がらくたの希望
デッドコピーたこはち
第1話
俺が錆びた放熱板を押しのけて見つけたのは、美しい生首だった。長年、この処分場で
しばらく、辺りを探してみたが、彼女の首から下と思われる部分は全く見つからなかった。彼女はファッションモデル用アンドロイドか最高級セクサロイドだったはずだ。パーツの一つ取っても肉体労働用や接客用のアンドロイドのそれとは比較にならない程の価値がある。故障していたとしても、まるまる一体分のパーツを売れば3ヶ月は遊んで暮らせるだろう。それに、俺のガレージにあるモノにも役立ってくれるはずだった。
「まあ、そう上手くはいかんよな」
俺は背中からがらくたの詰まったリュックをおろし、その一番上に彼女の生首をそっと置いた。
俺は闇市にある薄茶色のテントの中で、ビリーの次の一言を息を呑んで待っていた。
「オットー、今日はろくでもないもんばっかだな。このチタン合金関節はいいが……300だ」
ビリーは机の上に広げられたがらくたを
「ちょっと待ってくれよ。全部で300?この超電導モーターだけでも600はするぜ?」
俺は焦った。300となると今日のメシ代にもギリギリならない。赤字だ。
「軸が折れてる。使い物にならん」
ビリーはその皺だらけの顔の皺をさらに深めた。
「せめて400!いや、350!ちょっとぐらいまけてくれよ。長い仲だろ?」
「300だ」
ビリーはその太鼓腹の上で腕を組み、断固としていった。経験上こうなっては、交渉はもう無理だ。
「わかったよ……」
俺は交渉を諦めた。中トークンをビリーから3枚受け取り、机の上に置いてあったリュックを背負いなおした。
「待て、まだ中にあるじゃないか。見せてみろ」
ビリーは俺のリュックの膨らみを見たのか、手招きしていった。この中に入っているのは、あの美しい生首だけだ。これを売れば相当な金になることはわかっていたが、俺はこれを売るつもりはなかった。
「いやいや、これは売り物じゃないんだ。わるいね」
俺は不機嫌そうなビリーに手を振り、テントから出た。テントの隣に停めてあるビリーの
処分場の一角に
「ただいま」
がらくたの山に半ば埋もれたキャンピングカーの残骸を改造した住処に、俺の声が虚しく響いた。当然、返事などありはしない。
もう、辺りはすっかり暗くなっている。今日は満月だが、作業するには暗すぎる。キャンピングカーの室内灯をつけると、心細い光が室内を照らした。電圧が低くなっているようだ。ソーラーパネルはこの前良いのを拾ってきて取り付けたばかりだから、バッテリーがダメになっているのだろう。新しいのを拾ってくるか、買う必要がある。金に余裕はないが電気を使えないのはマズイ。明日、劣化していないバッテリーに出会う幸運に賭けるしかないようだ。
明日の事は明日の俺に任せるとして、俺はリュックサックから彼女の生首を取り出し、単管と石こうボードを組み合わせて自作したテーブルの上に置いた。
「美しい」
彼女はまるで眠っているかのようだった。じっと見つめていると、その長いまつ毛の生えたまぶたが今にも開きそうな気がする。
「おっと、見とれてる場合じゃない。どれどれ」
彼女の生首を手に取り、首の付け根あたりをまさぐる。
「あったぞ」
彼女の首の付け根あたりの頭皮を、両手の親指で押し込む様にすると、ニュッと
「ちょい持ってくれよ」
彼女の生首を机にひとまず置いておき、超電導ケーブルの端子のもう一方を持ちながら、俺が『ガレージ』と呼んでいるキャンピングカーの後部に当たる方に歩いていった。そこにはつり下げられたアンドロイドの
元サイバネ技師であった母は生活苦を理由に俺をこの処分場に棄てていったが、俺に何も与えてくれなかった訳ではなかった。親父が病気で死ぬ前、まだ生活に余裕があった頃、母は俺に工学の知識を授けてくれた。おかげで俺は価値のあるがらくたを見分けて他の
このアンドロイドは俺にとっての
今は生きていくだけで精いっぱいだが、こいつが完成すれば状況は変わる。少しずつ金が貯められるようになるし、そうすればこんな処分場とはオサラバしてどこか遠くにある
生首に繋がっている超電導ケーブルの端子のもう一方を、自作アンドロイドの足元に置いてある箱型端末に差し込んだ。箱型端末から伸びるケーブルは既にアンドロイドの首元に繋がっている。箱型端末もがらくたの山から見つけ出したものだ。破損のない動く物を見つけられたのは正に奇跡だった。
「さて、上手く行くか……」
箱型端末とモニターを起動させ、抽出プログラムを走らせる。すると、『制御プログラムを抽出中……』の文字がモニターに表示された。
「行けるか?」
喜んだのもつかの間、目の前が真っ暗になった。箱型端末とモニターが落ち、室内灯が消えたのだ。
「なんだ?まさか……」
どうやら、バッテリーが逝ってしまったらしい。最悪のタイミングだ。
「クソっ!」
