萎え
ジークとアランがいざ雌雄を決しようとしている最前線からそう遠く離れて居ない
リカール学園の教会の一室では、安堵と落胆が混じった異様な風景が広がっていた。
「作戦中止……ようやくあの男を追い詰めたというのに、賢明な判断ではない。
どうか、再度、お考え直しを」
「多数決で決まったのです、少将。
それに、追い詰めたと言えば、聞こえは良いですが……たかだか、三人に一体いくらの犠牲を払っているというのですか?
ジーク・アルトを始末できたとしても……これでは殆ど敗北に等しい」
「加えて、シルヴィア・ヴィン・トリスタンはお亡くなりになられた」
「まだ確証は……! 」
「いいえ、彼女のコートが落ちていた。そして、テロリストであるジーク少佐とつながりを持っていた。
その事実だけで十分と、我が国は判断いたしました。
もし、彼女が生きていたとしても。
事実を国際世論に叩きだせば、彼女が表舞台に立つことはもうない。トリスタンも崩壊する。そして、スポンサーを失った少佐は飢えて死ぬ、今いきり立っているそのお仲間達も勢いを失う。
これぞ、負け犬の末路だ。
よって、我々は勝利する」
一度、7カ国でジークを倒すということが決まった。
だが、それは覆ったのだ。
色んな事情がある。
駒にならなかったシルヴィア、大隊の不穏な動き、全く勢いが落ちないジーク。
それに加えて……7カ国内での勢力争いの為の駆け引きというつまらない理由が大きい。
それぞれの思惑が交錯し、会議室での戦争は終戦を迎えた。
私はこれで、と、一人の将校が席を立つと、そそくさと皆が立ち上がり始めた。
政治将校、半分政治家だが半分軍人な彼らはジークによる自身の生命の危機を感じ取っていたのだ。
何名かは立ち上がることが出来ず、がっくりと額に手を当てている。
自国の要求を折らざる得なかった者達、敗者たちだ。
その中には、アランに賭けた少将もいた。
部屋から立ち去る将校の一人が、去り際に失意の少将の肩に手を置いた。
「とはいえ……最初は我々は皆、悪者を皆で倒すという英雄譚を思い描いていたのですよ。
がっかりしていますよ、皆。
こんなみっともないことは思い出したくもないし、歴史の教科書にのせたくもない、汚点だ。
責任は取って頂けますな? 」
「……お任せを」
◇
それは多数の死者を出しながら、激しい銃撃戦を乗り越え、たった今からジークが居るビルに突入しようとした瞬間だった。
「作戦……中止!? 」
通信兵から伝えられたその言葉に、アランは愕然としていた。
「ジーク・アルトはもうすぐそこに居るのです!
一体、何故です、将校!? 」
「時間切れだ。
情勢が変わった、リカール大隊の残存らしき武装集団が各地で動き出している。これ以上の作戦継続は、奴らの活動活発化を刺激するかもしれん。
これは命令だ、作戦を中断しろ」
「それは違う!
俺には分かる、ジーク・アルトこそが奴ら大隊の存在意義だ!
ジークが居なくなれば、大隊はただの一匹狼共だ、群れを作れぬ一匹狼に戦争は出来ない!
奴を倒すことが出来れば――! 」
「残念だ、アラン。
君はもっと優秀だと思っていたよ。
だったら――」
自身の部下が深いため息と共に、何か言いかけた気がしたが、アランは無視して無線を切った。
「なら……もういい! 俺は軍を抜ける!
このまま、おめおめと引き下がったら、死んでいった仲間達に顔向けできない!
俺は行く! 」
「そうだ、行きましょう、アラン隊長! 」
「俺達も着いて行く! 」
様々な体格、顔つき、言葉を話す者達が、アランに賛同するもの達が声を上げ、敬礼を送った。
アランはそんな彼らに敬礼を返した。
そして、確信した。
終わらない夜はない。
必ず、夜明けは来ると。
「よし、これより突入する!
デイビス、グルネードを! 俺が扉を開けたら、ニキータたちは左を、カツタの隊は右を頼む! トラップに注意しろ!
さぁ、行く―― 」
バンッ、バンッ、バン。
「……どうして……だ? 」
いや、アランとその勇敢な仲間達が次の朝を迎えることは無かった。
終わり、それはあまりにも呆気なかった。
その銃撃は、アランの背後からのモノだった。
銃撃者たちは、つい先ほどまで、アランと行動を共にしてきた者達、更に言えば、アランを撃ったのは、長年アランの副官を勤めて来た戦友だった。
「……少将閣下。
アラン隊長は戦死なされました」
「ご苦労、つらい任務を任せてすまない。
だが、私は昔から、賢明な判断力を持つ君の方が優秀な人間だと思っていたのだ。
とにかく、感謝する。
祖国は、新生統一政府は君の働きに感謝するし、これからの世界の人々も君に感謝するだろう。
賛同してくれたもの達を連れて、引き揚げてくれ。
本当によくやった」
少将はアランにだけ話しかけていたわけじゃなかった。
アランの副官にも同じ無線を流し、アランが無線を切ったタイミングで、彼にアランの殺害を指示したのだ。
アランは知りすぎた。
そして、戦場の空気に当たりすぎた。
悪を倒したい、その正義が暴走するのを、彼が愛していた国は恐れたのだ。
やりたかったわけじゃない。これも、正義の為だ。
暗い顔を隠せなくとも、そう自身に暗示をかけながら、残された面々は戦場を後にした。
◇
落ちる太陽の日はは陰に隠れ、もう当たらない。
正義の味方の死にざまにはあまりに相応しくない、眼光が開いたままのアランの亡骸を見下す者が居た。
ジーク・アルトだ。
だが、敵が死んだというのに、ジークの目には先程までの愉快そうな目も、嘲笑の様子も微塵も見られなかった。
「……萎えた」
「え……? 」
「こいつは俺に殺されるかもしれなかった。
俺はこいつに殺されるかもしなかった。
ライフルの弾で、手榴弾の破片で、ナイフの刃で、拳で……俺はそれを、楽しみに、楽しみにしてた。
こいつだって、俺の死にざまを拝みたかったはずだった。
ああ、そうか。
確かにこうすれば、汚い言葉も、銃弾も飛び交わない、これが皆が求める平和か。
そうか、そうか」
「その……ジークさん? 」
「シルヴィアちゃん、話しかけない方が良いよ。
ジーク君、キレちゃった」
ジーク・アルトは激怒した。
この素晴らしき世界から平和を除かなければならぬと決意した。
「エリー、リカールの旗を。
これより、状況を開始する」
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