やかな鮮血が飛ぶ。
第三者視点からこの戦いを見ても、何が起きているのか、どちらの血なのかは分からないが、お互い様で出血しているのだろう。
だが、鮮やかな鮮血ということは、この二匹の獣はまだまだ息絶えることはないということ。
余裕を捨て、歯を食いしばった二人の闘争本能に満ちた表情からもそれは見て取れる。
何度目か、ナイフが交錯した時、ルーグが猛攻を止め、バックステップで、ジークと距離を取った。
ジークは口元の出血を手でぬぐうと、軽く挑発するような笑みを浮かべた。
「またか?
昔からそうだ。
すぐムキになって、目的地とか、残弾とか細かなことを忘れる」
ルーグは持っていた二本のナイフを投げ捨て、一本、新たな大型ナイフを背中から取り出した。
どうやら、両方とも刃こぼれをしてしまったようだ。
だが、そのナイフが全く役に立たなかったかというと、そうでもない。ジークの顔に大きな傷が横切っていた。
「細かなことは気にしない、目の前のお前を倒せれば、それで十分だからな。
それに……そういうことを足と理性を忘れたやつに言われたくねぇんだよ」
「確かに、な」
「はぁ……。
あの人と言い、この人と言い……私からすれば、よくわかんないや。
負けるのが分かってるのに、どうして、戦いに来るんだろう? 」
男の喧嘩に割って入ったのは、エリー・トストだった。
とは言っても、経度とはいえ負傷している彼女は自身が戦いに割って入っても足手まといになるのはよくわかっていたので、成り行きを心配しているシルヴィアと共に、お行儀よく座っていた。
要するに、野次を飛ばしたのだ。
そして、その野次は良く効いた。
ルーグは笑みを消し、語気を荒げた。
「誰が負けるって……黙ってろよ、怪我人。
これ以上ガタガタ言うなら、レディー・ファーストの精神で、お前から先にぶっ殺すぞ」
「そうしたいのなら、どうぞ。
ずっと前から、私の事を気に喰わないと思ってたのは知ってたからね。
でも、貴方に隙を見せる余裕なんてある? 」
「じゃあ、後回しにするだけだ。
俺は、こいつに勝ちに来たんだ」
エリーにそう返しながらも、ルーグのな眼光はまっすぐとジークへと向けられていた。
誰もが怯え、目を逸らしてしまうような眼光をジークは真っ向から受け止めていた。
「異端児だな。
あのどうしようもない国の、どうしようもない俺の大隊に、勝利という大義を目指す真面目な人間が居たとは……知らなかったな」
「昔からそうだったさ。
生まれた時からもう負け犬だった。
貴族社会でも、学校でも、家族の中でも……いつも見下される惨めな存在、下らない嫉妬心ばかりが膨れ上がる毎日だった。
だが、俺はあの日、この
貴族社会も、学校も、家族も、皆を燃やしてやった、勝ってやった、圧勝だった。
結局、勝てばいい。
なら、俺は勝ち続けることにした。
傭兵になって、幾多の戦争に、人間に勝って……なんというか、力でこの腐った世界を
だが、いざ、そういう政治的なことに手を出そうとすると、なんだか萎えた。
そして、ぶらぶらと傭兵と革命家の間を行ったり来たりしてるうちに、俺は気づいた。
もう、俺は戦争なんて大それたことは考えられない。
ただの勝利にしか価値を見出せなくなっていた。
だから、お前を殺すということにも、正直意味は無い。
我慢できなくなったから、それだけだ」
「結局、同類じゃないか。
どいつも、こいつも」
「ああ、お互い様だ。
お前が悪意によって育てられ、その悪意を食い散らかしたように。
俺はお前に育てられ、俺はお前を食い散らかす。
殺してれば、殺される時もある。
自然の摂理って奴だ。
そういうことだ、じゃあな」
ルーグは一瞬、晴れやかな笑みを浮かべた。
それが合図だった。
再び、二人は駆け出した。
隙あらば頭突きを試み、鋼鉄の義足で顔面を狙い、ナイフで顔の肉を抉る、先程よりも激しく、醜い戦いが繰り広げられる。
もう、おしゃべりは終わりのようだ。
やがて、ジークが突如、二本のナイフを投げた。
片方は外れ、だが、それを計算した位置に投げられたもう片方のナイフはルーグの胸元に突き刺さった。
だが、心臓を僅かに逸れ、致命傷には至らなかった。
「っ、ああああああああああ! 」
ルーグは身体が引き裂けるような痛みを痛感しながら、それとは別に訪れていた体力の限界を感じながら、それでも、目の前にいる手ぶらのジークに向け、全身全霊で駆けた。
何故なら、そこに求めていた勝利があるから。
瀕死の人間のみ使える最期の力……ルーグはゾーンに入ったことを感じた。
今の彼の視界には何もかもがスローモーションに映った。
視界の後方で、見たくないと言わばかりシルヴィアが顔を背けたのも。エリーが立ち上がったのも。
だが、ルーグ本人はそんなものに興味はなく、ただ、自分の勝利の瞬間を――ジークの顔面が抉れる瞬間を目に収め、皮膚が抉れるグシャっという音を耳に残したかった。
そしてそのまま、ナイフの刃を、ジークの顔面へと突き立てた。
しかし、聞こえてきたのは、ガキッ、という望んでいない音だった。
確かに顔面へと吸い込まれたナイフの刃は、ジークの歯によって食い止められていた。
そして、ジークはルーグの手元から、獲物の肉をはぎ取る狼のように、ナイフを噛んで奪い取ると、動きの止まったルーグに向かって、傷だらけの顔で、友人との賭けに勝ったような得意げな笑みを浮かべた。
「ありがとう、丁度、
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