俺は悪態を付きながら、暗闇の中、手探りで二階のベッドルームまで行き、ベッドの中に潜りこんだ。今日はもうどうすることもできない。こうなればふて寝だ。
固いベッドの上で、俺は机の上の美しい生首の事を思った。アレを売れば、バッテリー代くらいにはなるだろう。しかし、そうすると肝心のAIを抽出する元が無くなってしまう。だが……
俺は葛藤を繰り返す内、意識が闇に落ちて行くのを感じた。
「あの、すみません」
俺は耳もとでささやく誰かの声で目を覚ました。重いまぶたをこじ開けると、目の前には白い多面体があった。
「うわっ!」
俺は思わず仰け反り、低い天井に頭をぶつけた。
「痛った……」
俺は後頭部を右手でなでた。
「だ、大丈夫ですか?」
心配そうな声が聞こえた。そちらを見ると、窓から月光が差し込み、多面体とその両脇に付いた
「なんで……なんで動いて」
「あなたが電源に繋いでくれたおかげで、私は機能を
「あんた……もしかしてあの生首か?」
「そうです、その通りです!」
アンドロイドは嬉しそうにいった。箱型端末とモニターが落ち、室内灯が消えたのはバッテリーが逝ってしまったのではなくて、あの生首が電気を全て食ってしまったかららしい。
「ちょっと待ってくれ。俺はその
「ああ、これですよ。これ」
アンドロイドはかぎ爪の様になった右手の人差し指で、左手のひらのすり鉢状の凹みを指差していった。
「これ、
「そ、そうか」
俺は混乱の極致にあった。長年の夢だった自作アンドロイドの稼働がなんだかよくわからない内に実現し、なんだかよくわからないがそのアンドロイドが勝手に喋っているのだ。
「もしかして、ご迷惑でしたか?この
アンドロイドは頭を俯かせ、しゅんとした声でいった。この時、確かに声は頭部ではなく、左手から聞こえているのがわかった。やっと、頭が冷えてきたようだ。
「いや、良いんだ。そのままで良い。俺はこの
「がらくた漁り……ですか?この
アンドロイドは腕まくりをするような仕草をした。冷静に考えれば、これは僥倖だ。見る限りこのAIの思考ルーチンはかなり高度なものだし、しかも、協力的と来ている。長年の苦労がやっと報われる時が来たのだ。親父がよく言っていた言葉を思い出す。
『幸運は誰の元にも訪れるが、それを向かい入れる準備をしていた者にしか掴めない』その通りになった。
「俺の名はオットー。君の名前を教えてくれないか。呼ぶに不便だ」
「私の名前は……特にありません。あの、もしよろしかったら、あなたが私の名前を付けて下さいませんか?」
アンドロイドは僅かに俯き、4基の
名前。俺がこのアンドロイドを起動した暁に付けようとしていた名前がある。
「君の名前は……ホープ。俺の
「ホープ……ホープ!良い名前ですね。オットーさま、これから私の事はホープとお呼びください。よろしくお願いしますね!」
アンドロイド……いや、ホープは嬉し気に右手を差し出して来た。
「さまは付けなくて良い。よろしく、ホープ」
ホープの右手は握手するには大きすぎたので、俺は彼女のかぎ爪のような右人差し指を握った。
「あっ、ところでオットー……さん。今気づいたんですが……」
ホープはやや深刻そうな声でいった。
「ん?なんだ?」
「この家の周りを囲んでいる人たちは、オットーさんの友達ですか?」
次の瞬間、銃声が響き渡った。
「おい、出て来い!オットー!」
ビリーの声だった。窓からそっと外を覗くと、拡声器を持ったビリーと、ビリーの店で見かけたことのある
「てめえが前々から何か隠してるのは知ってんだぜ!出て来い!今すぐ出てくれば命だけは取らねえ!」
ビリーは叫んだ。どうやらビリーは夕方のやり取りで、俺が何か価値のある物を隠し持っていると勘違いしたらしい。こうやって力づくで奪いに来るだけの価値のあるモノを。まあ、それはあながち間違ってはいないのかもしれないが……俺はお喋りなアンドロイドの方をチラリと見てそう思った。全く厄介なことになってしまった。
「くそったれ!ビリーのヤツ……」
俺は枕元に隠しておいたお手製のコイル・ガンを手に持った。電磁気力を使って、頭を切り落とした鉄釘を射出するだけの単純なセミオート銃だ。最初に込められた5発を撃ちきったら、手で鉄釘を込め直さなければならない。護身用程度には役に立つが、武装した複数人が相手となると……
「あの、私が彼らを制圧しましょうか?」
ホープはおずおずと申し出た。
「えっ?」
俺は思わず聞き返した。
「御恩をお返しします」
ホープは胸に右手を当てていった。
「オットー、やっと出てき……誰だお前は!」
ビリーは外へ出てきたホープを見ていった。ビリーの取り巻きたちはいっせいに彼女の方に銃を向けた。俺はその様子をベッドルームの窓からこっそりと見ていた。
