此処には居ない
ライターで最後の書類に火をつけた。
何もかもが終わり、会議室に残された少将は深いため息をついた。
このリカールの惨敗を無かったことにする為の事後処理。
暗くなっていく空・・・・・さながら、それは学生時代の居残り授業のように感じられた。
いや、まだ仕事があることを思い出し、彼は深いため息をついた。
人気がなくなり、活気がなくなった会議室に、一人良い姿勢で着席し続けている女性を連れて帰ることだ。
栗色の滑らかな髪と、整った顔立ちを完全には見せない目隠しが目を引く女性を。
「サラ様、残念ですが、我々は撤退しなければなりません」
「……逃げるのですか? 」
「先ほどの話の通り……これは新たな目標の為の道です。
残念ではございますが、難民達を連れて行くことは出来ません。
此処も危険です。
さぁ、ご準備を」
「それは問題の先送りだと思います。
私は、花畑のような平和な世界を願っています。
その為に、戦ってきたもの達がいたでしょう。
……聖職者としても、散って行った者達の死が居たたなれません」
サラの毅然とした態度に、少将は眉を顰めた。
今更、何を綺麗ごとをほざいているのだ。ならば、先程の会議の時にそれを堂々と発言すればよかったもののと。
所詮は飾り物である彼女の発言に価値など無い、頭がお花畑な小娘だ……言うことを聞かないサラに苛立ちがこみあげて来た。
どうせ小娘だ、脅してしまおう。
「綺麗ごとは沢山だ。
戦争を知らない人間は気楽でいい」
「いいえ、良く知ってますとも」
「小説で? それとも、絵本で?
もういい……不愉快だ。
アイドル気取りに何が分かる?」
少将は、カッと足音を鳴らし、椅子に座るサラに詰め寄った。
盲目だろうが、威圧的な気配は伝わる筈だった。だが、サラは動じることなく、逆に少将が動じることになった。
「不愉快なのは……こちらもです。
ルーグ」
「は……っ!? 」
少将が怪訝な疑問符を浮かべた直後、彼の膝が撃ち抜かれた。
一拍おいて、焼けるような激痛が走り、信じられない程の汗が湧き出て来た。
「これは……一体……だ、誰が……! 」
「ああ、俺だよ」
「お前は……?
ただの付き人じゃないな!?
何者だ!? 」
部屋の片隅からゆっくりと歩いて来たのは、サラの付き人だった。
サラの付き人として、四六時中、会議室内で棒立ちしていた為、背景と化していた男だ。ターバンで頭を、スカーフで口元を覆っていた為、あまり印象にも残らなかった。
だが、それらをとった傷だらけで、黄色の長髪男は、中々の有名人だった。
「ルーグ・アインリッヒ……!?
裏社会の掃除屋が、何故、此処に……答えろ! 」
「悪いが、アンタは依頼主じゃないんだ。
ん、どうする? 」
サラは手を降ろす、すると、ルーグは引き金を引いた。
そして、少将は死んだ。
「呆気な。
まぁ、でも、アンタの部下も同じ気持ちだったんだ。
天国では、ちゃんと腹を割って話すんだな。
で、聖女様は何がしたいので? 」
「私は平和で、優しい世界を作りたいだけ。
言葉だけではなく、行動に移したいのです」
「ふーん、そうなのか」
ルーグは適当な相槌を打つと、少将の亡骸を窓の外へと投げ捨てた。
「今の音は? 」
「餌を投げ捨てただけだ」
「……?
貴方達は、いつもわかりづらい言い回しをしますね」
サラはルーグの手を借りながらも、堂々とした足取りで、会議室を出た。
出た先のバルコニーから望める眼下の、ホールではサラの信者たちが、サラを拝むように仰ぎ見ていた。
「聖女様! 」 「我らに神託を! 」 「サラ様! 」 「救いを! 」
「うわぁ……カルト宗教だ。
いや、でも、こんな光景どっかで見たな」
歓声のような声に、失笑を漏らすルーグを無視し、サラはバルコニーから歩み出た。
そして、両手を掲げた。
「神様はおっしゃりました。
この世界はあまりに寂しい。だから、花を植えましょう。
美しくしましょう、この世界を。
雑草は根こそぎ抜いてしまいましょう。
貴方たちなら出来る筈です、戦争で全てを失った貴方達なら……。
さぁ、行きなさい。
故郷に花を植え、悲しみ、苦しみ、全てを忘れなさい。
そして、次の世代へと託しましょう。
神のご加護があらんことを」
サラは静かに十字を切った。そして、信者たちも。
やがて、信者たちは各々抱き合ったり、握手を交わすと、それぞれバラバラに教会から出て行った。
「戦争被災者の集まりだったのか。
それを只の綺麗ごとで一纏めに……おっそろしいね、宗教って言うのは」
「本当に恐ろしいのは、綺麗ごとや花畑を嘲笑い、むしり取るようになったこの世界です。
絶対に、変わらなければならないのです、私のような、あのような人々が生まれなくていいような世界に」
「だから……俺は雇ったと」
「……はい、その通りです。
ルーグ、貴方に神のご加護があらんことを、幸運を」
サラの祈りの十字を切ろうとしたが、ルーグはそれを手で払いのけた。
そして、背中を向け、歩き出した。
「居ねぇよ、此処には」
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