二番煎じ

「我が国の選りすぐりの兵がまさか半分もやられてしまうとは……手痛い打撃ですな」


「だが、これで政権も危機感を抱くはずだ。

 そういう意味では、彼らの死も、まぁ、無駄では無いよ」


「しかし……その調整役は私がやるのでしょう? 」


「ははは、それが君の仕事だ」


 リカールを脱出する三台の車列の真ん中の一代の中で、二人の将校が談笑に浸っていた。

 想定外の犠牲はあったものの、将校達の呑気な会話からも分かるように、彼らの国は会議室内での勝利者側だ。

 ただ、ドライバーを務める兵士は不愉快な顔つきをしていた。


 何も聞かされず連れてこられ、やっと戦う理由が出来たと思ったら、何も聞かされず撤退……とてもじゃないが、やりきれない。

 いっそ、この上官クソッタレ共を天罰を与えてくれ、そう神に願ったその時だった。



 バリン。突如、窓ガラスが割れた。


「そうそう、来年の選挙、私も出てみようと思うんだ。もしかしたら、統一政府の中でも立場、がぁっ!? 」


「大佐殿!?

 そ、狙撃だ! 何をしているんだ、車を加速させろ! 早く! 」


「は、はっ! 」



 ドライバーは、上官を護るという意識より、死から逃れる為、訓練で学んだように、高速でジグザグと曲がりながら加速した。

 これで狙いはつけられない筈……だったが、その確信をすり抜けるかのように、二発目の弾丸が前面ガラスを割り、ドライバーの首筋を掠めて、後部座席で蹲っていた将校に命中した。


「あ、ああ……」


 敵の神業ともいえる狙撃に、感嘆と恐怖の混じったため息が漏れた。

 だが、将校達を始末すると狙撃は終わった。


 必死に荒廃したリカールを駆け抜けると、ドライバーは生き残った助手席の兵と顔を合わせ、思わず呟いた。


「神は……居るのか? 」



 ◇


 出来る限りの天罰を与えた後。

 ジーク達は、学園の中に足を踏み入れていた。


 さながら、祭りの後のように、人気はすっかり消えていた。

 だが、誰も居ない思い出の校舎に、ジークはノスタルジックを感じてはいないようだ。

 それどころか、教会の前に投げ落とされた死体を見つけると、舌打ちをした。


「こいつは俺が仕留めたかった」


「早い者勝ちなんじゃない? 」


「なら、負けたのが気に喰わない」


 首を横に振り、不機嫌そうなジークだったが、教会の大きな扉に手を掛けた時、何かを感じたのか、珍しく驚いたような顔をした。

 そして、含み笑いを浮かべた。


「待ってください、ジークさん。……この匂いは」


 シルヴィアは何かを忠告しようとしたが、ジークは構わず勢いよく扉を開けた。

 百名以上が座ることが出来る客席、それを切り裂くように伸びる中央の通路。

 その向こう、ステンドグラスの光を浴び、主祭壇の上に鎮座する人物が居た。


 だが、それは髭を蓄えた神父でもなく、聖書を持ったシスターでもなく……食べかけのハンバーガーを持ち、ブーニーハットを斜めに被ったろくでなしだった。


 そいつ、ルーグ・アインリッヒはジークに向かって片手を上げた。


「よう、久しぶりだな。

 隊長」


「……」


「あー、副隊長も、どうも」


「うん……二番煎じだな」


「ん? 何の話だ? 」


「恩を忘れ、敵に寝返る裏切り者の話だ」


「ハハハ、恩? 無いね、背負い投げされた記憶ならあるが」


「違いない」


 失望したように目から光が消えたエリーはともかく、ジークからは先程までのピリピリとした空気は消えた。


 だが、ジークの目には好奇心と殺気が宿っていた。

 そして、ルーグの目にもだ。


 話が途切れ、静寂が流れた時、ルーグは食べ終わったハンバーガーの包み紙を、ジークは持っていた銃を全て捨て去った。

 ルーグは主祭壇のある内陣から降り立つと、客席を二つに隔てる中央通路をコツコツと歩き、ジークと対峙する格好になった。


「やっぱり、薄汚い狼なのはお互い変わらないな、隊長。

 鼻はいいみたいだ、そう、ここにはありったけのガソリンが撒かれている。

 というか、俺が撒いた」


って訳か」


「ふっ、上手いことをいう。

 だが、俺は冗談を言う為に此処に来たわけじゃない。

 

 相手の長所ガン・スキルを潰す、これは勝つ為の戦略だ」


 ルーグは言い終わると、ほんの少し、何かを躊躇うように俯いた。

 だが、顔を上げたルーグの表情は清々しくて、それでいて、眼光を燃やしていた。


 次の瞬間、ルーグは二本のナイフを抜き取り、ジークは一本と、エリーが間髪を入れずに投げ渡してきたもう一本をキャッチした。


 そして、それぞれが同じ構えを取った。


 何故なら、彼らはかつて同じ部隊に居た同僚せんゆうだったからだ。



「酒を飲もうが、人を殺そうが、女を殺そうが……もう、あの日から、何をしても酔えなくなってた。

 

 だが、今は……俺は凄くいい気分だ。

 お前もか、ジーク・アルト? 」


 

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