彼女はやけに自信満々に出ていったが本当に大丈夫なのだろうか?よく見ると、リーの取り巻きたちの中には、パイプ銃ではなく、本物の自動小銃を持っているヤツも居る事に今更ながら気が付いた。コイル・ガンすら渡しそびれてしまったのは、流石にまずかったかもしれない。
『お任せ下さい!』
ホープは、
『この
そういうと、彼女は二階から飛び降り、引き留める暇もなく、外に飛び出して行った
「オットーさんに危害を加えるというのなら容赦は致しません。直ちに武装を解除し、退去してください」
ホープは左手を突き出し、毅然とした口調でいった。
「オットーめ、こんなものも用意してたのか?良いだろう!てめえら、まずこのがらくたからやっちまえ!」
ビリーは叫んだ。銃口をホープへ向けていたビリーの取り巻きたちが、いっせいに引き金を引いた。銃声が響き、ホープは弾丸の雨を浴びて、ハチの巣に――ならなかった。弾丸は全て外れ、辺りのがらくたに穴を開けただけだった。
「な、なに?」
ホープは平然とそのまま仁王立ちしたままだ。明らかな異変を目の当たりにしたビリーとその取り巻きたちは動揺し始めた。俺は、彼女の背中に取り付けてある放熱羽が開いているのに気付いた。そして、なぜ彼女に弾丸が当たらなかったのか思い当たった。
彼女は
「この
ホープがそういうと、ビリーの持った拡声器や取り巻きたちの銃が、彼らの手を離れて、彼女めがけて飛んで行った。
ホープが
ホープは、自分の胸に目がけて飛んでくる拡声器や銃を、左手でキャッチした。
「オットーさんの作った傑作です」
左手に握られた拡声器や銃が一瞬で木っ端みじんになった。
自分たちの得物を失ったビリーの取り巻きたちは、蜘蛛の子を散らす様ににげだした。恐らく、彼らは小金で雇われた連中だ。圧倒的に有利な状況から同業者を脅すぐらいの事はできても、命を張る覚悟はできていなかっただろう。
「こ、こら!逃げるな」
ビリーは塗装の禿げた冷蔵庫の陰に隠れながらいった。
「あなたは逃がしませんよ」
ホープは右手のかぎ爪のような五指に仕込まれたプラズマ
「ま、待ってくれ降参だ……」
追い詰められたビリーは両手をあげた。その瞬間、ビリーの太鼓腹が爆裂した。爆音と共に爆炎が噴き出し、一瞬遅れて黒煙が立ち上った。
「……どうだ!おれの奥の手は!」
ビリーは右手を突き上げ、勝ち誇った。ビリーはサイバネ化により、腹部に超指向性爆雷を仕込んでいたらしい。その爆発はホープを直撃したように見えた。だが……
「視えていましたよ」
黒煙の中から声が響いた。ビリーはびくりと震えた。黒煙が晴れると、中から無傷のホープが現れた。ビリーと彼女の間の空中には鉄板があった。ビリーが超指向性爆雷を爆発させる瞬間、彼女がどこからか
「さて、あなたをどうしましょうか。解体して臓器を全て――あら」
ホープがビリーの襟首を掴んで立たせた時、既に彼は失禁し、気を失っていた。
俺とホープは、ビリーをとりあえずケーブルでぐるぐる巻きにして地面に転がした後、キャンピングカーの上に登り、満月を眺めていた。
「ありがとう。ホープ。助かったよ。君こそ命の恩人だ」
「いえいえ!そんな……私は恩を返しただけですから。それに……」
ホープは一瞬俯き、意を決したように顔を上げた。
「私、実は呼ばれていた名前があるんです」
「えっ?」
「
「ああ、最高の大立ち回りだったよ」
「へへへ……」
ホープは照れくさそうに頭を掻く仕草をした。
なるほど、暗殺用アンドロイドか。ならあの戦闘能力も、あの美しい顔も納得できるというものだ。しかし、暗殺用なのにお喋りとは。確かに致命的な欠陥だろう。
「まあ、がらくた漁りなら気が済むまで喋っても大丈夫だ」
俺は彼女の人工筋肉剥き出しの肩を叩いた。
「そういえば、なぜ、がらくた集めの手伝いにアンドロイドが必要だったんですか?」
「がらくたを売りまくって、金を貯めて、いつか
俺は熱を込めてホープに説明した。俺の人生が拓けるのはこれからだ。彼女が俺の人生の
「そんな回りくどいことをしなくても……この
ホープの4基の
「本当?」
「本当です」
ホープは簡潔にいった。
「それは……考えもしなかったなあ」
俺は雲一つない夜空に輝く満月を見上げていった。
「オットーさんって、この
ホープは右手を口元に当ててクスクスと笑った。
「……でも、俺は抜けてて良かったよ」
「なぜです?」
ホープは首を傾げた。
「君に会えたからね」
俺はもうホープの方を見れなかった。自分の頬と耳の先が真っ赤になっているのが、鏡を見なくてもわかった。
「……私も
ホープは小さな声で、だがはっきりと応えた。俺はそれからずっと満月を見上げていた。多分、ホープも同じことをしているのが、何となくわかった。今日の満月はひときわ明るく、美しく見えた。
がらくたの希望 デッドコピーたこはち @mizutako8
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